「んー……どう書いたらいいのか分かんねぇ」

現在わたしの部屋のリビングでうんうんと唸り声を上げているのは、わたしの学生時代のパートナーだった翔くんだ。早乙女学園を卒業してシャイニング事務所に所属した現在も、わたしと翔くんはパートナー関係を継続している。
翔くんは仕事がオフの日はほとんどわたしの部屋に入り浸りで、ただ何となくのんびりと過ごす事が多い。翔くんが言うには、わたしの部屋でわたしの顔を見ていると、日頃の忙しさを忘れられるから楽なのだそうだ。ちょっと失礼しちゃうんじゃないかとも思ったが、時々恥ずかしそうに膝枕を要求する可愛い翔くんを見れるのも、彼女の特権というものだろうから、その真意は深く追及せずにおく。

それにしても先ほどから翔くんはずいぶん頭を悩ませているようだ。
それは全て彼の律儀で誠実な性格のせいなのだが、けれどそれはそれで翔くんの長所でもあるし、仕方のない事のように思う。


「あー頭いてぇ……。なぁもも〜、ちっとだけ一緒に考えてくんねー?」

もうお手上げだとばかりにペンを持つ手を挙げ、大きくあくびをする。ガタンとガラステーブルが揺れ、その衝撃でテーブルの上から何通かの手紙が床に落ちた。それこそが翔くんの頭痛の原因でもあり、また、人気の象徴でもあるのだが。

翔くんは近頃よくファンレターをもらうようになった。元々アイドルとしての素質はじゅうぶんあるし、加えて翔くんは努力家で運動神経も抜群だ。それで彼の人気が出ない訳がない。
そんな翔くんは、ファンレターの返事を書くのがすこぶる苦手で、最近では部屋に来てもずっと手紙とにらめっこをしている状態が続いていたのだった。


「ファンレターの返事を事務所やマネージャーに任せるヤツもいるけどさ、俺はちゃんと自分で書きたいんだ。一言でもな」
「翔くん……」

最近少しはわたしも構って欲しいと思っていたが、ファンの気持ちを大事にしたいと言う翔くんにそう正直に言う事などできず、とりあえずわたしは曖昧に笑って彼の隣に座った。

「ファンレターってさ、貰えるだけですっげー元気になるんだよな。いくら好きだ好きだって言っても、実際手紙を書くってのはすごく労力がいるだろ? その労力を使ってまで俺にファンレター書いてくれるんだから、俺もそれに応えねーと」

翔くんはやっぱり律儀でかっこいい。翔くんのファンは、ファンでいることがきっとわたしと同じくらい幸せなのだと思う。
わたしがそう思考を巡らせ、思わず翔くんに見とれていると、翔くんがふいにこちらを向き、その瞬間ばっちりと目が合ってしまった。思った以上に至近距離で、恋人同士とはいえ妙に恥ずかしい。

「な、どうしたんだよもも、なんだか神妙な顔してるけど……」
「う……ううん、何でもない。じゃあ、一緒に考えよう」
「お、おう、サンキュー……」

翔くんの頬が僅かに紅潮し、慌ててわたしから目をそらす。ゴホンとわざとらしく咳払いをした翔くんは、ぱらぱらと手紙を見直してそれをテーブルの上に並べた。

彼と一緒に返事を考える事になったわたしは、どんな返事をもらったら嬉しいかをファンの身になって一生懸命考えた。こういう返事を貰うと嬉しいのではとアドバイスすると、隣で翔くんがうんうんと相槌を打ちながらそれをまとめ、しっかりと返事を書いていく。その横顔はとても真摯で、のろけかもしれないが本当に格好良いと思った。



「……ん? のわっ! そ、そんなにまじまじと見るなよなっ!」
「え? あ、ごめんね!」

わたしの視線に気付いた翔くんが体ごと後ろに仰け反らせ、みるみるうちに顔を赤くした。わたしがすぐに謝ると、別に謝らなくてもいいけどよ、ともごもご口ごもらせながら顔を背ける。彼の照れた顔はすごく可愛い。わたしは翔くんに気付かれないようにくすりと声を殺して笑った。






