半強制ルームシェア




困った事になった。

ひょんな事からわたしは、今日から真斗くん、一ノ瀬さんの二人と、共同生活を送る事になってしまったのだ。



その知らせを受けたのは、つい先ほどの事だった。
事務所に所属しているわたしたちの住む寮が全面改築することになり、ほんの数ヶ月の間、寮生全員が別の場所で暮らす事になったのだ。ほんの数ヶ月の間だが、事務所の寮生が全員別の場所へ移るのだから、容易な大きさの建物でない限り、一人一部屋は到底無理だ。
そこで早乙女社長が提案したのが、三人一組でのルームシェアだった。その案にはわたしも大賛成だった。学生時代を思い出すし、それを考えるととても楽しそうだ。

だが。
せめて男女の区別はしてほしかったと思う。友人のハルや友千香もその決定に対して文句を言い、真斗くんや一ノ瀬さんも良識を疑うと社長に詰め寄ったのだが、あの社長の事だ、追い詰められれば追い詰められるほど意固地になってしまったようで、その決定は訂正されるどころか確定へ決まったのだった。
社長の公正なくじ引きによって決まった三人一組の組み合わせも、当然ながら覆る事はなかった。男女が同じ部屋で暮らす事になろうとは。本当に困った事になったと思った。



「とりあえず、各々のテリトリーを決めておきましょうか」
「テリトリー、ですか」

自分たちの荷物を一通り運び込んだ後、一ノ瀬さんがわたしたちに一言そう言った。
こんな事態だというのに相変わらず一ノ瀬さんは冷静で、HAYATOの時とは別人のように落ち着いている。本当に同一人物かしらと何度思ったかしれない。でも、一ノ瀬さんはそういう事を言うとほぼ間違いなく不機嫌全開になるので、本人の前ではなるべくHAYATOの話題は出さないようにしている。

それにしてもテリトリーだなんて、そんな堅苦しい事など追々決めれば良いのに、とも思ったのだが、もちろん反論などすることもできず、結局わたしは一ノ瀬さんの提案に従う事になるのだった。


「ええと、ここはリビングダイニングの他に部屋が二つあるようですね。和室と洋間のようです。ええと、では私は洋間を使わせてもらいますね」
「そうか。ならば俺は和室を使わせてもらうか」
「それじゃあ決まりですね」
「ああ」
「え!? ちょっ……待っ」

話がどんどん進み、滞りなく終わろうとしている。部屋割りを決めるのに、わたし抜きで相談だなんて、ひどいにも程がある。これはわたしが自分で突っ込むしかないのだろうか。

「あ、あのー……」

わたしがおずおずと口を挟むと、真斗くんと一ノ瀬さんが不思議そうにこちらを向く。
真斗くんの場合は本気で分からないのかもしれないが、一ノ瀬さんの場合、明らかにわざとやっているような気もする。もちろんそれに対して文句を言うことなどできはしないが。

「わたし、これでも一応女なので、自分の部屋がないと困るんですけど……」
「……」
「……」
「う……」

なんだろうか、この無言の圧力は。これではまるでわたしが非常識な事を言ってるみたいじゃないか。釈然としない。

「あ、ほら、着替えとか、まさかリビングでする訳にもいかないし、ね?」
「別に私は君がリビングで着替えをしていても構いませんが」
「お、俺もなるべく見ないように、するから……っ」

真斗くんが頬を紅潮させている。この際可愛いなと思った事は心の隅に置いておくとして、ここは女としてもう少し食い下がらなければ。

「ええと、わたしにもプライバシーというものがあってですね……」
「私には君以上にプライバシーがありますよ」
「そ、そんな……」
「……」

なんだか女としても人間としても一ノ瀬さんに負けたような気がするが、それは考えないようにしよう。ここまで言われたら、何か一泡吹かせてやらねば気が済まない。けれど、すぐに後が怖いというジレンマに陥る。
しかし。しかしやはり何もせずに引き下がる訳にはいかない。わたしは意を決し、精一杯嫌味な顔を作った。

「ふ、ふーん……。そうだよね、一ノ瀬さんも男だもんね、一人でしたい事とか見たい成人向けのものとか色々あるよね! それならいいの!」
「……あなたが今何を考えたかは問い質さずにおきましょう。とにかくさくら、そこまで言うのなら、今日から君を私の奴隷にしてあげましょう。良かったですね?」

一ノ瀬さんの目が鋭く光る。
わたしは自慢ではないが、空気を読むのが得意だ。確かに私も少し意地悪を言い過ぎてしまったかもしれないが、怒っている一ノ瀬さんの笑顔はそら恐ろしい。ほんの少し前の自分の言動をすぐに後悔してしまいそうだ。そんな彼の目を見るだけで、一ノ瀬さんがわたしに何を言わんとしているかなど一目瞭然だった。


「わ、わかりました。わたしは部屋はいりません……」
「そうですか。殊勝な心がけですね、良い子です」
「ほ、本当に良いのか、さくら。やはり俺と一緒に和室で寝食を共にしないか」
「えっ!? そ、それこそまずいよ! 気を遣わないで真斗くん、私ならいいの」

どうせ食い下がったところで部屋がもらえる訳でもなし、これ以上抵抗するだけ無駄というものだ。
心配そうにわたしの肩を抱く真斗くんに張り付けた笑みを見せ、わたしはこっそりと一ノ瀬さんを睨んだ。とりあえずわたしは、作曲に必要なキーボードと着替えをリビングの隅に置かせてもらい、備え付けの大きなソファに体を預けた。
これから始まる共同生活に不安を抱いたのは、言うまでもない。




つづく

 

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