ゼウスに部活動をすると宣言したものの、見事帰宅部の部長となってしまった私は、重い足取りで今日もトールと帰宅部の部室へ向かう。
帰宅部を開設した張本人ロキは、帰宅部とは全力で帰宅するのが活動内容だと言い張り、今日も活動内容に忠実に全力で寮へ帰宅したようだった。また今日も部室へは顔を出さないらしい。あんなに部室を欲しがっていたくせに、なんだかとても釈然としない。

帰宅部の部室へ籠り、トールと他愛のない会話をして明日の授業の予習をする。
そんな活動が数日続いたある日、帰宅部の部室にめずらしい来訪者が現れた。



「こんちは〜。中岡さん、ちょっといい?」

深みのあるワインレッドの髪の毛をバックへ流し、人当たりの良い笑顔を見せながらディオニュソスがドアから顔を覗かせる。室内を見回して私とトールを確認すると、瞬く間に彼はこちらへ移動し、ごく自然な動作で私の肩を抱き寄せた。
相変わらず肩を抱くまでの所作が早い。

「……ディオニュソスさん、どうしました?」

さりげなく彼の手から逃れようと体を動かすも、全くそれは叶わない。しばらくそうしているとだんだん面倒になり、私はとうとう抵抗するのを止めてしまった。

「それがさ〜、聞いてよ。オレの園芸部で育ててる葡萄の事なんだけど」
「ああ、はい」

ディオニュソスはギリシャ神話の神様で、葡萄酒の神ともいわれている。そんな彼が葡萄を育てたいと言って園芸部を作ったのも自然の摂理といえるだろう。よく分からない理由で帰宅部を作ってしまったロキには彼の爪の垢でも煎じて飲ませたい程だ。

しかし、ディオニュソスの部活動は順風満帆だったはずだが、そんな彼が帰宅部に顔を出すなんて、一体どういう事だろう。
私は勉強の手を止め、隣に居る彼を見上げた。

「どうかしたんですか? 葡萄のお世話、上手くいってないわけじゃ、ないですよね?」
「ああ、もちろん。葡萄は順調に成長してるよ」

どうやら葡萄の成長は問題ないらしい。

「では一体どうしたんですか?」
「うん。実はさ、オレ、更に次のステップに進むために、ビニールハウスを作ることにしたんだ」
「ビニールハウス?」

驚く私にディオニュソスが頷き、更に私の手を握った。葡萄論に興奮でもしているのだろうか。
彼の妖艶な微笑を見つめて目の当たりにすると、彼のその表情にいつの間にか飲み込まれそうな感覚に陥る。私は寸前でそれに気付き、なんとか立ち直った。



「でさ、お願いがあるんだ。中岡さんにビニールハウス作るの、手伝ってもらえないかなって」
「……」
「他の奴らは薄情だから手伝ってくれないし、ビニールハウス作るのは一人じゃちょっと難しくてさ」

ディオニュソスの薄情という文言が気に障ったのか、トールが一瞬こちらを睨む。だが、彼はすぐに興味を失い手元の本に視線を移した。

「ええと……手伝ってあげたいのは山々なんですが、でも、一応私も帰宅部の活動中なので……」
「えー、だめ? なんで?」
「明日の授業の予習しないといけませんし、それにロキさんが来るかもしれませんから私もここに居ないと……。一応私、部長ですし……」
「そこを何とか! お願いできないかな? 葡萄酒できたら分けてあげるし!」
「でも……」

正直、神様が人間である私を頼ってくれるのは手放しに嬉しい。
だが、一応私は帰宅部の部長でもあり、ロキが部室に来てくれるのを実は今も待っていたりする。もし今私がディオニュソスを助けに行ったとして、その間にロキが部室に現れたら、それこそ私は彼に申し訳が立たない。

ディオニュソスには悪いが、こわれは断るしかないと思ったその時、トールが思いもかけない言葉をこちらへ放った。

「中岡、行ってやれ。ロキは今日も来ないだろうし、部室の戸締まりは俺がして行く」
「え……」
「マジ!? やった! じゃあ早速行こう、中岡さん!」
「え!? ちょっと待っ……」

トールの援護によりディオニュソスは私の手を無理矢理引っ張り、鼻歌まじりに園芸部の敷地へと歩を進めた。




ディオニュソスの援護要請から五日、私は今日も園芸部に顔を出していた。

「ディオニュソスさん、お待たせしました。今日でビニールハウス作りも終わりそうです、ね……?」
「…………」

木陰に座る彼に声をかけたその時、私はその影がディオニュソスでない事に気付いた。

燃えるような赤い髪の毛が風に靡き、陽光に反射している。私を見つめるその眼光は鋭く、今にも射抜かれてしまいそうな程だ。右目の下にある三つ並んだほくろに口元のほくろ。
彼はディオニュソスではなく、私が部室でその来訪を待ち望んでいたロキだった。


