「開けてくれ! 早くここを開けてくれ教官補佐!」


同期の甘粕くんから臨時教官補佐の引き継ぎを受け、本日からようやくその任に付いた私は、初日から本番さながらの訓練の厳しさに圧倒され、訓練が終わった頃にはへとへとになりながら部屋へと辿り着いた。部屋に着くとすぐにシャワーを浴び、早々と休もうとしていたのに、その時なぜか部屋のドアを乱暴に叩かれ、外では霧澤タクトが大声を出しているようだった。

「早くしろ! でないとここでレゾナンスして、このドアを蹴破るぞ!」
「え……ええっ!?」

いつも冷静な彼がここまで悲痛な叫び声を上げているのだから、おそらく余程の事なのだろうが、実はこちらにもすぐにはドアを開けられない事情がある。
なにせ私はたった今シャワーを浴び終えたばかりで、現在身に着けているのはバスタオル一枚きりなのだ。この格好で外に出られるはずがない。

「聞こえているんだろう、教官補佐! すぐに開けろと言っている!」
「だ、だからちょっと待ってって言ってるでしょ! っていうかだいたいレゾナンスは承認がないと……」
「ガタガタうるさいぞ!」

中から何度か待って欲しいと言うものの、彼は全くそれを聞いてはいないようで、ドアを叩く手を止めず、叫び続けた。

「いいのか!? 本当にいいのか!? 本当の本当にレゾナンスするぞ!」
「だ、だから……っ!」
「よし……実力行使だ。……せきしょ」
「え、ええっ!? ちょっと待った!」

私は彼の暴挙を止めるべく、慌ててドアを開け放った。



「な……」
「……え?」
「なな……」
「……ん?」
「な……、なんて破廉恥な格好をしているんだ、ももっ!!!!」

ドアが開き、晴れて対面となった私を見た途端、タクトは鋭い目を目一杯開き、そう叫んだ。破廉恥な格好というのは認めるが、こういう状況にさせたのは一体誰なのだと思うと、なんだか妙に釈然としない。だが、彼の真っ赤な顔を目の当たりにすると、その文句すら言うのを躊躇うので、今回ばかりは痛み分けとしたい。

「とにかく緊急事態なんでしょ!? どうしたの!?」

タクトがここまで切羽詰まっているのだから、とりあえず自分の格好の事は二の次だ。そう思って改めて問い質すと、彼は真っ赤な顔をこちらへ向け、そして逸らしを繰り返し、ボソボソと事情らしき事を呟いた。しかし先ほどとは打って変わったタクトの小さな声は、私の耳にははっきりと届かない。

「……が……で……ケを……」
「え? な、なんて?」
「……僕の……に……て……」
「もうちょっと大きな声で……」
「あーくそっ! とにかく僕の部屋へ来てくれ!」
「えっ……うわっ!?」

あまりにもはっきりとしない彼の口調を何度か問い質すと、ついに言葉に詰まったのか、タクトは大声を上げて私の手を引っ張った。
あまりにも突然だった事と、バスタオルが落ちぬよう片手で押さえる事に精一杯で、私は彼に黙ってついて行くしかなかったのだった。



タクトが私を連れてきたのは彼の部屋の前だった。
部屋の前まで来ると、中からずいぶん賑やかな声が聞こえる。

「……もも、心して聞いてくれ」
「え? あ、うん」

私に背中を向けたままドアの前に立ちはだかるタクトが真剣な声色で呟く。彼の部屋の中で今一体何が起こっているのだろうか。

「今、僕の部屋にはISのメンバーがいる」
「え? この声、ヨウスケくんたちなの?」
「ああ。それに加え、ヒジリとオチャヅケも一緒だ」
「オチャヅケも居るんだ? ……いいの?」

タクトは悲しい事に、猫が大好きなネコアレルギー持ちだ。そんな彼の部屋にオチャヅケを連れ込むなど、彼らは一体何を考えているのだろうか。

「よくない! ……が、あいつら、僕がやめろと言っても面白がって聞きやしない! 僕が止めるのも無視し、強引にオチャヅケを僕の部屋の引き出しに住まわせると言っているのだ!」

タクトの肩が僅かに下がる。気が滅入っているのかもしれない。

「だからもも」
「……ん?」
「僕の代わりに、あいつらを止めてくれないか! 頼む!」

未だしっかりと握られていたタクトの手が、さらに強く握られる。あのプライドの塊のような彼が一端の補佐官に頭を下げているのだから、それを聞き届けないわけにはいくまい。私は彼の手を握り返し、大きく頷いた。

