「那月、お前もう帰れ」
「ええーっ、イヤですよぉ……」
「嫌じゃねぇ! さっさと帰れ!」
「イーヤーでーすー。僕はずっとずっと、翔ちゃんやももちゃんの側に居たいんです!」

翔が本日五度目のため息を吐く。
そんな彼を横から力加減無く強く抱きしめるなっちゃん。
それはまさにいつもの光景そのものだった。



早乙女学園在学中から翔のパートナーだった私は、三ヶ月程前、彼からの告白を受け、恋人同士になった。
それは私たちがパートナーになって、五年目の出来事だった。
学園に在学中から翔に色々と励まされ、助けられてきた私が彼に惹かれぬ訳はなく、彼に想いを告げられた私の返事は決まりきっていたのだが、最近私はそれが正しかったのかそうでなかったのか、いまいち分からなくなる時がある。

それが今、この時である。


「いつもいつも俺たちのデートの邪魔しやがって……ほんともう帰れ!」
「イヤです。僕は翔ちゃんもももちゃんも大好きだから、ずーっと一緒に居たいんです! ぎゅーっ!」
「え? きゃ……」
「ん、んがーっ!」

なっちゃんが力一杯私と翔を抱きしめる。
その幸せそうな笑顔からは邪な気持ちなど一切感じられず、そのせいか私たちは彼をはっきりと拒絶する事ができない。
もちろん私はなっちゃんが嫌いではないし、むしろ抱きしめられると、その包容力にすごく安心する。私はおそらく、なっちゃんの事も大好きなのだと思う。

私と翔のデートには、毎回といって良いほどなっちゃんが一緒だった。
今日も翔の部屋で二人きりのデートをする予定だったのだが、気付けば部屋のソファの真ん中にはなっちゃんが座っており、その両隣には当たり前のように私と翔が座っていた。
私と翔は、なっちゃんに強く抱きしめられ、急激に距離が近くなる。実は私は案外こんな状況も幸せだと思ったりしている。意外にもヤキモチ妬きの翔には、口が裂けても言えないが。





「はーなーせー! いつも何も言わなかったけどな、今日こそは何が何でも帰ってもらうからなー!」
「え……翔ちゃん?」

翔がめずらしくなっちゃんに抵抗している。
いつもならば、なっちゃんに抱きしめられたくらいでは然程抵抗もしないはずなのに、今日はめずらしく翔が彼の腕の中でジタバタと暴れている。
やはり今日の翔はいつもと違うような気がした。

「翔ちゃんどうしたんですか? いつもみたいに三人で仲良くしましょうよ……」

なっちゃんの腕の力が弛み、そのはずみで私と翔が解放された。
ひどく不安そうななっちゃんの顔が悲しく歪み、今にも泣き出しそうだった。
私はなっちゃんの背中に手を当て、そのまま彼の背中を優しく擦った。ありがとうございますと悲しげな笑顔で呟くなっちゃんに大丈夫かと尋ねると、なぜか私は翔に軽く睨まれてしまった。

「……翔、どうしたの? なんだかいつもの翔じゃないよ?」
「何だよ、ももまで……。いいんだ。いつもの俺じゃなくて」
「翔ちゃん……」

翔はほんの少し拗ねたような表情で私となっちゃんを一瞥し、俯いて話を続けた。翔の頬がほんのりと紅潮していた。

「だいたいいつまで三人デートとかする気なんだよ。……お、俺は、こう見えても男だ……。だから、彼女がいる身の俺には、三人で居る事に我慢の限界もあるんだぞ!」
「我慢……? 翔、何か我慢してるの?」
「それってどういう事ですか?」
「えっ……!? あ、いや、その……。……あー! そういう事は突っ込んで聞くな!」
「ええ? どうしてですか〜?」

先ほどまで桜色だった翔の頬がみるみるうちに真っ赤になっていく。翔の言っていた我慢がどうのという話は、掘り下げない方が良かったのだろうか。私となっちゃんが突っ込んでしまった今となっては、全て遅いが。

「だ、だから、つまり、我慢っていうのはだな……。そ、その、俺だって、俺の彼女でもあるももと二人きりになって、キスとか、したい、とか……、それ以上の事がしたいとか……。そう、思ってるって事だ!」

