※HAYATO≠トキヤ
HAYATOはトキヤの双子の兄という設定です。






「ももの好きなハヤトに会わせてあげます」

こんな言葉に釣られたわたしも悪いが、それでわたしを釣ったトキヤだって同じくらい悪い。いや、トキヤの方が若干悪い。いやいや、とにかくトキヤが強引で意地っ張りの見栄っ張りだから、全面的にアイツが悪いのだ。


「ちょっと……聞いてないよ、こういうの!」

わたしは今、トキヤと市内の高級ホテルの一室に居る。
もちろんホテルといってもそういういかがわしい行為をしに来たわけではなく、わたしはただトキヤに強引に連れて来られただけなのだ、ハヤトという餌に釣られて。

「仕方ないでしょう? ちょうどハヤトの宿泊先がこのホテルなんですから」
「……それ、本当?」
「……何ですかその目は。まさか君は私に襲われるかもしれないとでも思っているのですか?」
「……」

ハヤトの宿泊先だといって連れてこられた部屋には、結局ハヤトは居なかった。この際トキヤがなぜハヤトの部屋のルームキーを持っていたのかなど問題ではない。問題なのは、トキヤの本当の目的の方だ。わたしは疑いの意味を込めて彼を半眼で睨んだ。

「……何を勘違いしてるか知りませんが、安心してください。私にはブタを抱く趣味はありません」

しかしトキヤは極めて冷静にそう皮肉めいた言葉を吐き捨て、まんまとわたしを傷付けた。なまじ本当の事だけに、反論できない自分が恨めしい。

「……わたしもう帰る」
「えっ……!? ちょ、ちょっと待ってください、すみません。私が言い過ぎました。ですからまだ帰らないでください、お願いします!」

本当は帰るつもりなど毛頭ないのだが、彼に少しの反撃を込めてそう言うと、意外にもそれはトキヤに大ダメージを与えたらしく、彼は一瞬にして自分の意見を翻した。普段ならば絶対に謝ったりしないトキヤが謝っただけでも奇跡なのに、さらにあのトキヤがわたしに懇願している。めずらしい。それにちょっと気分が良い。
わたしは自然と顔を綻ばせ、部屋の中央に設えられたソファに腰を下ろした。
そんなわたしを見てほっとしたのか、トキヤもゆっくりとわたしの隣に座った。

「もも」
「ん?」

ふと隣を見るとトキヤが神妙な顔付きでわたしを見つめている。彼の真面目な顔など見慣れているが、今日は一段と真剣だ。

「これから私はハヤトと話をする事になりますが、あなたはとにかく私に話を合わせてください」
「……どういう事?」

トキヤが無条件でわたしにハヤトを会わせてくれるはずなど無いし、何か裏があるとは思っていたが、ただわたしに話を合わせろだなどと言われても困ってしまう。わたしは怪訝そうに彼を睨み、首を傾げた。

「全ては私が誘導します。ももはただ私に合わせてくれれば良いのです。上手く事が運べば、あとでハヤトのサインでも貰ってあげますから、よろしくお願いしますね」
「え、だからもう少し詳しくさ……」
「おっまたせ〜」

わたしがトキヤに説明を求めようとしたその時、突然ドアが開き、トキヤの双子の兄、ハヤトが顔を出した。
ハヤトはいつもの笑顔を崩す事なくわたしたちの向かい側に移動し、ソファへ座った。トキヤと同じ顔をしてはいるが、彼がハヤトだと認識するだけで緊張してしまう。

「久しぶりだね」
「そうですね。そういえばひと月程顔を合わせていませんでしたね」

ハヤトの笑顔を探るようにトキヤが彼を見据える。彼らの間にはなにやら少なからず確執があるようで、その挨拶のぎこちなさに、わたしは更に緊張してしまった。


「ところでトキヤ、この前電話でボクに大口叩いた事、覚えてるよね?」
「ええもちろん」
「あのカタブツなトキヤに彼女ができた上に、童貞まで捨てたってほんとかにゃ〜?」

ハヤトの挑発的な物言いに、トキヤが僅かに眉を寄せる。そしてわたしの様子を伺うようにこちらを一瞥すると、すぐにハヤトへ向き直り、口の端を上げた。なんだかこの空間でものすごい会話が飛び交っているような気がするのだが、わたしの頭にはそれがなかなか入っていかない。

