早乙女学園の入学式当日、数年前地元を離れて行った幼なじみと偶然再会した。

幼なじみの名は一ノ瀬トキヤ。数年前、必ず迎えに来るからというベタなセリフを残し、地元を離れて行った私の大事な幼なじみである。

私たちは物心付いた頃からいつも一緒に居て、それが当たり前のように未来永劫続くものだと思っていた。
しかしある日突然トキヤは夢を叶えるためと、あっさり地元を離れて行ってしまった。必ず迎えに来るだなどと言われても、私は既にそれがただの社交辞令だという事を理解していた。

その後トキヤという存在自体を忘れてしまおうかとも思ったが、彼が居なくなってから彗星の如く現れた大人気アイドル、HAYATOの存在が、それすらも許してはくれなかった。

HAYATOがトキヤだと確信していた私は、それを追い求めるように早乙女学園を受験した。そこへ入学したとしても、すでに芸能界で活躍しているトキヤに会える可能性など皆無に等しいだろうとは思っていたが、私はどうしてもそうせずには居れなかったのだ。


だから尚更、入学式当日トキヤと再会した事は、私にとって本当に青天の霹靂だった。





「もも、部屋に入れてください」
「トキヤ!」

早乙女学園に揃って入学した私とトキヤは、クラスこそ違ったものの、同期生という形で芸能界への道を目指す事になった。トキヤは新生アイドルを目指し、私は作曲家への道を目指す。
再会した時はお互いずいぶん驚いたけれど、彼が迎えに行く手間が省けたと言って大層喜んでくれた事が意外にも嬉しくて、私たちの溝はその瞬間すぐに埋まってしまった。特に私はその時、地元から出てきたばかりで周囲に知り合いなど居ない状況だったから、尚更トキヤとの再会に安堵していたのだと思う。

それからだった。
彼がこうして度々女子寮の私の部屋を訪ねて来るようになったのは。



「どうした? 誰か来たのか? もも」
「あ、真斗くん……」
「……聖川さんも居たのですか」

玄関でトキヤの応対をしていた私の後ろから、聖川真斗が顔を出した。
彼は私のクラスメイトであり、パートナーでもある。

この学園ではアイドル志望の生徒と作曲家志望の生徒とでパートナーを組み、その二人で協力しながら卒業オーディションに臨む。私たちAクラスでは、林檎先生の作った籤引きによってパートナーが決まったのだが、真斗くんはそれすらも気に留めず、まったくの素人同然の私にも、ずいぶんと優しく接してくれた。

彼とパートナーを組み、早や八ヶ月。
今日も私たちは二人で卒業オーディションのための曲作りに朝早くから取り組んでいた。私にはもったいない程のパートナーである。
「ん、一ノ瀬か。ももに何か用か?」
「……」

部屋の入り口で顔を合わせたトキヤと真斗くんは顔を見合わせ、お互い何かを言いたそうに表情を曇らせていた。近頃彼らは顔を合わせると険悪な雰囲気を漂わせ、緊張が走る。
それがなぜだかは分からないが、私はその度、言いようのない不安に襲われた。


「えっと……トキヤ、とりあえず中へどうぞ」
「ええ、そうさせていただきます」
「……」

私がトキヤを中へ案内すると、真斗くんは無言のままキッチンへと消えて行った。

トキヤがいつものようにソファへ腰を下ろし、私に自分の隣へ座るよう手で促す。
私は大人しく彼の隣に座り、さりげなく彼の様子を盗み見た。
しかしすぐにトキヤと目が合い、彼は私を見ると口の端を上げ、意味ありげに笑った。

「な、何? 笑顔が不気味なんだけど……」

その笑顔に悪寒が走り、思わずトキヤから顔を背けると、彼はわざとらしくこちらへ顔を近付け、その手を私の頬に当てた。

トキヤと再会した時から少々気になってはいたが、彼からは昔のような純朴さが欠落してしまったような気がする。この数年間で一体何が彼を変えてしまったのだろうか。
あの頃よりほんの少し成長した顔をこちらへ向けるトキヤが妙に色っぽくて、私は思わずトキヤから目を逸らした。


「ちょ、ちょっと……。トキヤ、一体何しに来たのよ……」

力の限り強がり、再度トキヤを見据えてそう問い質す。しかし彼はそんな事にも動じず、自信ありげな表情のまま私の唇を指でなぞった。
トキヤの長い指の感触が妙にくすぐったい。

「何をしに、とは、幼なじみに対してずいぶんじゃありませんか?」
「え……」
「今日は、ここ最近、全く私に構ってくれないももに、文句を言いに来たのですよ」
「え、ええっ!?」

そういえば最近、やけにトキヤからメールで色々な所へ誘われていたが、私は悉くそれらに断りの返事を出していた。
しかしそれは卒業オーディションの迫った今、仕方のない事なのだと思う。

