「もも先輩、今日はホワイトデーなので、僕の家で一緒にクッキー作りませんか?」

三月十四日、ホワイトデーの今日、校門で待ち構えていたショウくんの口車に乗せられ、わたしは今、彼の家へお邪魔している。


しかしよくよく考えれてみれば、ホワイトデーなので一緒にクッキーを作りませんかというショウくんの言葉は、女のわたしからすれば妙に釈然としない。
そもそもホワイトデーというものは、バレンタインデーにチョコレートをもらった男の子が女の子へお返しをする日であり、女の子と一緒にクッキーを作る日ではない。クッキーを作っている間中、わたしは何度かそれとなくショウくんに問い質そうともしたのだが、クッキーを作っている最中はとてもそんな雰囲気ではなかったし、この雰囲気を楽しんでいる彼に水を差すわけにもいかなかったので、結局何も言うことができなかった。わたしは完全にそのタイミングを見失っていたのだと思う。
しかし、二人でクッキーの焼き上がりを待っている今ならば絶好のタイミングだと思う。
わたしはそう決意すると、隣に座っているショウくんの方を向き口を開いた。


「ショウくん……」
「ん、何?」

わたしが彼の名前を呼ぶと、隣で雑誌を読んでいたショウくんが顔を上げ、こちらを向いた。相変わらず小悪魔のように可愛いその表情を目にすると、わたしは改めて問い質す事を躊躇してしまう。しかし、ここはしっかりと問い質さなければと思う。

「……あ、あのさ、この状況って、なんかおかしくない?」
「べつにー?」
「え……だって今日、ホワイトデーだよね?」
「うん。だから一緒にクッキー作ったでしょ?」
「……っていうか、ほとんどわたしが作ったような気がするんだけど」
「あはは、まぁいいじゃん。あとは焼き上がりを待つだけなんだし! ね、セーンパイ!」

わたしの疑問を強引に捩じ伏せてしまったショウくんは、小首を傾げながらにっこりと笑った。彼が無茶苦茶な事を言っているのは分かってはいたが、そんなふうに笑う彼に文句を言い返せるはずもなく、結局わたしは引き下がるしかなくなるのだった。



「あ、そうだ。今のうちに課題やっちゃおうっと」

読んでいた雑誌をソファの上へ放り、ショウくんがテーブルに置いてある自分の鞄を引っ張った。中から教科書とノートを取り出し、さらにショウくんは鞄の中を引っ掻き回す。

「……ショウくんどうしたの?」
「うん、あー、ペンケース学校に忘れてきたかも……」

がさごそと鞄の中を探し続けるショウくんが気の毒になり、わたしは自分の鞄からペンケースを取り出し、それを彼へ差し出した。

「……もも先輩?」
「わたしので良かったら、使って」
「ほんと? ありがと、先輩! 助かったぁ……あ」
「ん?」

ショウくんがわたしからペンケースを受け取ろうとしたその時、彼は不意に何かに気付いたように、わたしの鞄の中を指差した。

「あっ」

そこには綺麗にラッピングされた白い箱が収まっていた。この箱は今朝佐伯くんから貰った先月のチョコのお返しで、本人が義理だ義理だと強調していたものだった。確かにわたしがあげたチョコも義理チョコだったのだから、それなりのお返しなのだと思う。
しかし事情の知らないショウくんはそれを義理とは思わなかったらしい。少し眉間に皺を寄せたショウくんは、その箱を取り出し、わたしの前に突き付けた。

「もも先輩、なに、これ」

ショウくんの顔がみるみるうちにあからさまに不機嫌になっていく。彼にそんな顔は似合わないと思うが、それを言うと本人に茶化すなと叱られてしまいそうなので、わたしは黙って頭を巡らせた。なんとか誤魔化す事も考えてはみたが、彼の場合バレたら後が怖いので、わたしは仕方なくショウくんに正直に話す事を決意した。

「あー、えっと、たぶんお菓子? ショウくんも一緒に食べる?」
「僕はそういう事、聞いてるんじゃないんだけど……」

明らかに口調も不機嫌そのもののそれへと変わり、わたしへ向けられる視線も鋭いものと変わっていった。こうなると可愛い顔が逆に怖くなってくるから不思議だ。

「……」
「……」
「ぎ、義理よ義理! バレンタインにあげた義理チョコに、佐伯くんたら律儀だからお返しくれたのよ、義理で!」
「……ふぅん。送り主は佐伯先輩か……。なんかあやしい」