「ロキさん!!」
「……」

ロキが眼光を鋭くさせたまま、ずいぶん不機嫌そうに私の周りをくるくると回る。まるで改めて品定めでもされているようで、私の鼓動はますます大きくなっていく。

「あ、あの、どうして、ここに……?」

帰宅部の部室でもない校庭の片隅に、ロキが用などあるはずがない。
ロキの表情を伺うように声をかけると、彼は私の目の前で足を止め、しかめた顔を近付けながら口を開いた。

「ももちー、キミ、園芸部だっけ〜?」

まるでとぼけたように皮肉を言うロキに、私は反論する事ができない。

「おっかし〜な〜。ももちーって帰宅部の部長じゃなかったっけ〜?」
「あ……その……」

ロキは小首を傾げ、わざとらしく口の端を上げて笑う。明らかに私を窮地に陥れて楽しんでいる。困った事になった。こうなるとロキはなかなか面倒で仕方ない。

「あー、そっかぁ☆ ももちーはオレとトールちんを裏切ってェ〜、ニュソと隠れてイイコトしてたんだ〜?」
「は、はぁ!? ち、違います!」

ロキの邪推に思わず反駁すると、彼は浮かべていた笑みをスッと消し、私の肩を強く掴んだ。

「じゃあナニしてたわけェ〜? ほんとにビニールハウス作ってただけ、ってコトはないでしょォ〜?」
「ほっ……本当にビニールハウスを作っていただけです!」

ロキの表情に負けぬよう彼を睨め上げる。ここで折れてはだめだと、そう思った。




「……なぁ〜んてねっ☆ 知ってたよ、ももちーがニュソとビニールハウス作ってたの」
「……へ?」
「だってこの場所、オレの部屋から丸見えだも〜ん☆」

そう言ってロキは寮の自分の部屋を指差す。
彼の指先を辿ってみれば、確かにここから彼の部屋が丸見えで、ロキの言っていた事に間違いはなかったようだった。

「……なんだ、そっか……。良かっ」
「で、も!」

ロキの言葉に安心しかけたその時、またしても彼は私を射竦めるように見つめ、二の句を継げなくしてしまう。

「……」
「……」
「……ももちー、ニュソと何度も接触してたよねェ〜?」
「接、触?」
「そ! ビニールを張るために道具を渡す時とか〜、ニュソが脚立から降りる時とか〜、ずいぶんていねいに手を貸してたよねェ?」
「そ、それは……」

確かに今思えばそんな事もあったかもしれない。
だが、そんな事を一々気にする程私はディオニュソスを意識してはいない。
もしかするとロキはヤキモチでも妬いてくれているのだろうか。いや、そんなはずはないか。ロキは気まぐれな神様だ。そもそも私にそれほど執着するはずがない。

「ねぇ、ももはオレのモノだよねェ?」
「え……」
「なんでニュソと勝手に仲良くしてんのォ?」
「……」
「ねぇ、答えてよ、ねぇ?」

不意に名前を呼ばれ、動悸が激しくなってしまう。
いつの間にか鼻先がくっつきそうな程私たちの距離は近付いていた。

「オレ、他人に自分のモノ盗られんの、大っ嫌いなんだよねェ〜♪」
「自分の、もの……?」
「そ〜だよっ☆ だってももちーはオレのモノでしょ? 違うのォ?」
「べ、別に私はロキさんのモノとかじゃ……んっ」

ロキの言葉を否定する前に、私の唇は彼のそれに塞がれていた。

唇で唇を貪るように食みながら、わざとらしい程の リップノイズが耳に届く。
触れ合った唇に熱が集まり、最早平静ではいられない。

「アンタはオレのモンなんだよ、もも。オレが決めたんだ」
「……」

至近距離のまま耳元で囁くロキの手が腰に回され、ぐい、と引き寄せられる。すでにお互いの体が密着し、距離というものが私たちの間からは消え去っていた。

「だ・か・らァ〜、もうニュソの手伝いは終了ォ〜☆ ももちーにはこれからオレと帰宅部の活動をしてもらいま〜す♪」
「で、でも、ビニールハウス完成までもう少しなんだよ。私にも責任というものが……」
「ああ、その点はだいじょ〜ぶっ☆ トールちんに頼んであるから!」
「え……、トールさんに……?」
「そ☆ だからももちーは気にしない気にしない」

ロキがバチンとウインクを飛ばすと、件のトールが後ろから現れた。
いつもと同じ穏やかな表情でロキを眺めながらこちらへ近付いてくる。

「ロキ、ようやく部活をする気になったか……」

なんとなく安堵の表情を浮かべているトールに、ロキが続ける。

「まーねっ☆ オレはこれからももちーと愛について学んでくるから、トールちんはニュソの手伝い、お願〜い♪」
「……」

乏しいトールの表情は、やはりわたしではなかなか理解できない。しかし、子供のように振る舞うロキに呆れていたのは確かだろう。


「なァ〜にィ〜? 何か言いたそうだねェ、トールちん?」
「いや。…………ただ、中岡もビニールハウス作りを最後まで手伝いたかったんじゃないかと思ってな」
「あ……」
「なァ〜に言ってんのォ〜? ももちーはオレに愛を教える義務があるんだよ? そんな暇、あるわけないジャン!」

今まで部活動をサボっていたくせにどの口が言うんだ、とも思ったが、ロキにそれを言うと妙な悪戯で何倍にもして返されるのでやめておいた。

「あれあれあれ〜? ももちーも何か言いたいコトがあるのかなァ〜?」
「へ……っ!?」

先ほどまでトールと言い合いをしていたロキが再び私の眼前に顔を近付ける。不敵に笑うその目は、私を捉えて離さない。

「ももちーは黙ってオレに従ってればい〜のっ☆ わかった?」
「……」

腰が密着したままそんな事を真顔で言われたら、黙って頷くことしかできないではないか。ロキは卑怯だ。

「ももちーはオレのモノなんだから、これからはオレに黙って他のヤツと仲良くしないコト! それと、ももちーは毎日オレのイタズラの実験台になるコト! そして最後に、ももは、毎日毎時間暇があったらオレにチューするコト☆」
「…………え、ええっ!?」

ロキがごく自然に言い切るものだから、危うくこくりと頷くところだった。
百歩譲って実験台まではなんとかなりそうだが、その後の事は許容できない。恥ずかしい。

「ちょ、ちょっと待ってください、ロキさん!」
「なァ〜にィ〜? 何か文句でもあるわけェ〜?」
「あ、ありますよ! ……キ、キスって、冗談、ですよね?」
「はぁ? オレがこんなジョーダン言うわけないデショ?」
「……」
「ほらほら、暇なんだったらチューしてよももちー♪」
「うっ……」
「早く早く♪」
「ちょっ……!」

わざとらしく唇を突き出すロキに戸惑い後退すると、不意に彼がふわりと宙に浮いたように見えた。

「え……?」

よく見ると、トールが後ろからロキを摘まみ上げている。彼はトールの腕力によって本当に浮いていたのだ。


「な、何するんだよトールちん! 離せ、離せよォ〜! これじゃあももちーとチューできないジャ〜ン☆」
「……少し落ち着け、ロキ」

トールに摘まみ上げられたままジタバタと暴れるロキは、なんとなく小動物のようで可愛い。

「これが落ち着いてられるかよォ〜! 毎日毎日ニュソと仲良く話すももちーを窓から見せられてさァ〜、オレがどんな気持ちだったか分かるわけェ〜? ……ももちーは全然オレのコト考えてもくんないし、会いにも来ないしィ〜……」

次第にロキの語尾が弱々しくなる。気が付けばロキの頬はほんのり紅潮していた。

「ロキさん……」
「……」

ロキと目が合うと、すぐに彼がフイと視線を逸らす。
こんなにロキが可愛いと思えたのは初めての事だった。



「……中岡、今日のところはロキの面倒を頼む。こっちは俺がフォローしとく」

ようやくおとなしくなったロキをトールがこちらへ放り投げる。トールの表情はいつになく柔らかかった、ような気がした。

「ちょっとトールちん! オレの面倒ってどーいうコトだよっ! 面倒見るのはオレの方でしょ!? オレがももちーの面倒を見てあげんの!」
「わかったわかった。中岡、ロキを頼むぞ」
「だァ〜かァ〜らァ〜……」
「はい、任せてください」
「はァ〜!? ももちー、なにそれェ〜!」

まるで子供のように駄々をこねるロキの手を引き、私はトールに一礼してから園芸部の敷地を後にする。

いつの間にかロキの手が私の手をしっかりと握り返していた。

「しょーがないなァ☆ 今日はももちーに面倒見てあげられてあげる!」
「……ふふ、何ですか、その言葉!」
「なァ〜にィ〜? そんな生意気言っちゃうももちーには、チューしちゃうぞ☆」
「え!? んっ……」

目の前に煌めくロキの燃えるような髪の毛が、私の頬をくすぐった。






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