「ほーんと翔ちゃんはかわいいですねぇ」
「ほんとほんと! 翔たんかわいい〜」
「お〜ま〜え〜ら〜!」

翔くんの頭をなっちゃんと一緒にぐしゃぐしゃ撫でる。翔くんがずいぶん嫌がっていたが、わたしの可愛がり方なんてまだかわいい方だ。なっちゃんの撫でかたはおよそ小動物をかわいがるそれとは違い、自分でも力加減が良く分かっていないのか、翔くんはかなり痛がり、ハゲるハゲると言って泣きそうになっていた。可愛いからといって、なっちゃんは頭をぐりぐりしすぎなのだ。

「だいたいお前ら何なんだよ!」

ようやくなっちゃんの手から逃げ出した翔くんが、少し離れた場所からそう叫ぶ。すでに頭はボサボサで、肩で息をしているせいかずいぶん疲れたような顔をしている。その姿と距離感から察するに、翔くんはまだかなりわたしたちを警戒しているようだった。

「ももは俺よりちっさいくせに、俺を可愛いだなんて言うんじゃねー! 那月も那月だ! お前、ももと付き合ってんなら俺よりもももを可愛がってやれ!」
「……」
「……」

翔くんの言い分にわたしとなっちゃんは顔を見合わせ、そして揃って顔を赤くした。

「あはは、翔ちゃんに言われなくても、僕は毎晩ももちゃんを可愛がってますよぉ〜」
「ばっ、なっちゃんのえっち〜」
「……だめだこいつら……」

まさにオノロケとも言える発言を翔くんに発すると、彼は引きつったように顔を歪め、がくりと肩を落としたのだった。

わたしとなっちゃんは、クラスメイトや友人に、よく似た者同士のお似合いカップルだと言われる。確かにわたしもなっちゃんも小さくて可愛いものが大好きだし、だからもちろん翔くんも大好きだ。元はアイドルの卵と作曲家の卵のパートナーだったわたしたちは、そんな共通点もあり、急激に親しくなっていった。その結果の今である。


「ああそうだ、ももちゃん、今日は帰ったら一緒にごはんを作りませんか?」
「なっちゃんと一緒にお料理!? うん、作る!」
「ほんとですか!? ふふっ、じゃあ、僕とももちゃんの共同作業、ですね! 翔ちゃん、今日は期待しててくださいねぇ。僕とももちゃんの手料理をたっぷりご馳走しますから」
「えっ、ちょ、ちょっと待て!」
「翔ちゃんは何が好きですかぁ? やっぱりハンバーグかなぁ。ももちゃんは食べたいものとかありますか?」
「わたしはなっちゃんの作るものなら何でも!」
「あはは、嬉しいなぁ」

なっちゃんはとても嬉しそうに笑うと、ふと上を見上げて考え込んだ。なっちゃんのふわふわな髪の毛が跳ねてキラキラと光った。こういう風に何かを考え込むなっちゃんもやっぱり綺麗で、そしてなぜだか時々とても儚げに見える。まるでなっちゃんが今すぐ消えてしまいそうな、そんな感覚に陥る。

「ももちゃん? どうしたんですかぁ?」
「え? あ、ううん、大丈夫」
「……そう、ですか?」
「うん、だいじょーぶ!」

わたしのちょっとした心境の変化にも敏感に察してくれるなっちゃんにあまり心配をかける訳にもいかず、わたしはありったけの作り笑いをすると指でピースサインを作った。なっちゃんは困ったように笑い、良かったと一言つぶやいた。

「そうそうなっちゃん、今なに考えてたの?」
「ああ、そうです。実はももちゃんと共同作業をするにあたって、食材の買い出しをしなければと思いまして。僕、ちょっと買い出しに行ってきますから、ももちゃんと翔ちゃんは先に部屋に帰っててください」
「え! ならわたしも……」
「ももちゃんに重いものを持たせる訳にはいきませんよぉ。こういうのは男の僕に任せて、可愛い女の子のももちゃんは部屋で待っててください!」
「なっちゃーん……」

なっちゃんはわたしの返事も聞かずに走り出し、あっという間に見えなくなってしまった。なっちゃんって意外と行動力もあるんだなぁと感心してしまったのは心の中だけに留めておこう。



「おい、もも」
「ん? あ、翔たん、どうしたの?」
「翔たんって言うな! じゃなくて、お前、本気で那月と料理するつもりか?」
「うん……。でもなんで?」

なっちゃんが居なくなり、レコーディングルームに残されたわたしたちは、先ほどよりずいぶん静かになった室内で、まるで内緒話をするみたいに声をひそめて話をしていた。

「お前は知んねぇかもしれねーけど」
「うん……」
「那月の料理は凶器だぞ……」
「……え? 翔くん、今なんて?」
「翔たんって言うな! ん? あ、言ってねぇか、わりぃ。じゃなくて!」

翔くんはツッコミ間違え、少し照れくさそうに咳払いをする。

「と、とにかく! 那月の料理は食ったら死ぬぞ……」

妙に格好を付けてそう言う翔くんの言葉を信じてあげたいが、なっちゃんの料理を食べたら死ぬだなんて、にわかには信じられる事ではなかった。

「まさかぁ。うそでしょ?」
「ばっか、うそじゃねぇ。本当だ。だからお前と那月には悪いが、俺は逃げる! 那月には遅くなるって言ってくれ! じゃーな!」
「えっ!? ええっ!? ちょっと待ってよ翔くん!」

言うが早いか翔くんは一言心配すんなと叫び、一目散にレコーディングルームを出ていってしまった。大好きななっちゃんと一緒に料理だなんて嬉しくて仕方ないのに、翔くんのさっきの忠告が頭の中に浮かんでは消えていき、胸の中にモヤモヤとしたものが残った。そんなまさか、とは思いつつもやはり不安は拭いきれない。冗談にしては翔くんの顔があまりにも真剣だったからだ。



「……あ、もうこんな時間。とりあえずなっちゃんの部屋に行かないと」

どのくらいそこで考え込んでいたのだろう。そろそろなっちゃんが買い出しから帰ってくる頃だ。わたしは急いで荷物を纏め、煮え切らない頭をぶんぶん振ると、レコーディングルームを足早に飛び出した。





「ももちゃん!」

ちょうど買い出しから帰ってきたなっちゃんと部屋の前で鉢合った。なっちゃんの両手にはものすごい量の食材が提げられている。

「あれぇ? ももちゃん、遅かったですねぇ。……翔ちゃんはいないんですか?」
「あ、うん。なんか今日は遅くなるって」
「そうなんですか……」
「だ、大丈夫だよなっちゃん! 翔たんのぶんは後で食べてもらうように、ちゃんと取っておこう?」
「……そうですね。じゃあ早速作りましょう、入ってください」

翔くんが居ないと分かってちょっと落ち込んだなっちゃんをなんとか慰め、わたしは彼の背中を押し、通い慣れた部屋へと足を踏み入れた。




なっちゃんとの料理はとても楽しくて、二人で考えた味付けを試したり、めずらしい食材同士を混ぜ合わせてみたり、色々な事を試してみた。なっちゃんはとても手際が良くて、幅広い料理の知識も持ち合わせていた。おかげで時間が経つにつれ、さっきの翔くんの忠告が頭の中からすっかり消えてしまったのは言うまでもない。


「できましたぁ! うさぎさんハンバーグ! 可愛いですねぇ」
「ほんと! 可愛い〜! こっちは翔たんのぶんね!」

ふんわりと焼き上がったうさぎ型のハンバーグが三つ、ブロッコリーとニンジンのグラッセが乗った皿に綺麗に盛られた。翔くんのぶんはしっかり保存用のラップをかけてテーブルに置いた。

ふと時間を見るともうすぐ真夜中になろうとしていた。

「ずいぶん時間、かかっちゃいましたね」
「うん。でもわたし、なっちゃんとお料理できて、とっても楽しかったよ」
「ふふっ、嬉しいなぁ。僕もももちゃんとお料理できて、とーっても楽しかったですよぉ!」
「きゃ」

そう言うとなっちゃんは、エプロン姿のままわたしをぎゅうっと抱きしめた。その逞しい腕にわたしをすっぽりと収め、わたしの頭に何度も何度もキスを落とす。ああ、愛されてるなぁ、なんて感じるこの瞬間は、わたしにとってもとても幸せな時間だ。
なっちゃんの手がわたしの腰をぐいっと引き寄せ、さらに位置を下げていく。さわさわと撫でられるように触れられると、なっちゃんの匂いが一層強く感じられるような気がした。

「たっだいまーっと……あれ?」

その瞬間、静かだった室内にわたしたち以外の声が響いた。
強く抱き合うわたしとなっちゃんを見て、翔くんが真っ赤になって絶句している。


「な、ななななっ! ばば、ばかじゃねーの!? 何やってんだお前ら!」
「あ、翔ちゃーん!」

なぜかあたふたと慌てる翔くんだが、すぐになっちゃんにぎゅうと抱きしめられ、静かになる。なっちゃんを翔くんに取られたような気もするが、翔くんはなっちゃんのお気に入りだし、まぁ仕方ないと思う事にした。



その後わたしたちは青ざめる翔くんを説得し、三人でごはんを食べる事にした。
翔くんは最後まで抵抗していたが、なっちゃんがあまりにもしょんぼりと悲しげな顔をするので、ようやく不本意ながらも折れたようだった。翔くんもなんだかんだ言ってなっちゃんが好きなんだろうな、と、思わず微笑ましい気持ちになる。


「それじゃあ、いただきまーす」
「いただきまーす」
「……い、いただきます」

三人一緒にうさぎ型ハンバーグを口に運ぶ。冷や汗をかいていた翔くんも観念したように、それを咀嚼し、飲み込む。


「……うん、ももちゃんと作ったおかげでいつもより何倍もおいしいですねぇ」
「うん! なっちゃんと一緒に作ったハンバーグ、すっごくおいしい〜」
わたしたちが食べたハンバーグは、どの調味料を入れたせいかは分からないが、とてもとてもおいしかった。翔くんの忠告は果たして本当だったのだろうかと疑問さえ浮かんでくる。

「翔ちゃん、どうですか?」
「……あ、ああ。うまい……」
「わー! 翔ちゃんに褒められました、良かったですねぇももちゃん!」
「うん!」

まるでおかしいと言わんばかりの目で翔くんがわたしを見る。そしてなっちゃんがドレッシングを取りにキッチンへ向かった隙にこっそりとわたしへ耳打ちした。

「もも、お前、那月と結婚しろ」
「……え? ええーっ!?」
「ばっ! 静かに聞け!」
「ん、んむ……」

突然翔くんの手によってわたしの口が塞がれる。すぐにコクリと首を振ると、翔くんはすぐにわたしの口から手を離した。とりあえず深呼吸だ。

「ど、どういう事? 翔くん」
「那月の料理がこんなにうまいなんて、俺もにわかには信じらんねーけど……俺なりの推理を言う。おそらくだが、きっと殺人料理を作り出す那月のマイナス部分を、お前という存在が中和してるんだと思う」
「中和?」
「ああ。だから、これ以上他に害が出ないうちに決めとけ。お前は那月の嫁だ」
「ほ、他に害って……なっちゃんは害虫じゃないよ?」
「だー! うるせー! とにかくお前は那月と結婚しろ! わかったな!」
「ま、まぁ、わたしはオッケーだけど、なっちゃんが貰ってくれるかどうか……」
「それは」


「ももちゃーん、ドレッシング持ってきましたよぉ! 僕がかけてあげますね〜」

パタパタともこもこスリッパを鳴らしながらなっちゃんが走って来ると、まるで執事のようにわたしのサラダへドレッシングをかけた。

「この那月を見りゃわかるだろ。こいつにはお前しか見えてねぇよ」
「……」
「幼なじみの俺様が言うんだから、絶対だ!」
「う、うん……」

翔くんが太鼓判を押してくれるなら。そう思ったわたしは、意を決し、椅子から立ち上がり、なっちゃんを見上げた。

「ももちゃん……?」
「ななな、なっちゃん!」
「ど、どうしたんですか? そんなに緊張して……」
「わ、わたしの、わたしのお婿さんになってください!」





わたしの決死のプロポーズの結果はというと、なっちゃんに受け入れてもらえたのは良いが、翔くんには大爆笑されっぱなしで本当に散々だった。

「フツウ女のお前がプロポーズするか? はは、ははっ! まったくどこまでもズレてるやつだなももは」
「……翔ちゃん、笑いすぎだよ? 僕は嬉しかったんだし、いいじゃない」

なっちゃんが一生懸命わたしを慰めてくれているが、やっぱりまだ恥ずかしいやらで顔を上げる事ができない。

「だって俺は那月と結婚しろとは言ったけど、ももからプロポーズしろとは言ってねーだろー。くくっ」
「うわーん! なっちゃーん」
「ああ、よしよし。もう、いくら翔ちゃんでも怒りますよぉ?」

あまり迫力のない形相でなっちゃんが翔くんの前に立つ。しかし翔くんは全く怯む様子もなく、まぁ待てと言い、それからわたしたちの前でとびきりの笑顔を作った。

「やっぱり那月とももは、似た者同士のお似合いカップルだな! ま、俺はひと足先に祝福してやるぜ? おめでとう、那月、もも!」
「翔ちゃん……」
「しょ、翔たん……」

突然の翔くんの祝福に、わたしとなっちゃんは揃って泣きそうになった。
そしてすぐに揃って翔くんに飛び付く。翔くんの髪の毛をぐしゃぐしゃにしてほっぺにキスして全身でありがとうを返す。

「うぎゃー! やーめろー! 翔たんって言うなー! うわぁ! おーまーえーらー!」
「翔ちゃん大好き!」
「翔たん大好き!」

わたしとなっちゃんの声が室内に響く。
やっぱりわたしたちはよく似ているのかもしれない。だからきっとわたしが幸せならなっちゃんも幸せなはずだ。
わたしたちの下でもみくちゃになった翔くんの上で、わたしたちは笑ってキスをした。





おわり


 
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