ショウくんが少し唇を尖らせ、そのままその箱に掛けられたリボンをほどく。箱を開けると、そこにはおそらく佐伯くんの手作りと思われるホワイトチョコケーキが入っていた。

「……」
「……」


しばらくの間、室内が沈黙に支配された。耳鳴りがして、非常に気まずい気持ちが募っていく。

「……もも先輩、これ、佐伯先輩の手作りだよね?」
「……」
「だってこんなケーキが売ってるお店、僕、知らないし」
「……」

ショウくんの頭の中には、はばたき市中のケーキ店のデータが叩き込まれている。そんな彼には、このケーキが市販品でない事くらいとうの昔にお見通しだった。
ショウくんはため息混じりにそのケーキを掲げ、わたしと改めて向き合った。

「義理のお返しが手作りなんて、僕、聞いたことないなぁ」

そう言って満面の笑みを貼り付ける彼に、わたしは背筋が凍りそうになった。



キッチンからオーブンの焼き上がりを伝える電子音が流れた。
正直、助かったと思った。

しかし助かったと思ったのはその瞬間だけだったようで、焼き上がったクッキーを二人で食べる時も、ぎこちない雰囲気が場を支配し、わたしはショウくんに話しかける事すらできなかった。



クッキーを食べ終え、紅茶を飲み干すと、ショウくんがようやくため息と共に声を発した。

「もも先輩って、ほんっとうに超が付くほどの鈍感だよね」
「え?」

ショウくんはまだ拗ねているのか、わたしとは目も合わさずに斜め下の方をずっと見つめている。

「先輩っていつも無駄にニコニコしてるから、きっとその調子で佐伯先輩にも愛想を振り撒いてたんでしょ?」
「ショウくん……」
「佐伯先輩、きっと勘違いしてると思うよ。……もも先輩が無意識のうちに佐伯先輩を誘惑したんだ……」
「そんな!」

そんなことないと反論しようとしたその時、ショウくんがいつの間にか今にも泣き出しそうな顔でわたしを睨んでいた事に気付いた。

「ショウくん……?」
「もしかして先輩、僕の事も、ただの友達って、思ってる?」

彼の掠れた声を聞き、わたしは胸が締め付けられるように痛んだ。ショウくんにこんな思いをさせてしまった事を、わたしは本気で後悔した。


「違うよ、違う! ショウくんは、ただの友達なんかじゃない……」
「……じゃあ、彼女って。僕、もも先輩の事、彼女って思ってもいいんだよね?」
「う、うん……」

わたしの弁解と共に、ショウくんの顔がみるみる明るくなっていく。彼が笑っていると、わたしも釣られて嬉しくなってしまう。やはりわたしはショウくんが大好きなのだなと改めて思い知った。



「それじゃあもも先輩、この佐伯先輩からのケーキ、いらないよね?」
「えっ……」

ショウくんがそう言って自分の前へケーキを引っ張り、そしてそのまま蓋をした。
佐伯くんは料理がとても上手だから、本当はわたしもあのホワイトチョコケーキを食べてみたかったのだけれど、ショウくんの機嫌がこれで直るのならば、仕方ないのかもしれない。
心の中で何度か佐伯くんに頭を下げ、わたしはショウくんにコクリとうなずいた。



「あ、そうだ。代わりって訳じゃないけど」
「え?」

ショウくんがいつの間にか可愛いケーキのマスコットが付いたストラップを手のひらに乗せ、それをわたしへ差し出した。

「一応、僕とお揃い、だから」
「……」

思いもよらない彼のプレゼントに驚き、ただ呆然としているわたしに業を煮やしたのか、ショウくんはそのストラップを無理矢理わたしへ押し付けた。

「……ありがとう、ショウくん」
「うん、どういたしまして!」

そう隣で悪戯っぽく笑うショウくんの笑顔を見て、わたしはとても幸せな気持ちになったのだった。




翌日、佐伯くんにあのケーキの感想を聞かれ答えに窮したわたしは、仕方なく正直に彼へ事情を話した。
もちろんその後、容赦なくチョップをくらってしまったのだが、それはわたしが悪かったのだから甘んじて受け入れた。

佐伯くんのくれたあのケーキは本当に義理だったらしい。今度店で出すためのケーキをわたしに試食させようとしていたのだそうだ。試食なら試食と言えばいいものを、わざわざホワイトデーにこんな手作りケーキを寄越すなんて、本当に人騒がせだ。まぁ、佐伯くんらしいといえば佐伯くんらしいのかもしれない。

それに、そのおかげでショウくんの気持ちもはっきりと聞くことができたのだし、少しは佐伯くんに感謝してもいいけれど。なんて。




おわり
1/1
←|→

≪short
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -