「ももちー〜、な〜んか最近前よりぷにぷにしてなァ〜い?」
「え? わっ! ひゃ、ちょっ、やめ……!」

本日の授業が終わり、帰宅部へ向かう支度をしていた私のおなかをロキが躊躇いもなくつついた。
一体いつの間に私の後ろに居たのだろうか、気配は全く感じられなかった。

「なっ、何するんですかいきなり!」

いくら神様といえどロキは男であり、異性に体を触られるなど恥ずかしいことこの上ない。私はすぐに席を立ち、彼から距離を取るようにその場を離れた。

「逃げることないジャ〜ン☆ それにチョットくらいイイでしょ? 減るもんじゃないしィ〜♪」
「そ……、それはそう、ですけど! でも恥ずかしいからやめてください!」

ロキから逃げるように後退るも、彼はそれを阻止するように私の手を瞬時に掴む。
やはり捕まってしまった。
この悪戯っ子に捕まるとろくな事がない。
すぐさまそう思った私は、とにかく彼の腕から逃れようと繋がれていた腕をぶんぶん振り回す。しかし、その手が私の腕から離れる事はなかった。


「あれ、どうしたの? ももさん、ずいぶんロキと仲良くなったんだね」

突然後ろから声をかけられそちらを振り向くと、そこにはいつもと変わらぬ美しい笑みを浮かべたバルドルが居た。
今日も完璧なまでに輝いている。

「バ、バルドルさん……」
「そんなにロキと仲良くしてると、わたし、ちょっと嫉妬しちゃうな……」
「え」

穏やかな表情とは裏腹に、バルドルの背中に黒いものが見える。すぐにそのオーラに気付いた私は慌ててそんなんじゃない、と言い訳をすると、バルドルはすぐに背後の黒いオーラを消し、そうなんだ、と言って笑った。ひとまず納得はしてくれたらしい。




「……ところで」
「え?」
「ももさん、わたしの目測からすると、1キロ程体重が増加したみたいだけど……」
「ええっ!?」

バルドルの登場でロキの嫌な話題から抜け出せると思ったのも束の間、頼みの綱であるバルドルにまで私の体重の事を指摘されてしまった。今日は厄日か。

確かに私はここ最近太った。

それはこの箱庭に設えられた食堂の食べ物がおいしすぎるのが原因だ。さらに季節は秋、食欲が旺盛になるのも仕方ないといえば仕方ないのだ。と主張しておく。

だがしかし、たかが1キロ程度体重が増加したくらいで、それが他人から分かるのだろうか。
ロキといいバルドルといい、この神たちの洞察力は一体どうなっているのだろう。

「あー……、え、えっと、それじゃあ私はこれで!」
「はァ? なァ〜に言ってんのォ? ももちーはこれからオレたちと部室行くンでしょォ〜☆」
「そうだよね。軟式テニス部も今日はお休みだから、わたしも帰宅部に付き合うよ」
「う……」

恐ろしい程に的中する彼らの眼力から身を隠すべく逃げようと試みるも、本日何度目かの逃走はあっけなく失敗に終わった。






「でさァ〜、さっきの続きだけどォ〜、ももちーはなんでそんなにぷにぷにしてんのォ〜?」

帰宅部の部室に場所を変えても、結局話題が変わる事はなかった。
円卓に、私を挟んで両隣にロキとバルドルが座る。この時点で既に私に逃げ場はなかったようなものだが、なるべくそれは考えないようにした。


「ロキ、女性にそうはっきりと聞くのは失礼だよ? ……ももさん、最近わたしに隠れてお肉を大量に食べた覚えはないかな? ほら、お肉はおいしいけれど、脂身なんかは馬鹿みたいにバクバク食べてしまうと、知らないうちに太っちゃうでしょ?」
「……バルドルの質問の仕方の方がデリカシーなさすぎだと思うけどォ……」

隣で私越しにロキがバルドルを眺める。バルドルは普段しっかりしているのに 、時々どこか抜けている。それでもバルドルが皆に支持され続けているのは、明らかに彼の人徳だろう。


「……で? ももちーはオレたちに隠れてどんなオイシイもの食べてたのォ?」
「え?」

ロキに距離を詰められ僅かに体を離しながら、無駄なこととは思いつつ、私はここ最近の食事を思い返してみる。

「…………」
「…………」
「……あ」

思い返す事も無駄だとばかり思っていたが、バルドルの指摘した肉という単語で、私はふとある事に思い至った。

「ん? なになにっ☆ 何か分かった!?」
「あ、ええと……。実は一昨日、トールさんに誘われて二人で焼き肉をしました……」
「はァ〜? なにそ」
「そんな!! ……ももさんがトールと焼き肉だなんて……!」
「え?」