「あ、いやいや……今の時期、仕方ないじゃない。卒業オーディションの曲の仕上げに、みんな一生懸命取り組んでる時期だもの……。っていうか、トキヤだって忙しいでしょ?」
「私はももに構っていただけるなら、何を置いても昼夜時間を問わずあなたの元へ駆け付けます」
「あ……そう……」

常人には通じるはずの言い訳が一切通用せず、私はただ、脱力した。



「……一ノ瀬、コーヒーで良かったか?」

キッチンから戻って来た真斗くんが、トキヤの前にコーヒーを置く。トキヤは話の腰を折られたせいか、真斗くんを睨みながら、ありがとうございますと心のこもっていないお礼を言った。


真斗くんが私の反対隣に座り、楽譜に目を落とす。

「もも、この曲のサビの部分だが」
「それにしてももも、最近メールの返信が冷たくありませんか?」

真斗くんとトキヤがほぼ同じタイミングで口を開いた。
先ほどと同じように彼らが互いに目線を合わせ、無言で何かを訴えようとしている。次第にピリピリしていく場の雰囲気を何とかしようとするも、私はただただ彼らの間でオロオロするしかなく、自分の不甲斐なさが本当に情けなく感じた。

「一ノ瀬、俺たちは今、大事な曲作りをしているのだ。邪魔はしないでもらいたい」
「聖川さん、私も多忙なスケジュールを調整してももに会いに来ているのです。少しは察してくださいませんか」
「……」
「……」

表面上は穏やかな会話だが、そこから醸し出される刺々しさは半端ではない。これならば本心を思うままさらけ出す罵り合いの方が幾ばくかマシかと思われる。

「そもそも私は、幼なじみでもある私を差し置いて、聖川さんがももとパートナーになる事自体、納得できません」
「仕方なかろう。これは俺が決めた訳ではない。言わば、音楽の神が決めた運命なのだ。つまり、俺とももは運命の赤い糸でしっかりと結ばれているという訳だ」
「なっ……」
「ま、真斗くん!?」

トキヤの無茶な言いがかりを真斗くんが華麗に受け流す。トキヤの言いがかりを受け流すためとはいえ、真斗くんの言った運命だとか赤い糸という言葉に、私の顔が急激に熱くなってしまったのは言うまでもない。


「……聖川さん、前々からひとつ言っておきたい事があったのですが、よろしいですか?」

トキヤの額に青筋が立っている。トキヤは昔から、自分のテリトリーや所有物に触れられるのを極端に嫌っていた。その所有物には、おそらく幼なじみの私も含まれているようで、そのせいか今や爆発寸前なトキヤの一挙手一投足が恐ろしく不安だった。

「ちょ、ちょっとトキヤ、お願いだから少し落ち着こ……」
「いや、いい。止めるなもも。……聞こうか、一ノ瀬」

何とかトキヤの感情を鎮めようと彼にすがり付いたものの、真斗くんがすぐに後ろから私をトキヤから離し、それを制した。
私の両肩に置かれた真斗くんの手を、トキヤが無言で振り払い、更に場が険悪になる。

「聖川さん、ももとパートナーだからといって、少々なれなれしいのではありませんか? 女性の肩に気安く触れるなど、貴方のような紳士がする振る舞いではありませんよ」
「く……」

今度は真斗くんの眉間にうっすらと皺が刻まれた。今は冷静沈着な彼の忍耐力を信じるしかない。

「……俺はなにも、ももがパートナーだからという理由だけで彼女と親しくしている訳ではない」
「……」
「ももは俺にとって最高のパートナーだ。常に俺の歌いやすい曲調やキーで作曲してくれるし、レコーディングの時、俺の喉を心配してくれたりと良く気が付く。俺にはもったいない程良くできたパートナーだ。そんな彼女に、俺が惹かれぬと思うか?」
「……そ、それは……確かに、そう、ですが……」
「俺は、ゆくゆくはももを生涯のパートナーに、とも考えている」
「……」
「……え……うええっ!?」

真斗くんの口から突然思いもよらぬ言葉が放たれ、私は思わず固まった。
私たちがパートナーになってからずいぶん経つが、今まで真斗くんからは、はっきりと分かるような好意を示された事などなかったはずだ。
そのため、私が彼の言葉の意味を理解するのに、数秒を要する事になる。

「俺は真剣だ。この学園に籍を置いている限り、恋愛禁止という規則は守るつもりだったが、ここまで言ってしまえば、俺はお前に対する想いを止める事はできぬ」

真斗くんの手が私の頬に当てられ、強制的にお互いの顔が向かい合った。
彼の瞳に捉えられ、私は彼から目を離す事ができなくなる。
真斗くんの精悍で眉目秀麗な顔立ちに目が釘付けになり、次第に私の意識も薄らいで行くような気がした。




