君と明日を歩いて行く




神様なんてちっとも信じていなかったわたしが、突然神様にすがりたくなったとしても、神様はわたしを救ってくれるだろうか。



今朝わたしが目を覚ますと、隣から聞こえるはずのない寝息が耳に届いた。嫌な予感ばかりが胸の内に湧き上がる。そもそもわたしには、昨夜誰かと一緒にベッドへ入ったという記憶など皆無だったし、自分がいつベッドへ入ったのかすら覚えてはいなかった。
こめかみに手を当て、必死に昨夜の事を思い出そうとするも、なぜかそこだけ靄がかかったように曖昧で、いくら頑張っても鮮明な記憶など蘇っては来なかった。


「落ち着け、わたし……。昨日の事を一から思い出すんだ……」

寝息のする方へ背を向け、わたしはベッドの中でできるだけ速く頭を回転させ、昨夜の事を思い出す。

確か昨日は、これからもみんなで頑張ろうということで、音也くんや那月くん、それにハルを招いてちょっとした飲み会が開かれたのだった。
それがトキヤ考案だったと後で聞かされた時は、意外すぎて胸が熱くなったのを覚えている。
わたしはトキヤに迷惑をかけてしまったあのネット上の画像の事を、ずいぶん気にしていた。トキヤ自身は全く気にしていないし、だからさくらも気にしないようにとは言っていたが、やはり気にしない訳にもいかず、わたしは彼の人気や今後の仕事に影響をきたすのではないかと内心気が気ではなかった。おそらくトキヤはそんな小心なわたしの胸中にとっくに気付いていたのだと思う。いつまでも作曲作業がはかどらないわたしを励まそうと、こういう場を設けてくれたのだと容易に推測できた。
わたしはそんな彼へ何も返す事ができない。自分の不甲斐なさをこれ程恨めしく思った事はなかった。



「ええと……昨日は音也くんがハルと一緒にお酒を持って来て、その後那月くんがクッキー持参でやって来て、いつの間にか飲み会が始まって……」

次第に賑やかになっていく室内に、今まで不安に押し潰されそうだったわたしの心はひどく安らいでいった。部屋の真ん中では音也くんがギターを弾き、那月くんが楽しそうに熱唱していた。ハルが隣で飲めないお酒を無理に飲み、わたしに笑って見せる。そんな賑やかな室内を見回し、わたしは改めて自分の居場所の幸せさを実感したのだった。

「ハルってほんと優しい……あの後すぐに酔い潰れて音也くんに送ってもらってたっけ。今度ハルに会ったら、ちゃんとありがとうって言わなくちゃ」

「う……ん」
「!」

懸命に思い出したその光景にうっかり温かい気持ちになっていたわたしは、すぐに隣から聞こえる声で再び現実に引き戻された。

「そ、そうだ。今はその後の事を思い出さなければ……」

反射的にベッドへ起き上がったわたしは、再びこめかみを押さえ、思考を巡らせた。

「……あれ?」

その瞬間、わたしは不意に違和感を感じた。
自分の体を良く見てみると、昨日着用していたはずの洋服が見当たらない。

「……」

端的に言えば、ブラジャーを着けてはいるものの、それ以外は身に着けておらず、上半身はもはや裸に近い。これは目の錯覚だとか自分で無意識のうちに脱いだのだとか色々考えてはみたが、頭の中が混乱する一方なので、わたしは次第に考えるのをやめてしまった。
今はこの状況になる前の事を思い出さなければならないのだ。

「え、ええと……ハルと音也くんが帰った後、那月くんがぐっすり眠っちゃって、トキヤと真斗くんが那月くんを送って行ったんだっけ」


那月くんが持ってきたクッキーは、わたしたちの想像通りのものだった。真斗くんとトキヤが食べた彼のクッキーは惨憺たるもので、それでも尚那月くんはわたしたちに手作りクッキーを勧めてくる。そんな彼に追い詰められたわたしたちは、とうとうひとつの結論に辿り着いたのだった。

「こうなったら、四ノ宮を酒で潰すしかあるまい」

そう最初に言ったのは、真斗くんだった。
命の危機を感じていたわたしたちももちろんそれに賛同し、那月くんへ不自然にならないようどんどんお酒を勧めていった。那月くんはその顔に似合わず、ずいぶんとハイペースでお酒を飲んでいく。しかし、着実にアルコールは彼の体を侵略していった。
しばらくして那月くんが突然テーブルに突っ伏し寝息を立てると、わたしたちはようやく安堵のため息を吐いたのだった。