ロキが不平不満を吐き出すより先に、バルドルがめずらしく大声を上げた。それに驚いた私とロキの会話が思わず止まってしまう。


「ど、どうしたんですかバルドルさん。たかが焼き肉で……」

バルドルが妙に深刻な面持ちで俯く。
確かに彼の肉好きは分かっていた事だが、ここまで落ち込む事だろうか。私には彼がここまで暗い表情をしている理由に全く心当たりがない。

「バルドルさん……? あの、焼き肉だったら今度みんなで……」
「わたし、この前勉強したから知ってるんだ! ……人間が異性と焼き肉に行くと言うことは、その二人は既に肉体関係にあるという証拠なんだって……」
「……」

バルドルの肉に関する知識は底無しだ。なにせこんな一部の人間にしか浸透していない俗説までもを知識として知っていたなんて、私は彼の肉に対する情熱を侮っていたのかもしれない。

「ええ〜っ☆ ももちー、マジなのォ? ももちーはトールちんとそーゆー関係だったんだ〜♪」
「えっ……!? ち、違います! っていうかロキさんは知っててからかってますよね!?」
「トールに先を越されるなんて……。こんなことになるんだったら、わたしが先に力尽くでもももさんと一つになっていれば良かった……!」
「え、ちょっ、バルドルさん!?」

ロキの場合はただの冗談だろうが、どうやらバルドルの発言は本気らしく、彼の表情がどんどんと深刻なものになっていく。

「ヒャハハハッ☆ だねェ〜♪ オレもトールちんより先にももちーを襲っとけば良かったかなァ〜☆」
「な、なに言って……」
「いや、ももさんを襲うのはわたしが先だよ!」
「いやいや〜、オレが先だよォ〜♪ ニヒヒヒ☆」
「ロキさん! 冗談言ってないでバルドルさんに説明してください! バルドルさんが本気みたいで怖いです!」

とりあえずバルドルの前では安易に肉の話題を出すのは考えものだということが改めて分かった。





「でもさァ〜、ももちーは体重増えた事なんて気にしないでいーよっ☆」
「え?」

バルドルの思い込みが一通り落ち着くと、ロキが横から私の顔を覗き込み、笑顔でそう言った。
彼の笑顔がすぐそばまで近付き、思わず心臓が跳ね上がる。

「だァ〜ってオレ、こんくらいの方が好みだしィ〜♪」
「え……っきゃあ!」

彼の笑顔に気を取られて気付かなかったが、いつの間にかロキの手が私の胸を鷲掴んでいた。「ちょ、何してるんですかロキさん!!」

慌ててロキの手を振り払うと、今度は反対側からバルドルの声が上がる。

「そうだよロキ、何してるの! ……ずるいよ! 一人でももさんの胸を触るなんて! ねぇももさん、わたしもももさんの胸を触ってもいいかな? いいよね!? ロキも触った事だし、わたしが触ってもいいんだよね!?!?」
「え……? い、いやいやいや、バルドルさんしっかりしてください! 目が血走ってて怖いです!!」

バルドルの方に体を反転させ、懸命に説得していると、後ろからくすくすと笑い声が聞こえた。ロキが完全にこの状況を楽しんでいるのだ。なんと憎らしい事だろうか。

「ももさん、わたしが光の神だからといって、卑猥な事を一切考えたりしないとでも思っているの?」
「え……」
「なら、考えを改めてもらわないとね。わたしはここ最近毎晩あなたの事を考えながらベッドの中で……」
「わあああーーーーっ!! そういうのはバルドルさんの口から聞きたくありません!!」
「なら、触ってもいいよね?」
「ってもう触ってるじゃないですか!」

笑顔で私の胸に触れるバルドルの手は、簡単には振り払えぬほど力強い。さらにその輝かしい笑顔のせいか、強くそれを拒否する事もできないのだ。


「ちょっとォ〜、オレを除け者にすんの、やめてよねェ〜」
「えっ?」
「オレもももちーにくっつきた〜いっ☆」
「ひっ!」

背中からロキが私にしがみつき、その手を腰に回す。
彼はむにむにと私のおなかを触り、とても機嫌が良さそうに鼻歌などを歌っている。

神様というのが、こんなにも思い込みの激しいものだなんて、数ヶ月前の私は思ってもいなかっただろう。

私はその後トールが部室に現れるまで、二人の間でもみくちゃにされたのだった。






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