翔の声が裏返る。彼は意外に奥手だから、ここまでの事を言うのにも、相当勇気がいったに違いない。私は翔の彼女なのに、彼がここまで不満を募らせていた事にすら気付かなかったのだろうか。自己嫌悪せずには居られない。

「あ……あの、翔、ごめ……」
「そうだったんですかぁ! でも、それならもっと早く言ってくれれば良かったのにー」

私の謝罪となっちゃんの声が重なった。
なっちゃんは私に笑顔を向けた後、更に翔を見下ろし、話を続ける。

「翔ちゃんの気持ちはよーく分かります。ももちゃんは可愛いですもんね。いっぱいいーっぱい、キスしたいですよねぇ?」
「あ……ああ……」
「……なら、しちゃえばいいじゃないですか! 僕は気にしませんから」
「んなっ……!?」
「……」

なっちゃんの思いも寄らない提案に翔が固まった。驚愕の声を発した後、二の句が継げず口をパクパクさせている。かくいう私も、翔と同じく絶句してしまっているのだが。




その後、翔が口を開いたのは、優に数分が過ぎた後だった。

「……い……いやいや、ちょっと待て。さすがにちょっと待て。おかしいだろ? っていうか、お前が気にしなくても俺が気にするっつーの!」
「ええー……、僕は気にしないのになぁ……」

翔の真っ当な反論に、なっちゃんがまたもや落ち込んだ表情で私の方に顔を向ける。
そんな切ない表情を向けられると、私はどうすれば良いのか分からなくなってしまうため、非常に困る。

「だから那月、今日はとにかく帰……」
「ももちゃん、僕は周りに誰が居ようと気にしないので、キス、しちゃいますね」
「え……? ええっ!? ちょっ、待っ、んんっ!」
「んがっ……! な、な、那月ーっ!」

一瞬何が起こったのか、私には全く分からなかった。ただ、唇にあてられた柔らかい感触と、翔の裏返った悲鳴を五感で察知し、それを頭の中でゆっくりと分析する。
私の頭の中が更に真っ白になるのは、それからすぐの事だった。




「ちょ……っ、なっちゃん!? いっ、今! 今、チューした!?」

なっちゃんの厚い胸板を手で向こうへ押しやり、私は彼から体を離す。
しかしなっちゃんはさらに強い力で私の腰を抱き寄せ、ほんのり頬を紅潮させながらキラキラな笑顔を私へ向けた。その笑顔が眩しすぎてあ目が眩みそうだ。

「ふふっ、ももちゃんがあんまり可愛いから、我慢できなくなっちゃいました」
「な、なっちゃ……」
「バッカヤロー! そこは我慢しろーっ!」

なっちゃんの肩越しに見える翔が、ほぼ半泣きでなっちゃんの背中をバシバシ叩いている。ここは私が謝罪すべき所だろうか。しかし翔は案外自尊心が高いから、逆効果になるとも考えられるので迂闊な事はできない。

「痛いですよぉ、翔ちゃん。だからさっきから言ってるじゃないですかぁ。翔ちゃんも周りを気にしたり我慢したりせずに、ももちゃんにキスしたいならキスしちゃえばいいって」
「うっ……だからそれはだな!」
「僕はももちゃんがだーいすきだから、キスしたくなった気持ちをそのまま表現しただけですよ〜」
「……」

抵抗する翔の手が止まり、なっちゃんのハチャメチャな理論に押し切られそうになっている。おそらく彼の頭の中では今、色々な事がごちゃごちゃと駆け巡っているに違いない。

「翔ちゃん、僕、ももちゃんの事が大好きです。僕の彼女にしてもいいですか?」
「は、はぁ!? ななななな、何言ってんだよダメに決まってんだろ!」
「ええー……。でも、僕はもうももちゃんとキスまでしちゃいましたし……」
「なっ! そんなの! ……お、俺だって、今からしようとしてたんだよ! ももっ!」
「えっ!?」

彼らの言い合いを傍観していた私に突然白羽の矢が立ち、思いのほか間抜けな声を出してしまった自分が恥ずかしい。熱くなる顔もそのままに、翔を睨むように見つめる。翔は一瞬僅かに怯んだものの、すぐにこちらへ身を乗り出し、一度大きく頷いたその後、何の確認もなく突然私にキスをした。