酔い潰れた那月くんは相当重かったらしく、結局トキヤと真斗くんが二人で部屋まで送って行った。確かに那月くんはずいぶん長身だし、人間眠ると重くなるとも言うし、二人がかりになるのは仕方のない事のように思う。

それからわたしたちはいつもの三人に戻り、少し寂しくなった室内に気付かぬふりをしながらそれぞれ好きなお酒を飲んだ。




「……やっぱりそこから全く記憶がない!」
「……どうしたんですか、こんな朝早くに」
「トトトト、トキヤ!」

何度思い出そうとしても蘇らない記憶にあきれ果て、頭を抱え込んだその時だった。隣から人が起き上がる気配がしたかと思うと、そこには当然のようにトキヤがいて、眠気の残る目を無理矢理こじ開けながらこちらを向いていた。もちろん彼も上半身には何も身に着けていない。

「ト、トキヤ……、昨日わたしたちに何があったの……」
「昨日、ですか? さくらはそれを私の口から言わせたいのですか?」
「え!? ちょっ……なんでそんなに照れてるの!?」
「……とても良かったですよ」
「なっ! う、ううううう嘘!」

おそるおそる聞いたわたしが後悔したのは、すぐだった。聞かなければ良かったと思ったが、もう遅い。

「神様! 嘘だと言ってください!」

祈るように手を組む無神論者なわたしを見たトキヤが吹き出すように笑い、堪える。しかし我慢できなかったのか、彼はついにはお腹を抱えながら爆笑してしまった。

「……トキヤ?」
「安心してください。私には酔った女性を襲う趣味はありません」
「え……」

トキヤの言う通りだとすると、わたしたちの間にはやましい事など一切なかったという事だろうか。それは以前わたしに襲いかかった前科のあるトキヤからは想像できない言葉だった。だが。

「考えてもみてください、さくら。嫌がる女性を襲うのと、無抵抗な女性を襲うのと、どちらが興奮すると思いますか?」
「……変態」

やはりトキヤはトキヤだった。犯罪スレスレな彼の発言にため息を吐き、わたしはベッドから飛び降りる。

「さくら、朝からいい眺めですね」
「え? ……あ!」

ベッドから出たばかりのわたしは反射的に再びベッドの中へ潜り込んだ。そういえば忘れかけていたが、わたしは今、裸に近い状態だったのだ。
隣を見ると、トキヤが楽しげに口元を緩ませ、こちらを見つめている。

「ちょ、ちょっと! そういえばこれ、どういう事!? トキヤがやったの!?」
「ええ。せめて寝る時は楽な格好にして差し上げなければと思ったので」
「ら、楽な格好って……!」
「本当はその下着も全て取ってあげようと思ったのですが、それはきちんとけじめを付けてからと、一応我慢しておきました」
「……」

本人は我慢したとは言っていたが、よくよく聞けばそれは我慢とは言わないような気がした。トキヤは困っているわたしを見て、とても楽しそうに笑った。自分でも整理しきれないこの状況に、わたしは眉を顰める。



「さくら」

不意にわたしの名を呼び、トキヤが枕の下へ手を伸ばした。そして中にあったそれを掴むと、おもむろにわたしの左手へ嵌め込む。


「これが、私のけじめです」
「……」

左手の薬指に嵌められたそれは、小さなピンクダイヤの乗ったシルバーの指輪だった。

「……」

何か言わなければとは思ったのだが、上手く言葉が出てこない。

「さくらの創り出す曲はどれも素晴らしいけれど、おそらく君には余裕というものが足りないのだと思います」
「よ、余裕……?」
「ええ。私が思うに、君は誰かに頼まれて曲を作るという事に不向きのように思います」
「……」
「私は君に、自由に好きな曲を作ってもらいたいのです」

確かにトキヤの言った事は的を射ていた。
わたしにはいつも余裕というものが足りない。毎回締め切りギリギリまで作業を繰り返し、結果、次の仕事にずいぶんと支障をきたしてしまっていた。それはわたしも自覚してはいたが、心のどこかで目を背けていたのだと思う。トキヤに指摘され、わたしは完全に目が覚めたようにすっきりしていた。


「これからは好きな時に好きなだけ、私のための曲を作ってください」
「トキヤのための……?」
「さくらの事は、私が守ります」
「……トキ、ヤ」

「私と、結婚しましょう」


いつもとは打って変わって別人のように真面目なトキヤが、わたしの鼓動を速めていった。





つづく

 

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