「本当です。だから今日こうしてわざわざ証明しに来たんじゃないですか。あなたに嘘つき呼ばわりされたままでは気が済みませんので」
「ふーん……。で、もしかしてその子がトキヤの彼女?」
「えっ……かのじょ……?」
「ええそうです。もも、私の彼女として、ハヤトにしっかりと挨拶をしてください」
「えっ、あ、う、うん……」

なんだかまだ全ての状況は把握できていないが、とりあえずトキヤはわたしに彼女のふりをして欲しかったのだろう。どうりでわたしが事前に説明を求めてもトキヤの歯切れが悪かったわけだ。
わたしはそう得心すると、トキヤとの約束通り、おとなしくその指示に従った。

「は、初めまして。中岡ももです。トキヤには日頃色々とお世話になってます」
「そっかぁ、ももちゃんか〜」

ハヤトがあのアイドルスマイルでわたしに顔を近付けてくる。やばい、気絶するかも、なんて心の中で思った時、彼は意外過ぎる事を口にした。

「ももちゃんってさ、超トキヤ好みの顔してるよね」
「えっ……」
「ハヤト! 余計な事は言わないでください」

ふと隣から大声でトキヤが横槍を入れる。彼にしてはめずらしく動揺の色が隠せず、頬を僅かに紅潮させていた。それにハヤトがあんな事を言うものだから、わたしの顔まで釣られて熱くなってきたようだ。恥ずかしくてたまらない。

「別にいいじゃないか〜、褒めてるんだから」
「と、とにかく、これで私が嘘など吐いていない事を証明できましたね」

トキヤがハヤトに張り合うようにソファから身を乗り出した。
そのトキヤの一言で確信したが、わたしはこの双子の意地の張り合いに、今、完全に巻き込まれてしまっている。おそらく、どちらが先に彼女を作るか、などというくだらない競い合いで嘘を吐いたトキヤが、嘘の上塗りのためにわたしをこんな所まで連れて来たのだ。
男同士の兄弟というのは本当にくだらない事で張り合うのが好きだとは聞いていたが、まさかこの一ノ瀬兄弟までもが例外ではなかったなんて、ちょっと意外かもしれない。


「それでは証明も済みましたし、私たちはこれで失礼します」
「んー、ちょっと待つにゃ」

トキヤが早々とソファから腰を上げると、ハヤトがすぐにそれを止めた。それは何かよからぬ事を企てているような表情で、彼は笑顔のままわたしの手を取り、無理矢理自分の方へ引っ張った。

「な、何をしているのですか、ハヤト。ももを離してください」
「う〜ん。トキヤの言うこと、ボク、イマイチ信用できないにゃぁ。ってわけで、今からボクの前で君たち二人が本当に恋人同士か証明して欲しいにゃ!」
「……」
「……それは、どう、すれば?」

まぁ、ここに来てトキヤの彼女のふりをした時から、こうなる事は僅かながら予想してはいたので今さらどうという事もないが、やはり証明と言うからにはキスのひとつでも披露しなければならないのだろうか。そう思うとわたしは、とてつもなく不安になった。だいたいトキヤが好きでも何でもない相手にキスなどするはずがない。
これは早いうちに本当の事を言ってハヤトへ謝った方が良いのかもしれない。

「……ねぇトキヤ、ハヤトさんに謝った方が」
「ももは黙っていてください」
「う……」

トキヤはわたしの助言に耳も貸さず、終始ハヤトを睨み付けている。しかしハヤトはそんなトキヤの視線になど気付かぬふりで話を続けた。

「うーん、やっぱりキスじゃありきたりだし……。そうだ、こういうのはどうかにゃ?」
「え」

言うが早いかハヤトは掴んだままのわたしの手を引っ張り、わたしを自分の腕の中に収めると、後ろから強く抱きしめた。それを見たトキヤの顔色がどんどん真っ赤になっていく。

「何なんですか、いくらでも証明しますから早く条件を言ってください! それと早く……私のこ、こいっ、恋人を、離してください!」
「あははっ、トキヤ、動揺してるにゃ〜っ! それじゃあ、条件を発表しまーっす!」