「え……、ちょっ、ん!」
「……」

なっちゃんの目の前で翔の唇が強く私のそれに押し付けられる。先ほどのなっちゃんのキスよりも強引で、翔らしいといえば翔らしい。突然で瞑り損ねた目は真っ赤な彼の顔を映し、釣られるように私の顔も熱くなった。

不意に開いた翔の目と私の目がかち合うと、彼はずいぶん驚いてすぐに体を離した。

「こ、これで分かったろ!? 俺は絶対誰にもももを渡さねぇ! それが例え那月でも、だ!」
「翔……」
「翔ちゃん……」
「こっちに来い、もも!」

翔の腕に引かれ、私は彼の背中に庇われる。
なっちゃんが寂しそうな表情で伸ばした手は虚しく空を切り、彼の顔がさらに沈んでいく。

「……僕はももちゃんの事も、翔ちゃんの事も、大好きなのに……。ねぇ翔ちゃん、三人でお付き合いするのは、だめなんですか?」
「……は、はぁああ?」

またもやなっちゃんが突飛な事を言い放ち、翔が驚いている。確かにそれはそうだろう。翔の気持ちは良く分かる。が、なっちゃんの気持ちも分からないでもないのが困りものだ。

「ね? ももちゃんはいいですよね? 僕と翔ちゃんとももちゃん、三人で仲良くお付き合いしましょう?」
「えっ……、わ、私は……」
「だめに決まってんだろ!」

ようやく思考回路が復活した翔が、なっちゃんの言葉を遮るように怒鳴る。翔の言っている事は至極真っ当なのに、なっちゃんの寂しそうな顔を見ると、どうもそれが揺るいでしまっていけない。

「……どうしてだめなんですか?」
「どうしてって……そんなの、当たり前だろ!」
「ええー、イヤですイヤです! 僕だってももちゃんとたくさんキスしたいですし、エッチだってしたいです!」
「は……!? なっ! エッ……エッチって……! ぜってーダ、メ、だっ! 第一、俺だってまだシてねぇのに……」
「あ、なら、翔ちゃんが一緒でもいいですよ?」
「俺をオマケみたいに言うなっ!」



「……翔ちゃんとももちゃんは、僕を仲間外れにするんですか?」
「……うっ」

一通り二人が言いたいことを言い合った後、なっちゃんの哀願にも似た最後の一言に翔が言葉を詰まらせる。
やはりなっちゃんのその表情は反則だ。あんなに駄目だと連呼していた翔でさえ、目に見えて気持ちが揺らいでしまっている。


「な、仲間外れにするつもりは、ない、けどよ……」

なっちゃんのその表情に負け、翔がそう言った瞬間だった。

「うわぁーい!」

なっちゃんがこちらへ飛び込んで来ると同時に強く私と翔を抱きしめた。
おそらく翔の先ほどの一言が、三人で付き合う事を肯定したものだと思ったらしい。

私たち三人の顔が至近距離まで迫り、お互いの頬に頬が当たる。

しかし全く嫌ではない。

むしろなんだか幸せな気持ちになるのはなぜなのだろう。

「それじゃあ今日から、僕とももちゃんも恋人同士、ですね!」
「え……あ、やっぱりそうなるのかよ……」
「あ、あはは……」

翔が頬を引きつらせ、ため息を吐く。そしてすぐに横目でこちらの様子を伺う翔に、私は力無く愛想笑いを返したのだった。



「それじゃあ僕たち三人のお付き合い記念日をお祝いして、今から三人でいーっぱいイチャイチャしましょうねぇ!」
「え!? わ、なっちゃん、いきなり変なとこ触らないでー!」
「な、那月っ! お前、俺より先にももに手出したら許さねーからな!」

狭いソファの上で私たちは強く抱きしめ合い、転がる。
初めて感じる翔の温もりは意外と温かく、なっちゃんの抱擁は私と翔を温かく包み込む。

私は彼らの温もりの中、このままずっとこの三人で居られたら、そう考えずには居れなかった。






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サイト70000超企画作品です。
本当にいつも足を運んでくださってありがとうございます!

なっちゃんと翔ちゃんの二人は見てるだけで癒されるし、二人がすでに仲良しなので、夢主の入る隙を作るのに少し苦労しました(笑)
無理矢理展開な所もあるかと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

 
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