「はァ〜? バルドルがそんなコト言うわけないジャン。な〜に言ってんの、ももちーは」

まあ確かに誰が聞いても100人が100人そう言うに違いない。ロキの反応は正しいといえば正しい。ましてやロキはバルドルの親友でもあるし、なおさら彼を無条件で庇いたくなる気持ちもわかる。
しかし、私が今彼に相談した事は嘘偽りない本当の事なのだ。


事の発端は何だったのか、私にも全く心当たりがない。
確かなのは、何故かバルドルが私に好意を抱いているということだ。

「何度も言うようだけど、本当の事なの!」
「まァ、バルドルがももちーに好意を持ってるってのは、傍から見てて分かるケド、だからってすぐヤらせろとかバルドルが言うわけないデショ〜? アンタの妄想なんじゃないのォ? ヤ〜ラシ〜☆」
「ちょっ……違います! 」

バルドルがなぜ人間の私などに興味を持ったのかは分からないけれど、その彼の好意が今私をずいぶん悩ませている。
彼は暇さえあれば私と居たがるし、気持ちをストレートに伝えてくる。元来そんな恋愛事に疎くて慣れてもいない私には、バルドルの好意が少々重荷でもあったりする。バルドルの事は嫌いではないが、友達以上には思えない。しかし、彼にはっきりとそれを言ってしまえる度胸は私にはないし、それどころかバルドルにはそういう事を言えない独特の雰囲気が漂っているのだ。

そんなこんなで、毎日バルドルからの好意を一心に受けていた私は、彼の好意に対する自身の気持ちを曖昧に受け流してしまっていた。すると彼は一人で自分の気持ちを高めてしまったらしく、つい先日とても厄介な事が起こってしまった。

バルドルが夜中、私のベッドに潜り込んできてしまったのだ。
この際神に対して施錠がどうとか言うつもりはないが、さすがにこれはまずいと思った。
バルドルの侵入に驚いた私が何をしているのかと問うと、彼は輝かしい笑顔で、 あなたの心も体も早く自分のものにしたい、と、ごく自然に言い放ったのだ。私もその時は目の前のロキ同様、彼の言葉が一瞬信じられなかった。


「ってゆーかさァ、それが本当だとしてェ〜、ももちーはどうしたいわけェ? バルドルの気持ちに応えるって選択肢はないの?」
「残念ながら……」

力なく頷く私に、ロキがどこか安心したように頷き、考え込む。
いくら美形で優しいバルドルでも、さすがに彼の恋愛観にはついていけそうもない。こう言ってはなんだが、彼の言動は思春期真っ盛りの男子そのものに見えるのだ。あちらが押せば押すほどこちらは引いてしまう。

「……バルドルさんって、なんか……必死過ぎて怖いんです」
「はァ〜?」
「なんて言うか……、早く童貞を捨てたい思春期男子みたいな感じというか、なんというか……」
「なッ!? ……アンタねェ、バルドルが童貞とか、いくらなんでも不敬すぎるんじゃないのォ?」

確かに、いくら問題行動をしていた張本人に対する率直な感想だからといって、神に対して童貞がどうだなどとは言い過ぎだったかもしれない。私はすぐにそれに気付き、ぺこりと頭を下げる。

「す、すみません」



「…………まぁ、オレも思ってた事だからイイけどォ〜☆」

しかし、その謝罪はもはや無意味だった。

「やっぱりロキさんだってそう思ってたんじゃないですか!」
「まァネ〜♪」

私と同じように感じていたらしいロキが、あからさまにわざとらしく口笛を吹く。その様子を見て私は、なんとなく肩の荷が降りたように感じ、程好い具合に脱力した。


「はぁ……。いい人なんですけどね、バルドルさん」
「そうだねェ、バルドルはいいヤツだよ、ホント☆ うう〜ん、どうしようかなァ〜」
「……」
「……」
「……」
「………………あッ!!」

一通り碌でもない会話をしたあと何かを考え出したロキが突然妙な声を上げ、厭らしく目を細めた。

「ど、どうしたんですか、ロキさん?」
「イヒヒヒヒッ♪」

ロキの含み笑いが空教室内に響く。これは明らかに良からぬ事を考えている顔だった。

「……」

いくら親友だからとはいえ、バルドルの事をこの小悪魔に相談して、本当に良かったのだろうか。私の心中はもはや嵐のように不安が渦巻いていた。







「そんなわけでェ〜、オレたち、付き合う事になったからヨロシクねっ☆」

そう高らかに宣言し、私の肩を抱くロキをバルドルとトールが呆然として見つめている。いつも紳士的な笑みを絶やさないはずのバルドルも唐突な私たちの交際宣言に心底驚いたようで、その口を半開きにさせていた。


これはつい先程ロキが考えた作戦だった。

゛ももちーが特定の誰かと付き合いを始めれば、聖人君子のバルドルはきっとももちーを諦める!゛

ロキのその提案を聞いた時には私もずいぶん驚いた。
しかし、よく考えてみるとロキの言う事にも一理ある。
バルドルは秩序を重んじるタイプだし、いくら好意を寄せている相手であってもその相手に特定の恋人がいればおそらく諦めるに違いない。
そう思った私は、ロキのこの提案に乗ったのだった。


「あ、あの、ももさんは本当にロキと付き合う事にしたの?」

すぐにいつもの穏やかな笑顔を復活させたバルドルが私に近寄り改めてそう聞き直す。その笑顔を見ると嘘を吐くのが忍びなくなってくるが、ここで折れたら全て台無しになってしまうと思い直し、私はこくりと頷いた。

「ほっ、本当です! 私、ロキさんのこと、だ、だだだだだ、大好き……です、からっ!?」
「ももちー! なんで疑問形なんだよっ!」
「あ、ごっ、ごめんなさい!」

私もロキに援護射撃をと思い口を開いたのだが、慣れない事はするものではなかった。ロキを援護しようとした私は、無意識のうちに彼を後ろから撃ってしまったようだった。
小声でロキに注意され、慌てて謝罪する。




「そ、そういうわけですから、これからよろしくお願いしま……」
「あやしいな……」

私のよろしくという挨拶にそう疑問を投げかけたのはトールだった。

私たちは別にトールを騙すつもりはなかったが、事前に彼へ詳細を伝える事をすっかり忘れていた。彼はロキの保護者のような親友だから、この妙な茶番劇で私たちの異変に気付いてしまったようだった。やはり彼にも詳細を伝えて仲間に引き入れておくべきだった。
しかしそれももう遅い。

「……そ、そうだよね、あやしいよね?」

トールのそのセリフに誘発されたのか、バルドルが急に私たちの仲をあやしみ出した。
これは困った事になりそうな予感がする。

「ええと、こういう場合、人間はどうするんだったかな……」

顎に手を添え、バルドルが考える素振りをする。

「……ちょ、ちょっとロキさん、大丈夫なんですか? バルドルさん、めちゃくちゃ疑ってますよ!」

バルドルたちから少し離れ、私はロキに小声で訊ねる。
ロキは私に顔を近付け、さらに小声で答える。
口元のほくろが妙に艶かしく見えて少しだけ彼との距離に緊張したのは心の中に仕舞っておく。

「確かにいつもオレの言う事をすぐ信じるバルドルが疑うなんておかしいけどォ〜……、それってももちーのせいでしょォ?」
「ええっ!? 私?」
「そーだよっ☆ ももちーが余計なコト吃りながら言うから、それでトールちんが気付いちゃったんだよ!」
「う……」

余計なコトというのは、先ほどの失言の事だろうか。確かに言われてみればその通りかもしれなくて、私はそれ以上ロキに文句を言い返す事ができなかった。


「とにかく! ももちーはもう余計なコト言っちゃダメだからね? 全部オレに任せてよ☆」

ロキから注意を受け、私は彼に全て任せる事を内心決意し頷いた。



「あ、思い出したよ。こういう場合、人間はそのカップルにキスをしてもらって、その二人が本物の恋人同士かを確かめるんだ」
「え」

ロキに任せると決めたその瞬間、バルドルがずいぶんとピンポイントな提案をした。
その提案は少女漫画などにありがちな展開で、それをたしなむ日本女子である私にはなじみ深いが、まさかバルドルがこんな事を言うとは夢にも思わなかった。博識な天然はまったくもって恐ろしい。