「……うん。そういう事なら、頑張ってみるよ……」
「本当かっ!?」

一瞬驚いたように私を振り返ったタクトは、大袈裟に何度もありがとうと言いながら、私の格好に更に顔を赤くし、目を泳がせながら三度お礼を言った。



「よし……、では開けるぞ」
「うん……!」


「……お前たち、いい加減にしろ!」

私の手を握ったまま、タクトが派手にドアを開け放った。

「おぅ、タクトか〜? お前今までどこ行っ……どわっ!? お、おまっ、もも……!?」
「えっ? 教官補佐が来てるの? どこどこ? ……うわぁ! ななななななな、なんて格好……!」
「うっわ〜……、タクト、ももを連れ込んで今からお楽しみかぁ?」
「お楽しみ……? タクトは今から教官補佐と何か楽しい事をするのか?」

中にはタクトの言っていた通り、ISのメンバーとヒジリが勢揃いしていた。当然だろうが、私の姿を見てずいぶん驚いている。

「タクト! お前ついに童貞卒業か……お兄ちゃんは嬉しいぞ……」
「ユゥジ! 誤解を招くような発言は謹んでもらおう」
「誤解もなにも、タクト、ももを襲う気満々じゃん」
「ヒロ、それは誤解だ」

なぜだか妙な誤解をされているような気がするが、タクトが一々それを否定しているので大丈夫だろう。

「っていうか……もも、けっこう色っぽいじゃん。な、タクトとの事が誤解ならさ、これから俺の部屋に来ねぇ?」
「え……?」

タクトがユゥジたちの誤解を解いている陰で、ヒジリがいつもの調子で私に声をかける。

「な、いいだろ? 早く二人でフケようぜ」
「あー……あはは……」

ヒジリが不敵に笑いながら私に近付いてくる。

ヒジリというこのライダー候補生は、とにかく女の子が好きで、どんな女の子にも片っ端から声をかける事で有名だ。彼は自分でもその性格を熟知しており、それが自分の美学だと自負しているので、私からは何も言うことはない。それを今日一日でうんざりする程知らされた私は、呆れたように笑い、曖昧に相槌を打つしかなかった。それは険悪なムードを防ぐための私なりの判断だった。

だが困った事になった。タクトには早くユゥジたちの誤解を解いてこちらもどうにかして欲しい。

そう思った時だった。
突然目の前が真っ暗になり、数秒後私はタクトに抱きしめられていた事にようやく気付いた。



「え……タクト、くん!?」
「断る! というかお前たち、見るな! 教官補佐を見るな! いやらしい目でももを見るんじゃない!」

「……いや、ももはタクトが連れてきたんだろ?」
「うっ……」

懸命に私を守ってくれているのだろうが、すぐにユゥジにそう突っ込まれると、タクトの体温が僅かに上昇し、終いには言葉を詰まらせてしまったようだった。

「……というかオチャヅケはどうしたんだ! どこへ行った!?」

タクトの声が部分的に裏返り、ひどくテンパっている事が分かる。

「オチャヅケならお散歩に出掛けたよ? タクトが出てったすぐ後に」

本来の目的でもあるオチャヅケの姿がないのに気付き、ようやくタクトがその存在を問うと、ヒロがあっけらかんとそう言った。
タクトは一言、なんだって、と言った後、絶句した。

「じゃあな、俺らそろそろ行くわ。タクト、俺らが居ないからって、ももとエロいことするんじゃねーぞ?」
「……」

ヒジリのその声を皮切りに、彼らはゾロゾロと部屋から出て行った。





「タクトくん……大丈夫?」

ゆっくりとタクトの背中に手を回し、そのまま彼をベッドへ座らせる。

「す、すまない。貴方にはずいぶん迷惑をかけてしまったな。……というか、寒くないか? 湯冷めしたんじゃないのか?」

心配そうに私を見るタクトは、まるで子供のように不安げだ。

「私なら大丈夫。それよりタクトくん、とりあえず良かったね」
「あ、ああ」

彼を励ますも、それでもまだどこか不安そうな表情は変わらない。オチャヅケの事以外にも何か不安な事があるのだろうか。

「……タクトくん?」
「もも……。ひとつ聞きたい」
「え?」
「今、僕は貴方にとても情けない姿を見せてしまったが……貴方は僕に幻滅しただろうか」
「……はい?」
「ひとつ言わせてほしい。本来の僕は、あんなに無様ではないんだ。いつもなら事の次第を冷静に判断し、しっかりと解決に至る道を見つけるのだが、今回は対象物がオチャヅケだったせいで、いつもの判断力を失っていた……。だから……」
「わかった。わかったよ、タクトくん」

ようやくいつもの理屈っぽい饒舌さを復活させた彼が言い訳を始めるのだが、私はそれを止めて彼の背中を優しく撫でた。
耳まで真っ赤になったタクトは、ほんの少し躊躇った後、私の背中に手を回した。





1/1
←|→

≪short
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -