※HAYATO≠トキヤ
HAYATOはトキヤの双子の兄設定です。




「こーんにーちはー」

まるで語尾にハートマークでも付いているかのような甘い声で、こんなに間延びした挨拶をする人物の心当たりなど、わたしには一人しかいない。寮のドアの横に設置されている呼び鈴が見えないのか、彼はいつもわたしの部屋を訪ねる際、外から大声で挨拶をする。自分がトップアイドルという自覚はないのだろうかといつも不思議に思う。

「ももちゃ〜ん、ボクだよ〜。分かんないかにゃあ?」
「静かにして」

勢い良くドアを開け、あわよくばコイツ頭でもぶつけてくんないかな、などと思っていた事は顔の奥にひた隠し、眉を顰めながら注意を促す。相変わらずわたしとは正反対の可愛い笑顔に、わたしは少しだけ嫉妬を覚えた。

「今日、来るって言ってたっけ?」
「ううん、言ってな〜い」

全く予定のないハヤトの来訪に、わたしは少し戸惑っていた。なぜならば、一応こんなのでもわたしの恋人だし、だから尚更今のわたしには彼と会うための用意というものが必要だったのだ。さりげなく玄関の鏡に映った自分を見る。そこには何の可愛げも色気もない部屋着のジャージを着た自分が映っており、わたしは何とも言えない複雑な気分になったのだった。

「ええと、とにかくどうぞ?」

連絡も無しにやって来たハヤトは、全く悪びれる様子もなくわたしがどうぞと言うのを待っていた。そんな従順そうなハヤトに帰れと言う訳にもいかず、わたしがすぐにそう言うと、ハヤトはまるで尻尾を振ってご主人様に懐く犬の如く素早くドアの中へ入って来た。



「……上がらないの?」

笑顔のまま玄関からこちらを見るハヤトを不思議に思い、わたしは彼にそう声をかけた。
いつもならこの部屋の主であるわたしより先にリビングに行き、彼専用ともいえるソファへ飛び込むというのに、今日に限って彼は玄関から一歩も動く気配がない。おかしいと首を傾げハヤトにそう訊ねると、彼は一層まぶしい笑顔をわたしに向け、実は、と、もったいぶった様子で口を開いた。

「今日はももちゃんに紹介したい人がいま〜す」
「……紹介したい人?」

正直、また面倒事ではあるまいなと思ったのは、ハヤトの今までの言動が言動なので仕方のないように思う。しかし、もし彼がすでに紹介したい人というのを連れて来ているのならば、その人に迷惑がかかるかもしれないし、そう蔑ろにする事もできない。
そう考えたわたしは、仕方なくハヤトの次の言葉を待つ事にした。


「トキヤ! 入って来て!」
「……こんにちは」

ハヤトにトキヤと呼ばれた少年が部屋のドアを開け、中に入って来る。その瞬間、わたしは思わず何度もぱちぱちと瞬きをした。それもそのはず。トキヤという少年は、ハヤトと瓜二つだったのだ。


「……え、なに、ハヤト、もしかして双子?」

わたしは彼に弟が居る事を聞いてはいたが、まさか双子だなんて事は思ってもいなかった。わたしは驚いて二人を交互に見つめる。ハヤトはそんなわたしを見て、とても楽しそうに破願した。

「驚いたかにゃ〜?」
「えっ、う、うん、驚いたけど……まとわり付かないで」

ハヤトはいつものように部屋へ上がりこみ、トキヤを見つめるわたしの後ろから強く抱きついてくる。弟の前だというのに、恥ずかしくないのだろうか。

「え、ええと、初めまして、中岡ももです。ハヤトにはいつもお世話になっています……」
「私は一ノ瀬トキヤです。認めたくはありませんが、このハヤトの弟になります。そしてこちらこそ、ハヤトがいつもお世話になっています」
「……トキヤくんてハヤトと全然似てないね」

ぺこりと礼儀正しくお辞儀する彼を見れば見るほど、外見はハヤトそっくりなのに中身はまるで違う。月と太陽のように、二人は本当に両極端にいるような気がした。

「あなたこそ、ハヤトの恋人だというから、どんな頭の軽い馬鹿女かと思えば、とりあえずしっかりした人で安心しました」
「それはどうもありがとう。ふふ、トキヤくんも中にどうぞ」
「はい。では遠慮なく。お邪魔します」

トキヤはそう言うと、よく磨かれた靴を脱いで部屋へ上がった。その後、兄の分までしっかりと玄関の靴を揃えていたのには感心した。




「ももちゃんはボクの隣〜」
「ちょっ、ちょっとハヤト!」

キッチンで淹れたインスタントコーヒーをリビングに持って来ると、ハヤトがソファに座ったままわたしの服の裾を引っ張った。ハヤトに引っ張られたせいで、少しだけ腹部が見えてしまい、恥ずかしくなったわたしは思い切りハヤトの腕をつねった。