「いい加減にしてください」

しかし、すぐに体が後ろへ引っ張られ、気が付くと私の体はトキヤの腕の中にすっぽりと収められていた。

「え……? ト、トキヤ?」
「何をする、一ノ瀬」
「それはこちらのセリフです。ももと私は幼い頃、既に結婚の約束をしています。言わばももは私の婚約者なのです。……聖川さん、それでもももに手を出すと言うならば、私も容赦しませんよ」
「な……なん……だと!? 婚約者!? 本当か、もも!?」

真斗くんが私に迫り、顔が至近距離まで近付けられる。
後ろからトキヤに抱きしめられ、更には眼前から真斗くんに迫られる。とうとうどこにも逃げ場がなくなった私は、とりあえず目の前の真斗くんの誤解を解くため、否定の意味でも精一杯首を横に振った。

「ち、違うよ真斗くん、知らないよ私、結婚の約束なんて……!」

声にならない声をようやく振り絞りそう叫ぶと、トキヤがすぐに後ろから私の耳元に息を吹き掛けた。

「ひゃっ!」
「知らないなんて言わせませんよ。約束したじゃありませんか。大きくなったら私のお嫁さんになってくれると」
「し、知らないったら知らないよ! だいたいいつの話よそれ!」
「私たちが三歳の時の話です」
「そんなもの、無効だろう!」

真斗くんが私の手を握り、励ますようにそう叫ぶ。
確かに私も真斗くんの意見に賛成だ。当事者が既に覚えてもいない約束など、無効に決まっている。
しかし、もう一方の当事者であるトキヤはそうは思っていなかったようで、反駁する私たちにも構う事なく持論を展開して行った。

「いいえ、無効などではありません。そもそも私とももは、過去何度も入浴を共にしましたし、一緒のベッドで眠った事もあります。つまり新婚夫婦がするような事をその時既にしていた訳ですから、私たちには既成事実があると言っても過言ではありません」
「い、いや、それはじゅうぶん過言だろう。それにどうせ、それらも三歳に満たぬ頃の話なのだろう!」
「まぁ……そうですね。けど、見くびらないでくださいね。私は今も、ももの身体中のホクロの位置を隅から隅までしっかりと把握しています。ももとの付き合いが一年にも満たない聖川さんには負けませんよ」
「ほ……黒子の位置だと!? っく!」

真斗くんが言葉に詰まり、言い返せなくなると、トキヤがほんの少し勝ち誇ったように笑った。
引き合いにだされた当事者でもある私の心中は今や爆発しそうな程恥ずかしさでいっぱいだ。トキヤの笑顔がほんの少し恨めしい。


「ももと一緒にベッドで眠った時の事を、私は今でも良く覚えています」
「な、なにっ……!」
「ちょっとトキヤ! もう黙って!」

目の前の真斗くんの顔から更に血の気が引いていく。それに気付いたトキヤが、彼に追い討ちをかけるように畳み掛ける。

「可愛いももを背中から強く抱きしめ、一人で妄想に耽ったものです……。ももの背面に私の体を押し付け、頭の中で何度も楽しませていただきました」
「き、貴様……!! そんな物心も付かぬ幼きももを、お前の卑猥な妄想で汚すとは……! 許さん!!」
「大丈夫ですよ。その頃から私には、ももを汚してしまった責任を取る覚悟がありますから。その証として、私は今までしっかりと童貞を守ってきました」
「なっ……! そ、それなら俺とて同じだ! もものために、結婚するまで童貞を守ると誓ってもいい!」
「無理に私の真似をせずとも良いのですよ? 聖川さんは風俗でもどこへでも行ってさっさと童貞を捨ててきてください」
「俺の初めては愛するももと、と決めている!」
「……」
「……」

「も、もう……最低……」

良く分からない二人の言い合いは更に続き、私はその後数時間二人の間でそれに付き合う羽目になった。





「分かりましたか、もも。これに懲りたら、これからは聖川さん以上に私との付き合いを優先してくださいね」
「ももは俺以外の男とは今後一切口を聞かぬ。一ノ瀬も、これからは幼なじみだからと言ってももになれなれしく話しかけるのは止してもらおう」

結局二人は最後まで何かと突っかかり、和解する事はなかった。

トキヤは私の大事な幼なじみだし、真斗くんは大切なパートナーだ。
私がどちらかを庇う事はできないが、とりあえずトキヤには後で色々と厳重注意のメールを送っておこうと思う。

昔の事を暴露され続けるのは精神的にとても辛い。
幼なじみというものは、ずいぶん難しい関係なのだなと、改めて思い知った一日だった。




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なんだかいつものような大人気ない二人になってしまいましたが、実はこういうものを書くのが大好きです……!

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2013/04/26 管理人
 
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