「もうコトノリとはしばらく散歩しない!」

いつものようにコトノリと街中の警護がてら色々な場所を見回って来たわたしは、自分の部屋のベッドへ座るなりそう吐き捨てた。

「……どうしたんでやんすか? ご主人」

部屋で大人しく留守番をしていた豆太がすぐに心配そうにこちらへ駆け寄って来る。わたしは豆太を抱き上げ、隣に座らせた。そして部屋の入り口で未だ無言で佇むコトノリを一瞥し、豆太の背中を優しく撫でる。

「……」

しばらく何も言わずに豆太を撫でていると、その様子を忌々しげに眺めていたコトノリがゆっくりとわたしの目の前に立ち、豆太を摘まんで床へ投げ捨てた。そしてすぐに今まで豆太がのんびりと寝転んでいたその場所に腰を降ろす。突然ベッドから下ろされた豆太がコトノリの足元でキャンキャン吠えていたが、彼はそんな事など全くお構い無しのようだった。


「もも、一体何が気にいらないのですか」
「……コトノリ、分からないの? じゃあ、しっかり自分の胸に手をあてて考えてみて」
「……」

わたしの不満の要因など微塵も分からないとしらを切るこの少年は、見た目こそ少年だが、その実もう七百年以上も生きている立派な大妖怪だ。名をコトノリと言い、その正体は尾が九つもある狐だった。
ふわふわのその尻尾と同じ黄金色の髪の毛は、さらさらと風になびいてとても綺麗だ。わたしはいつも、ついその綺麗な髪の毛に見とれてしまう。現に今も、そのきらきら光る彼の髪の毛から目が離せない。
ふとコトノリを見ると、彼は既に自分が見つめられていたことに気付いており、わたしと目が合うとにっこりと微笑んだ。わたしはたまらなくばつが悪くなり、そそくさと目を逸らしたのだが、小さな笑い声が聞こえたので、やはりバレバレだったのだと思う。


コトノリが本当の意味でわたしの式となってから、彼はずいぶんヤキモチ妬きになったと思う。元々そのきらいはあったようだが、最近は特にひどい。わたしが誰と何を話していようが、彼は後ろから突然抱きついてきたり肩を抱いてきたりと、とにかくわたしにくっついていないと気が済まないようだっだ。コトノリのその言動の原因は、わたしを自分の所有物だと周囲に知らしめたいが故の事なのだろうが、それにも限度というものがある。



「どう? 分かった?」

コトノリの方を向き、そう尋ねる。しかし彼はいつもの笑顔を崩すことなくいいえと言い切った。自然とため息が出てしまった。

「そうですね……。自分の胸では分からないので、ももの胸に聞いてみましょうか」
「え?」

彼の言葉を理解する前に、わたしの胸には容赦なく彼の手があてられていた。その冷たく細い指は、確実にわたしの胸を掴んでいる。

「き……きゃ……んむっ」

反射的に悲鳴を上げようとするわたしの口を彼は当然のように唇で塞いだ。なんだ、この状況は。



「何をするでやんすか狐! ご主人から離れるでやんす!」

足元で吠え立てる豆太をコトノリは再度忌々しげに睨み、ようやく渋々とわたしから離れた。

「いつまでたっても空気を読まないワンちゃんですね。僕はももが悲鳴を上げてご両親に心配をかけないように口を塞いだだけですが」
「ななっ……! 空気を読まないのは狐の方でやんすー!!」

余程悔しかったのか、豆太は人型に姿を変え、そしてわたしとコトノリの間に無理矢理体を押し込んだ。コトノリの眉がぴくんと動いたのは見なかった事にしてしまいたい。



「ご主人、今日は一体何をしでかしたんでやすか? この狐」

豆太に真剣な表情で詰め寄られ、わたしは今日の出来事を豆太に話すべきか考えながらコトノリに視線を移した。少しは反省しているだろうかとも期待したが、彼は全く悪びれる様子もなくいつもの笑顔でわたしを見つめているだけだった。

「人聞きの悪いことを言わないで欲しいですね。僕はももの恋人として、当然の事をしたまでですよ?」

わたしが口を開きかけた時、コトノリが笑顔のままそう先制した。彼の笑顔は時々怖い。それは妖怪としての彼を恐れるとかそういう意味合いではなく、言葉にするのが難しいが、とにかくそんな笑顔で自分は悪くないなどと言われたら、わたしも強くコトノリが悪いとは言えなくなってしまうのだ。

