夜空に煌めく星も見えぬ程明るい神社の参道には、現在、色とりどりの明かりを灯した屋台がところ狭しと並んでいる。早乙女学園に程近い、芸事の神様が祀られた神社は、現在夏祭りが行われており、私はそこへとあるものを調達しに足を運んでいた。



「すみません、この白いわたあめと、そっちのピンクのわたあめを一つずつください」

参道に並んでいる屋台の中から甘い物の売られている屋台を選び、私はそこで品物を調達していく。この屋台でわたあめの調達が終われば、次はチョコバナナ、さらにそれが終わればクレープ、たい焼きと続き、最後にりんご飴を調達すればここでの私の任務は終了だ。
なぜ私がこんなに懸命に甘い物の屋台をはしごしているのかといえば、それはひとえに私の恋人、カミュのために他ならなかった。けれどもなぜ私が彼の下僕のように東奔西走しなければならないのかと問われれば、明確な答えを返す事はできない。強いて言うならば、彼の伯爵様という称号の、威光にも似た威圧感のせいのように思う。
とにかく私は、なぜだか彼に逆らう事ができなかったのだった。



夏祭りの屋台での甘味調達が終わり、森の中に佇む大きな洋館へ大急ぎで戻る。
私は両手に荷物を抱えながら呼吸を整え、その扉に設えられた呼び鈴を鳴らした。

「貴様……たったそれだけの使いに、どれだけ時間をかければ気がすむのだ!」
「もっ、申し訳ありませんっ!」

扉を開けると同時に飛ぶカミュの怒号に、私は思わず肩を竦めた。
どうやら私の帰りが遅かったために、玄関付近でその帰りを待ち構えていたらしく、彼の怒りは既に爆発寸前のようだっだ。
私は必死に頭を下げたが、彼の怒りはそう簡単に収りそうもなかった。困った事になったと思った。




「……もういい。さっさと調達してきた庶民の甘味というものを寄越せ」

玄関口で一頻りネチネチと厭味を言った後、彼はようやく気が済んだのか、そう言って私をリビングへと通した。彼の側に付き従うように寝そべっていたアレキサンダーと共にリビングに入り、戦利品をテーブルの上へと並べていく。カミュの表情がようやく僅かに和らいだような気がした。


「ほぅ。やはりこの綿飴というものは食感が良いな」

テーブルの上へ並べた傍からカミュがそれを手に取り、口へ運んでいく。当たり前だが、恋人兼下僕でもある私に対する感謝の言葉は一言すらない。

「ふむ……。このチョコが掛かったバナナも悪くない」
「良かった……」
「クレープも定番ではあるが、やはり美味だ」

カミュはテーブルに並べられた食べ物を次々と平らげていった。こんなに甘いものを過剰摂取しているくせに、あのスリムな体型を維持できる彼がほんの少し妬ましい。
そう考えながら幸せそうにたい焼きを口にする彼を見ていると、不意に彼と目が合い、軽く睨まれる。

「貴様、俺の顔に何か付いているか?」
「え?」
「それとも、俺の美しい顔に見とれていたか? 愚民めが」
「……はぁ」

私は彼にどんなに罵られても腹が立つ事はもう決してない。彼のその悪口雑言が、ただの照れ隠しだと知っているからだ。
私は小さくため息を吐き、ほんの少しの幸福感を胸に仕舞った後、彼からそっと目を逸らした。





「おいもも、貴様は俺を馬鹿にしているのか?」
「へ?」

それはカミュがりんご飴を手にした瞬間だった。
彼は眉間に深い皺を刻み、私を鋭い目で睨んでいる。先ほどまで幸せそうにたい焼きを口にしていたはずの彼が急に不機嫌になった心当たりなど、私には全くない。

「えっ、ええと……あの、よく意味が分からないのですが……」

彼の顔を伺い見ながらそう問い返すが、彼は眉間の皺をさらに深くし、ただ私を侮蔑混じりの目で一瞥しただけだった。


「まったく……。意味が分からんとは呆れたものだ」
「いや……だから一体何の事ですか、分かりません」
「これを見ても、まだしらを切るか」

そう言ってカミュが私にりんご飴を翳す。
おそらく彼はそのりんご飴に何かしらの不満があるようだ。

私は改めてそのりんご飴をまじまじと見つめた。

しかし、彼の手にしていたりんご飴は本当に何の変哲もないただのりんご飴で、特におかしな箇所など見当たらない。
とうとうお手上げ状態になった私は首を傾げ、どうしたものかと彼を見上げた。