「はー、終わったぁ!」
「翔くんお疲れさま!」

数時間後、わたしと翔くんは揃ってソファの背もたれに体を預けた。翔くんが気持ち良さそうに腕を伸ばす。その瞬間、翔くんのポケットから一通の手紙が飛び出した。

「翔くん、ファンレターもう一通あったよ」
「え? あ、それは!」

わたしがそれを拾って翔くんに渡すと、彼はずいぶん慌てて手紙を奪い取った。

「どうしたの? っていうか……また返事書かなきゃだね」
「……」

わたしが話しかけても、翔くんは返事をせず、じっとその手紙を見つめていた。

「翔くん……?」
「え? あ、うん、わりぃ……」

そのファンレターをしばらくじっと見つめていた翔くんは、やがてひとつため息を吐き、観念したようにそれをわたしへ寄越した。

「え?」

思わず首を傾げて翔くんを見ると、彼はとてもばつが悪そうに頭をがしがしと掻きむしった。

「それ、ももの」
「え?」
「だーかーらー、それはお前宛にきたファンレターなの!」
「……え!? わ、わたし!?」

有り得ない事だと思った。表舞台で活躍する翔くんとは違い、わたしは決して目立つ事のない裏方で、そんな裏方にまでファンレターをくれる人がいるなんて、なかなか信じられるものではない。

「な、なんでわたし!?」
「……知らねぇよ」
「で、でもっ……これって、わたしの曲が誰かの心に残ったって事で……喜んでいいんだよね!?」
「……いいんじゃねーの?」

わたしはそのファンレターを両手で握りしめた。この高揚した気持ちはなかなかおさまりそうにない。



「あーあ……だから渡したくなかったんだよな、それ」

弾む心をできるだけ抑え、ゆっくりとその手紙を読んでいると、ふと隣で翔くんがつまらなそうにそう呟いた。

「どうしたの? 翔くん」

手紙から翔くんに視線を移し彼と目を合わせた瞬間、わたしは突然翔くんに強く抱きしめられた。その腕の力は徐々に強くなっていき、自然と密着している事実に気付くととても恥ずかしくなってしまう。

「わ、わりぃ……でも今はももを離したくねぇんだ……。なんつーか、その、ファンレターを読んで喜んでるももを見るのって、正直ムカつく……」
「え、ええっ!?」

翔くんの吐息まじりの声がそっと耳を掠めた。なんだかとても顔が熱い。

「そ、そんな……。確かにわたしがファンレターなんてって思うけど……でもわたしだって誰かに認められたら嬉しいし……」
「ち、ちげーよ! 俺がムカついてんのは、このファンレターを読んでる間、お前が俺以外の奴の事を考えてるって事で……ももの曲を認めてねぇとかそういうんじゃなくだな。……と、とにかくお前の頭ん中に俺以外の奴が存在する事が我慢できねーんだ!」

翔くんががぶりとわたしの耳に噛み付く。それは決して乱暴にではなく、翔くんなりの優しいキスなのだが。

「しょ、翔くん……」
「お前は俺だけのもんなんだ……異論は認めねぇ!」
「わ……」

その瞬間、わたしは彼の逞しい腕によってソファへ押し倒されていた。目を見開くと翔くんの真っ赤な顔が目の前にあり、恥ずかしがりやの彼がずいぶん無理をしている事に気付く。

「抵抗なんか、するなよな」
「ん……」

首を傾げて翔くんが私の唇に自分のそれを重ねる。翔くんの髪の毛が頬に触れ、少しくすぐったい。何かを考える間もなく翔くんの舌がわたしの唇をこじ開ける。
わたしは握っていたファンレターをその場に落とし、その手をしっかりと翔くんの首に回した。

翔くんは知っているのだろうか。
わたしだって翔くんがファンレターの返事を考えている間中、ずっと顔の見えない女の子たちに嫉妬していた事を。きっと翔くんの事だから、知らないに違いない。なにせ私の彼は本人すら自覚のない鈍感なのだから。





おわり

 

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