「でも! こんな事が続いたら、わたし、友達いなくなっちゃうよ!?」

思い切って少しオブラートに包み文句を言ってみる。しかしコトノリはなぜか少し楽しそうに口角を上げて笑うだけだった。

「ももに友達なんていなくても構わないじゃないですか。あなたは僕の事だけを考えていればいいんですから」
「そ、そんな! 横暴だわ!」
「いいえ、横暴ではありません。僕はこれでも我慢しているんですよ」
「ど、どこが? 今日だって円柳さんを怖がらせちゃうし、それに」
「あの男など話になりませんね。あれしきの事で尻尾を巻いて逃げて行くなんて、僕の方が驚いているくらいです」
「そ、それに泰清さんと仕事の話をしていた時も、コトノリ、ずっとわたしを後ろから抱きしめてた!」
「僕はその時そうしたかったんです。ももに触れていないとあの陰陽師を殺してしまいそうでしたから」
「う……」

コトノリが陰陽師という者に対して、未だ憎悪を抱いているのはわたしにも分かる。しかしそんな言い訳をされたら、いくらわたしでも怒るに怒れなくなってしまうではないか。困った。

しかし、今日ばかりはしっかり怒っていると言うことを彼に教えなければならないと思う。

「それ以外にも、帰りにわたしがリアと話していた時だってコトノリったらイライラしながら待っていたでしょう? それ、リアにもしっかり伝わっていたわ。リアったら気を遣って早々に話を切り上げてくれたけど……」
「それは当然でしょう? 僕は彼女に伝わるようにイライラしていたんです。だいたいリア嬢が僕のももを独占していたのが悪いんじゃないですか」
「なっ……! じゃあ、わたしがご近所さんのワンちゃんを抱っこさせてもらった時の事はどう説明するの!? コトノリがワンちゃんを見た途端、ワンちゃんがぷるぷる震え出して……とっても可哀想だったわ!」
「……うるさいですね。そんな事などどうだっていい事です」

わたしが今日の出来事についてああだこうだと文句を言うと、コトノリはついに面倒になったのか、そう言い捨てて隣に座っていた豆太をベッドの外へ放り投げた。痛々しく尻餅をつく豆太には目もくれず、そのままわたしを抱き上げる。

「ちょっ、コトノリ!?」
「ももは僕だけのものだ。誰にも見せたくないし触れさせたくもない。それは万物に対してであり、例え犬とて僕のももに触れる事は許さない」
「な、なに言って……」
「常々僕は不満だったんです」
「な、何が!?」

コトノリがわたしを抱き上げたまま何かを呟くと、その瞬間世界が変わった。




まほろば。

いつ来ても一年中秋の様相のその場所は、コトノリが以前封じられていた場所だった。紅い紅葉が美しいまほろばに、わたしたちはいつの間にか足を踏み入れていた。

やわらかな落ち葉の積もる場所にわたしを下ろし、コトノリがその上に跨がる。

「コ、コトノリ……?」

不安げにコトノリの名を呼べば、彼はずいぶんと表情を緩め、わたしの頬に触れる。


「あなたという人は、僕以外にも分け隔てなくお優しい」
「……」
「ですから、あなたにとって僕が一番だという証をください」
「あ、証……?」

コトノリはそう言って微笑むと、すぐにわたしに体を重ねた。
何度も何度もキスをして、わたしの体に触れていく。

「ももが僕にその証をくれるのなら、僕はもう少し、あなたの周囲に対して寛大になれるような気がします」
「う……」

コトノリはずるい。そんな事でこの行為を正当化してしまうなんて。



「……コトノリのばか」
「……馬鹿に馬鹿と言われる筋合いはありませんね」

そう言って笑うコトノリを見ると、わたしはもうこれ以上何も言うことができず、ただそっと彼の首に手を回すのが精一杯だった。
彼の嫉妬心が和らぐのならば、理由など付けずとも良いのに。

そう思ってしまうわたしは、もうずいぶんコトノリに夢中なのかもしれない。




おわり

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