「これのどこが気に入らないのですか?」
「気に入るも気に入らんも、そもそもこれは一体何なのだ? これほどカチカチに中の林檎を固めおって……。これではせっかくの林檎が食せないではないか。それとも貴様はそれほどまでにこの俺に林檎を食べさせたくないという訳か、この愚民が!」
「いたっ!」

食べたいのに食べる事ができないストレスからか、カミュは手にしていたりんご飴で私の頭部を無遠慮に殴った。
ゴッ、と鈍い音がして、私は思わず悲鳴を上げる。
りんご飴というのは思いのほか固くて痛い。りんご飴に対して痛いという感想を抱く者などなかなか居ないとは思うが、私はそう思わずには居れなかった。

「こんな不愉快なものはいらん! 貴様が食せ! 食せるものならな!」
「え、ええっ!? ちょ、ちょっと待ってください! そもそもこれはりんご飴といって、頭を殴る道具でもなければ最初から林檎を食べるものでもありません!」
「……飴、だと?」
「う……はい。いたた……」

どうやらカミュはりんご飴というものを初めて見たようで、それがどういう物なのか、全く分かっていないようだった。
私は改めて彼にりんご飴というものを説明する。最初は渋面を作って私の説明を聞いていた彼も、次第にりんご飴というものを理解していったようで、説明が終わる頃には私の手から再びりんご飴が彼の手中へと移動していた。

「なるほど。これはこうして食べるものだったのか」

あっという間に包装を解き、カミュが私から奪い返したりんご飴をおいしそうに口にしていた。





「よし。忠実なる俺の下僕に、褒美をつかわそう」
「え?」

数分後、きれいさっぱりと庶民の甘味を平らげたカミュが、私の座るソファの隣に腰を下ろし、そう言った。
いつも冷酷な笑みを浮かべている彼が、めずらしく楽しそうな笑みを浮かべている。

「もも、貴様の望みはなんだ? 言ってみろ」
「え……? いや、望みって言っても私は別に……」
「いいから言え」
「だから別に私は……」
「ほぅ。そうか、言えぬのか。……と、言うより、言えぬ事なのか?」
「えっ……!?」

カミュの低く通る声が私の耳を掠める。
彼は時々こうして本気とも冗談ともつかない声のトーンで私をからかう事がある。
おそらく今回のこれも冗談だとは思うが、そうと知りつつも私は毎度それを真に受け、パニックに陥ってしまう。もちろん今回も例外ではなかった。

「……」
「……」

隣に感じる彼の高貴な香りに、私はどんどん顔が熱くなっていった。



「正直に言え」
「ひっ……!」

不意に私の耳に彼の唇が触れた。
思わず体をビクンと震わせると、隣からクックッと静かな笑い声が聞こえた。

「ちょっ……からかわないでくだ……」
「だから早く言ってみろ。今日は特別に俺がももの望む事をしてやる。……ベッドの上でな」
「は……はいっ!?」

言うが早いか彼は私を軽々と持ち上げ、寝室への階段を昇っていく。今までの彼の言動を冗談だとばかり思っていた私は、驚愕のあまり何も言えず、ただただ口をパクパクさせるしかなかったのだった。


「……どうした? 俺に愛してもらう事がそれほどまでに楽しみなのか?」
「え、えっ!? ちっ、ちちちち、違いま……」
「クックック……、勝手にイヤらしい妄想で盛るな、このメスブタが」
「なっ!」

まるで言葉攻めのような彼の罵言に熱くなる顔を彼から背け、私は諦めの境地にも似た気持ちで彼に身を任せた。




「……ふん、最初からそう素直になれば良いものを」

彼は私をキングサイズのふかふかなベッドに寝かせ、徐に唇を重ねた。
目を瞑る間もなく角度を変えて何度も唇を食まれる。

ちょっと乱暴に侵入して来る彼の舌に舌を絡めると、ほんのりとりんご飴の香りがこちらへ伝わった。



カミュが私から唇を離し、意地悪く口角を上げる。

「さっさと俺に奉仕しろ、愚民」
「えっ……?」

ベッドの上の私に膝立ちで跨がり、こちらを見下ろす。
先ほどまで私の望む事をしてやるとか何とか言っていたような気がするが、やはり彼のプライドがそれを許さなかったようで、いつの間にか彼の脳内では、私が彼に奉仕するという事に変換されていたようだった。

「しっかり俺を悦ばせる事ができたら、褒美として俺も貴様を悦ばせてやる」
「はぁ。やっぱり……。まぁいいですけど……」
「うむ。いい子だ、もも」


いつもの事ながら結局こうなるのかと内心ため息を吐き、私は彼の上着を丁寧に脱がせた。

もう何も言うまい。こんな状況になったのも、元を質せばこんな傲慢な伯爵を好きになった私のせいなのだから。






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