「おい……なんだよこれ」
「あ、あれ? おかしいなぁ……」

これはおかしい。
リモコンの停止ボタンを押し、一旦映像を止めると、わたしは慎重にデッキからディスクを取り出した。
良く見るとディスクにはタイトルすら書かれておらず、ただ全面にサイケデリックなデザインがコピーされていた。
最近はこういうデザイン重視のディスクが主流らしく、わたしの目には別段妙だと思う所など見受けられない。わたしは両面をもう一度見直し、再びそれをデッキに入れて再生ボタンを押した。

早乙女学園から程近いレンタルショップで借りてきたアクション映画のはずのDVDは、今、全く毛色の違う映像を映し出している。やはりおかしい。DVDのジャケットと中の映像が全く一致していないのだ。

わたしと翔くんは顔を見合わせ、そして同時に首を傾げた。



わたしは今、卒業オーディションのパートナーでもある来栖翔くんの部屋にいる。わたしたちは彼のベッドに並んで座り、レンタルショップで借りてきたアクション映画が始まるのをとても心待ちにしていた。そのアクション映画は、わたしも翔くんも新作が出る度に映画館へ足を運ぶ程好きなシリーズなのだが、今回は学園での課題に追われ、二人ともいつの間にか上映期間を逃してしまっていた。仕方なくDVDが出たら絶対に見ようと約束していたわたしたちは、今日ようやく念願の機会に見舞われたのだが、どういう訳かそのアクション映画のはずのDVDはジャケットと中身が一致していなかった。

「どうなってんだ、これ」
「うーん……」

何度も何度も違う映画のタイトルが画面に映し出されると、もうこれは認めざるを得ない状況だ。

「レンタルショップの人がきっと間違えたんだね……」
「……だな」

二人揃ってがっくりと肩を落とすと、翔くんがベッドから降り、ゆっくりとデッキに手を伸ばした。

「あ、翔くん待った!」
「ん? どうかしたか、もも」

翔くんがディスクを取り出そうとした瞬間、わたしは反射的に彼の手を掴んだ。

「この映画も面白そうだし、どうせなら見ようよ」
「え?」

わたしが画面を指差すと、それを見た翔くんの顔色が、サッと蒼ざめていくような気がした。


「……なぁ、おい、これって……あれだよな……」
「あれ……? っていうか、ただのホラー映画だよ」

わたしたちの見つめるテレビ画面には、真っ暗な部屋にひとり佇む不気味な少女の姿が映し出されていた。真っ赤なワンピースに黒髪という少女の姿は、とてもベタなホラー映画を演出しているようだった。
真冬にホラー映画だなんて少し季節外れかもしれないが、この映画が手元に巡って来たのも何かの縁だ。そう翔くんを説得するも、彼は未だどうにも煮え切らないような複雑な表情をしていた。

「……もしかして翔くん、ホラー映画苦手なんじゃ」
「んなわけねーだろ!? ばっかじゃねぇの!?」
「……」

翔くんの過剰反応にわたしは確信した。
翔くんは間違いなくホラー映画が苦手だ。


「……やっぱり返して来よう」

そんな彼に無理強いする訳にもいかず、わたしはなるべく彼の自尊心を傷付けないようそう切り出した。
しかし、誰よりも空気を読むのが上手な翔くんにはわたしの胸中などお見通しだったようで、デッキからディスクを取り出そうとするわたしの手を強引に引っ張り、再びベッドへ腰を下ろした。翔くんはとても負けず嫌いな性格だから、きっとわたしに弱味を見せたくなかったのだと思う。わたしが見ようなどと言わなければこんな事にはならなかったのにと後悔せずには居れなかった。

「大丈夫って言ってんだろ? み、見ようぜ」

これ以上止めても翔くんが傷付くだけと思ったわたしは、仕方なく彼の隣におとなしく座り直し、二人でその映画を見ることにした。
先ほどわたしの腕を掴んだ翔くんの手が未だわたしの腕に絡み付いたままで、ちょっと微笑ましい。

「……なに笑ってんだ?」
「ん、別になんでもないよ」
「……」

いくらか怪訝な表情でわたしを睨んだ翔くんは、まぁいいかと呟き、テレビへ視線を移した。





そのホラー映画はオープニングから察するに、超古典的なホラー映画だとばかり思っていたのだが、意外にもストーリーのあちこちに斬新な仕掛けや伏線が練り込まれており、わたしたちは一瞬たりともその映画から目が離せなかった。
しばらく緊迫したシーンが続き、ようやくストーリーも佳境に入った。
先ほどから視聴者を驚かすための映像や突然の効果音がひっきりなしに続いている。翔くんはわたしの腕を未だにしっかりと掴んだままで、彼が驚くとわたしにまでその衝動が伝わり、いつもより余計にドキドキした。
彼に気付かれぬようその横顔を盗み見る。相変わらず翔くんはアイドルを目指すだけあり、とても整った顔立ちをしていたが、今は恐怖のあまりその顔は少々歪んでいた。

「……来る、ぜってー来る……」
「え?」

翔くんが隣でブツブツと独り言を呟く。すでに顔面は蒼白で、見ているわたしもそわそわせずには居れなかった。




「だーっ! もう無理! ギブ! もも、ちょっと来い!」
「え……? わ、ちょっ!」

これから最大のクライマックスを迎えようかというその時、迫り来る恐怖に耐えきれなくなったのか、翔くんがわたしの腕を強く引っ張り、わたしを腕の中に閉じ込めた。翔くんの膝の間にすっぽりと収まったわたしは、後ろから抱きしめられるその感覚に頭がついて行けてない。

「しょ、翔くん……」
「わ、わりぃ。しばらくこのままでいてくれ」

後ろから囁く翔くんの掠れた声が耳元を掠めた。いつもとは打って変わって真剣なその声に、わたしの心臓がとうとう悲鳴を上げ始める。恥ずかしい。おそらくわたしは耳まで真っ赤に違いない。
うなじに翔くんの息がかかり思わず首を竦めると、翔くんは咳払いをして、わたしを更に強く抱きしめた。

「これなら怖くないし……、そ、それに、お前の匂いも……すごく、いいし……」

耳元でそう言う翔くんが、わたしのうなじにキスをした。くすぐったくてまた首を竦めると、今度はわたしの背中に密着するように、翔くんが体全部を押し付けてくる。

「……ホラー映画も、たまにはいいモンだな」

そう言ってくすりと笑う翔くんに、わたしはどうにも可愛くない一言をぶつける。

「……翔くんのえっち」

いつもなら真っ赤になって反論する翔くんも、今はわたしから顔が見えない真後ろにいる。そのせいか、彼はいつもの反論などせず、ただ黙ってわたしとベッドになだれ込んだ。
後ろからとても小さな声で、翔くんによる愛の囁きが聞こえたような気がした。




いつの間にかホラー映画はすでに終わっており、テレビ画面ではエンドロールが流れていた。





おわり



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