動揺するトキヤに構う事なくハヤトがわたしの真後ろから声を張り上げる。その頃ようやくわたしは自分がハヤトに抱きしめられている事を実感していた。わたしの真後ろにはあの国民的アイドルのハヤトが居るのだと思うと、もう何もかもがどうでもよくなるような、そんな気がした。

「もも! 君は私の恋人なのですよ!? ハヤトに抱かれて鼻の下を伸ばすんじゃありません!」
「だ、だって……」
「ももちゃんはボクの方が好きなのかにゃぁ?」
「ひゃあっ!」

トキヤに叱られ、もごもごと口ごもるわたしの耳をハヤトが後ろからかぶりつく。
その瞬間えも言われぬ快感のせいで、背筋に思わず悪寒が走った。目の前では顔を真っ赤にしたトキヤが絶句している。

「……なななななな、なんて破廉恥な!」
「なに言ってるのかにゃぁ? トキヤだってももちゃんといつもこんな事、してるんでしょ?」
「っく!」

ハヤトがトキヤを強引に捩じ伏せ、わたしの後ろでくすりと笑った。
今のでわたしには分かった事がある。それは、この猿芝居が完全にハヤトにはバレているということだ。しかし、トキヤはそんな事になどおそらく気付いてはいまい。やはりハヤトの方が一枚も二枚も上手なのだ。
そんな様子を目の当たりにし、わたしは目の前で動揺する彼に同情せずには居れなかった。



「ええと、それじゃあね〜、トキヤがももちゃんのおっぱいの大きさを当てられたら、君たちを恋人同士と認めま〜す!」
「うえぇっ!?」
「な、なんですって!?」

突拍子もなくハヤトが言った事に、わたしもトキヤも驚き、思わず固まる。

「なんで驚くのかにゃぁ? 恋人同士で何度もエッチしてるなら、これくらい分かるはずだけどにゃぁ」
「あ、あの、ハヤトさん、実はですね」
「もも! 今、今私が当てますから、君は黙っていてください」

降参を促そうと声を上げるわたしを制し、真剣な眼差しのトキヤがわたしの胸に顔を近付けてくる。コイツはやる気だ。目測だけでわたしの胸の大きさを当てるつもりらしい。ハヤトにからかわれている事にも気付かず、わたしの胸を真剣に凝視するトキヤがひどく不憫に思えた。

「……」
「ちょ、ちょっと、トキヤ顔近い!」
「ふふっ、苦戦してるにゃぁ〜」

楽しそうに笑うハヤトに目もくれず、トキヤがわたしの胸にどんどん顔を近付ける。なんだかまるでトキヤに胸を透視でもされているみたいで、妙に恥ずかしい。



「ええと……このぐらい、ですか?」

トキヤが手でボールを掴むような仕草をする。その顔は未だに動揺していた。

「はい。それじゃあ正解を発表しま〜す!」
「へっ……?」

トキヤの回答の答え合わせと言わんばかりにハヤトがそう叫ぶと、何を思ったかそれと同時に彼は後ろからわたしの胸を鷲掴んだ。



「きゃ……きゃぁあああああっ!」
「ハ、ハヤト……! あなたはなんて事を! 私ですらまだももの胸に触れた事がないというのに……!」
「はい、やっぱりトキヤの負けー! おっぱい触った事もないのに、ももちゃんとエッチしただなんて、嘘だにゃぁ〜!」
「なっ!」

トキヤの顔色が赤から青へと変わっていく。
トキヤがハヤトにからかわれている事に気付いていたわたしとしては、今のトキヤの姿は非常に滑稽だ。



「トキヤも早く素直になって、ももちゃんに本当に彼女になってもらった方がいいよ? じゃなきゃ、ボクがももちゃんを貰っちゃうぞ! ちゅっ」
「わ、ひゃあっ!」

ハヤトがわたしの頬に不意打ちのキスをすると、トキヤはとうとう堪忍袋の緒が切れたのか、部屋の中を逃げ回るハヤトを追いかけ始めた。

今日はトキヤの意外な一面が垣間見えたような気がする。

そして結局兄弟喧嘩に巻き込まれただけのわたしは、当然ながらハヤトのサインを貰う事などできなかったのだった。




おわり
1/1
←|→

≪short
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -