「ほんと、ブッキー、いい加減にしてくれよマジで」

いつも冷静で何事にも動じたりしないはずの神宮寺レンが私の隣で感情を露にしている。
彼は仁王立ちのまま、そう冷たく言い放ち、本日幾度目かも分からないため息を吐き出した。

彼のそのため息の原因は、私たちの目の前に正座しているこの男、寿嶺二に他ならない。

「で、言い訳はあるのかい?」

レンは嶺二の事務所の後輩にあたるが、現在彼は嶺二に対し、敬語を使ってはいない。それもそのはず、レンは今、先輩でもある嶺二に、こんこんと説教を続けているのだ。


それは数分前の事だった。



ST☆RISHのメンバーを引き連れ、今朝早く、私はとある保養所へやって来た。
事務所で雑用をしている身としては、社長に命令されればそれに従いはするけれど、何分個性の強い彼らを一人で引率する自信はない。
そこで協力を申し出てくれたのが寿嶺二だった。彼はここ最近再ブレイク中の現役アイドルだが、後輩の面倒見も良く、人当たりも良い。それほど暇ではないはずの嶺二に事務所の仕事をさせるなど、そんな事をしても良いのかとも思ったが、意外にも社長が二つ返事でそれを了承した。たまには嶺二にも休暇が必要だと言っていたので、おそらく何かしら考える所があったのだとは思う。
保養所に到着し、早速休暇を楽しむ彼らは、とりわけ問題行動を起こす事もなく施設での生活を楽しんでいたようだった。
施設内には温水プールやカラオケボックスなどがあり、更にはバーなども併設されている。それぞれが好きな事をして三日という時間を過ごし、体を休める。入浴も就寝も各自好きな時にすれば良いという社長のお墨付きもあり、私たちは着いた早々ゆっくりと羽を伸ばす事ができたのだった。

しかし、そこで今回の問題が発生した。

もうすぐ日付も変わろうかというその時、飲酒のせいで足取りの危なっかしい嶺二が入浴場所を間違え、脱衣所でちょうど浴場から出て来た私と鉢合わせてしまったのだ。
同時間、男湯で入浴していたレンが私の悲鳴を聞き付けて駆けつけてくれたのは、それからすぐの事だった。

話は逸れるが、実は私とレンは幼なじみでもあり、現在は恋人関係でもある。世間ではフェミニストでどんな女性にも優しいと思われているレンも、実際ただの優しい彼氏であり、普通に嫉妬だってする。というより、むしろレンは、実のところ独占欲の強いヤキモチ妬きだったりもするのだ。

そんな彼に嶺二と鉢合わせした所を目撃されたものだから、今この場はほのかに修羅場と化している。
私とレンが交際している事など重要な秘密事項のはずなのに、彼は頭に血が昇っているせいか、それを全く隠そうともせずに嶺二を問い詰めている。


「何で男湯か女湯かも確認せず中に入っちゃうかな? しかも俺のハニーの裸を見ちゃったわけだよね? ……どうだった?」
「え……、いや、その、ももちゃんって着痩せするタイプだったんだね〜? 出てるトコはちゃんと出てるし、なんてゆーか、いいもの見せてもらったって感じかなぁ〜……な〜んて……」
「それ、全部、俺のためのモンだから」
「……」
「ハニーの胸も腰も、全部俺の、俺だけのモノだから」
「……す、すみません」

レンが突如鋭い目付きで嶺二を見る。
言っている事はめちゃくちゃなような気もするが、それを突っ込む雰囲気ではない。
彼の先輩でもある嶺二がレンの説教により、しょんぼりと項垂れている姿はさすがに見るに耐えず、私はおずおずとレンに声をかけた。「ね、ねぇレン、もういいんじゃない? れいちゃんが可哀想だよ……」
「キミは黙っててくれないかハニー。これは俺とブッキーの問題だから」
「え、ええー……?」

あれから数回、私は何度か二人を仲裁しようとしたのだが、悉くレンにそれを拒否されている。
これは自分と嶺二の問題だからと言ってはいたけれど、今回は私も当事者のような気がするのだが、それを改めてレンに問うのは何となく気が引けた。


部屋の情緒に合わせて設えられた部屋の照明に煌々と照らされ、レンの濡れ髪がキラキラと煌めいている。
かれこれもう三十分になるだろうか。さすがにこのままではレンと嶺二の関係が険悪になりそうだ。

「レン、ちょっと落ち着こうよ。いつものレンらしくないよ」
「当たり前だろ? 俺はブッキーに愛するももの裸を見られたんだぞ? 冷静でいられる訳ないだろ」
「で、でも、ほら、れいちゃん半分酔ってるみたいだし、きっとすぐ忘れるよ。ね、れいちゃん?」
「えっ!? あ、う、うん! 忘れる忘れる、ってゆーか僕ちん、ももちゃんの可愛いおっぱいとか、もう忘れそう!」
「……」

私の言い分に合わせ、嶺二が何度も大きく頷いた。何やら余計な一言もあった気がするが、それは聞かなかった事にしておこう。
しかしそれを見たレンが、なぜか一層表情を曇らせる。

「……レ、レン?」
「面白くない」
「え?」
「もも、なんでキミがブッキーと話合わせたりしてるわけ?」
「べ、別に話を合わせたりなんて」
「してるだろ? 悪いコだね、ハニー」
「そ、んな……っ」

レンがそう言って私の肩を抱き寄せる。彼はずいぶん長身だから、引き寄せられた私の肩は、ちょうど彼の腕の中にすっぽりと包まれる。おそるおそる彼を見上げ、その表情を覗き見ると、彼は先ほどとは打って変わり、どこか楽しげな表情を浮かべていた。おそらく、私が彼らの関係にヒビが入らぬようにと夢中でした発言を、レンはさりげなく汲んでくれたのだろう。彼のその表情に、私はようやく安堵した。




「ええと、レンレン、ももちゃん、僕、お詫びに何かしたいんだけど……いいかな」

その場の雰囲気に流され、危うく第三者の前でキスをしようと顔を近付けた時だった。
目の前で所在無げにしていた嶺二が遠慮がちに声を発した事で、私は現実に引き戻された。
嶺二のほんのり呆れたような表情に、私はみるみるうちに顔が熱くなる。レンに見つめられると、私はどうも周りが見えなくなりがちだ。本当に困ったもので、これはレンにも責任があるのだから、要相談事項ということで、後々色々と話し合っていきたい。


「ブッキー、もういいよ。ブッキーがわざとじゃないって事は分かってたし、それに何より、これからハニーとラブラブな時間を過ごす予定だし」
「ちょっ、レン!」

全く恥ずかしがる事もなくレンが私を後ろから抱きしめる。私の微々たる抵抗も虚しく、彼は一切その手を緩めてはくれなかった。


「え〜、まぁそう言わないで、一緒にカラオケ行こうよ〜! 僕ちんマラカス振って振って振りまくるからさ〜」
「い、いや……マラカスとかいいから……」
「いやいやいや、レンレン、マラカスを舐めちゃいけないよ? カラオケで盛り上がるには、マラカスが必要不可欠なんだから!」

いつの間にか表情がいつもの嶺二に戻っていた。彼にはやはり笑顔が似合うとしみじみ思う。

「ねぇレン、れいちゃんもこう言ってくれてる事だし、行こうよカラオケ」
「……」
「行こうよレンレン!」
「……」
「ね、レン」
「……まぁ、ハニーがそこまで言うなら」
「やった〜!」

私たちはその日、翌朝まで大いに盛り上がった。



朝まで盛り上がったその日、私とレンの交際の事実が、ST☆RISHのメンバー全員に広まっていた。
犯人の心当たりは一人しか居ないが、レンはそれを嶺二に問うたりはしなかった。
これで俺たちは堂々と付き合えるじゃないか、と、レンがいつも以上に上機嫌だったため、私もアイドルの規則など、もうどうでもよくなった。
後日、社長には改めてご挨拶に伺わなければならないと思うと少し気が重いが、それは自業自得なのだから仕方のない事だろう。





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2013/09/07 呼称修正

 
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