「うわぁ〜! 痛いにゃ痛いにゃー! 腕がちぎれる〜」
「まったく……そんな訳ないでしょう」

大袈裟に痛い痛いと騒ぐハヤトに、トキヤが冷静に囁く。わたしの言いたい事をトキヤが言ってくれたので、正直助かった。


「トキヤくんってほんとにハヤトの弟? なんだかハヤトより頼りがいがありそうだしハヤトより頭良さそうだしハヤトより落ち着いてるしで、トキヤくんが弟には見えないんだけど……」

ハヤトの隣で彼のぶんのコーヒーにミルクとシロップを入れながら、わたしはトキヤを見てそう言った。トキヤは出されたコーヒーには何も入れず、ごくりとそれを飲み込んだ。やはりそっくりなのは外見だけだ。ハヤトはミルクとシロップがたくさん入ったそのコーヒーを、わたしの手から奪い取ると、黙ってそれを飲み干した。機嫌が悪いのだろうか、マグカップを持ったハヤトは少し唇を尖らせている。

「確かに、否定はしませんが、しかし、あなただって」
「え、わたし?」
「ハヤトの恋人にしては落ち着いていますし、思っていたよりも派手じゃない」
「えっと……褒めてる?」
「もちろん」
「あ、ありがとう」

なんだかハヤトの顔でこんなに落ち着いた会話が成り立つなんて、ちょっと面白い。
わたしたちがそんな会話を続けていると、隣に座っていたハヤトがいつの間にかとても不機嫌そうな顔をしていて、黙ったままわたしにもたれかかった。
そういえば今日のハヤトはいつものようにあまり騒がしくない。どうした事かと彼の名を呼ぶと、ハヤトは無言でわたしの胸にぐりぐりと顔を埋めた。
もちろんすぐに後ろ髪を引っ張り、制裁を加える。

「痛い痛い! 禿げちゃうよももちゃん!」
「大丈夫でしょ、こんなにふさふさなんだから」
「大丈夫じゃないにゃ! 三十年後にどうなるか……!」
「それよりどうしたの? なんだかハヤト、いつものハヤトじゃないみたい」

わたしがハヤトの目を見てそう言うと、ハヤトはなぜかとても気まずそうにわたしから目を逸らした。

「ハヤト?」
「……ももちゃん、まさかとは思うけど、ボクよりトキヤの方が好きになった訳じゃないよね?」
「は?」

ハヤトは自分の言った事が意外にも相当恥ずかしかったようで、わたしが聞き返しても顔を赤くして俯いているだけだった。

「ハヤト、見苦しい嫉妬はやめてください。ももさんはあなたの恋人でしょう?」
「……そうだけど〜。でももしももちゃんがトキヤを好きだって言ったら、ボク、かなわないし」
「……」

めずらしくハヤトの思考がネガティブになっている。こうして良く見ると、落ち込んだハヤトもとても可愛い。ソファの上で足を抱えてしょんぼりしているのを見て、尚更そう思った。

「大丈夫ですよハヤト」
「え?」
「例えもしももさんが私に好意を寄せてくれても、私にだって選ぶ権利というものがありますから」
「……」
「トキヤ! ももちゃんは世界一のお姫様だぞ! 失礼な事を言うな〜!」

おそらくトキヤなりのハヤトの慰め方なのだろう。ハヤトが元気になると、彼はほとんど表情を崩さずに笑い、ソファから腰を上げた。

「それでは私は帰ります。私もハヤトに追いつくため、やらなければいけない事が山ほどありますので」

トキヤはそう言うと、足早に玄関へ向かった。ハヤトに追いつくためとは、やはり彼もアイドル志望なのだろうか。先程はハヤトとは全然似ていないとも思ったが、こういうふうに兄を慰める優しい所とアイドルという夢に向かっている所は、ちょっとだけ似ているかもしれないと思った。




「あ、そうだ。ももさん」
「ん、どうしたの?」

リビングのソファにハヤトを残し、玄関先でトキヤを見送るわたしに、彼はハヤトとは違う笑顔を見せ、わたしの耳に口を寄せた。

「先ほどはハヤトの手前ああ言いましたが、私はあなたが嫌いではありません」
「うん?」
「あなたが私の姉になるのなら、喜んでそれを受け入れましょう」
「え……」

思わず言われた事を頭の中で反芻する。
もしかしなくとも、これはわたしがハヤトの妻になるということを認められたのだろうか。嬉しいけれど、ハヤトの顔を頭の中に浮かべると、なんだかとても恥ずかしくなってしまった。まぁ、まだ結婚なんて早いとは思うが。

先程よりはっきり分かるような笑顔になったトキヤをただ呆然と見送り、そしてわたしはハヤトの待つリビングへ戻って行くのだった。
 
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