「え、えっと……いくらなんでもそれは……っぷ!」

いくら恋人同士のふりをしているとはいえ、そこまでする事はさすがにできず、何とか穏便にとお願いしようとした時、突然隣のロキが私の口を手で塞いだ。

「ん、ん〜!?」

一体どうした事かとロキを見上げると、彼は舌を出しながらこちらへ向けてバチンとウインクをしている。ロキのその表情は、それはそれは良い笑顔だった。
背筋にとても嫌な汗が流れる。

「どうしたの? ももさんとロキは恋人同士なのでしょう? それなら、これくらいすぐにできるよね?」
「……」

なぜかバルドルの笑顔に黒いものを感じる。
私は今までバルドルを優しくて博識な神様だと認識していたが、もしかしたら少々誤解していたのかもしれない。

バルドルに挑発されたと思ったのか、ロキが私の前に出て彼と対峙する。
ロキの表情は私からはよく見えなかったが、その後ろ姿はなぜだか燃えているような気がした。

「早く早く。わたしはロキとももさんが目の前でキスしてくれたら君たちが恋人同士だと認める事にするよ」

まるでバルドルが急かすようにそう言うと、ロキが私の手を強く握った。その手は私を逃すまいとしているのか、まったく弛む気配もない。

「わ〜かってるってェ〜☆ ちゃ〜んと証明してアゲルから、バルドルはおとなしくそこで見てなよォ♪」
「……」
「なんなら、ヤラシくベロチューでもして見せちゃうけどォ〜☆」
「なっ!?」

ロキがこちらを振り返り、イヤラシく舌を出して動かす。
私の手は未だ彼にしっかりと掴まれており、逃れる事すらできない。

「ほらほらももちー。ももちーも舌、出してェ〜?」
「え。……や、む、無理です!」
「……ももさん、ロキとベロチューできないなら、わたしとしてもらうけど、いいよね?」
「はい!?」

ロキの要求に精一杯抵抗していると、今度は突如バルドルが参戦してきた。そのキラキラとした笑顔も、今日はなぜか黒いものが含まれているように見えるから不思議だ。

「な、何でそうなるんですか! っていうかバルドルさんがベロチューなんて言葉、使わないでください!」
「どうして? わたしは早くももさんと一つになりたいけど、ベロチューとやらもしてみたいんだけどな」
「なっ……!」

いつにも増して笑顔が美しいバルドルに、思わず負けてしまいそうになる。そんな私をロキが後ろから羽交い締めにし、唇を耳に寄せた。

「なんなら、オレたち二人でももちーを可愛がってあげてもイイんだけどォ〜☆」
「ひっ……!」
「わたしはあなたと一つになれるなら、ロキと一緒でも構わないよ?」
「バッ、バルドルさん!?」

後ろからロキに抱きしめられている私の眼前にバルドルが迫る。
これは所謂絶体絶命状態というやつではなかろうか。

「ももさん、わたしとベロチューしよう?」
「いいや、まずはオレと、だよねェ?」
「や、ちょっと待ってください、落ち着きましょう、ね!?」

神様というのは強引だという事を学習してはいたが、今はそれが役立つ場面ではなさそうだ。

「オレは落ち着いてるけどォ? っていうかァ、バルドルにももちーを取られるくらいなら、オレも本気出さなきゃ後悔しそうだしィ〜☆」
「なら、わたしも本気でいくよ。ももさん、早速わたしと今晩一緒に寝よう?」
「何が早速なんだよォ〜。バルドルはソレばっかジャン☆ いくらももちーとヤりたいからって、押してばっかだと引かれるよォ?」
「そんなことないよ! わたしはももさんを愛しているから何の問題もないよ!」

バルドルの思考が少々不安だが、彼らの言い合いに私が口を挟む余地はない。






「あっ! ト、トールさん、助けてください!」

もうだめだと判断した私は、必死に唯一の常識人へ助けを求めた。私に呼ばれた彼は、すぐにこちらへ歩を進め、私の真横で立ち止まる。

「トールさん……?」
「……俺も、中岡とベロチューとやらをしたいのだが…………いいか?」
「え……」

「えェ〜!? トールちんもなのォ?」
「なんだ、トールもももさんの事が好きだったんだ……。それじゃあ仲良く北欧神話のわたしたちでももさんを共有するしかないね!」
「……」
「ええっ!? ちょっ!? トールさん、そこで頷かないでください!」

空教室で三柱の神様に囲まれ、私は人生で最大のピンチを迎えていた。

神様には何を言っても無駄だということが改めて良く分かった。





終……続くかも



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