「あ」
「どうしました? さくら」
「今日って、ニャンニャンニャンで、猫の日だね」

後にわたしは、大した考えもなく二人の前でそう言ってしまった事を、深く後悔するのだった。


テレビのニュース番組の合間に放送していた猫特集の映像とカレンダーを見比べ、わたしが何気なくそう言った瞬間だった。トキヤと真斗くんが派手な音を立てて持っていたマグカップを置き、揃ってわたしの名を呼んだ。彼らはそれはそれはすごい形相をしており、わたしは驚いて思わずソファの上へ飛び乗った。すると彼らはそれを見逃さず、一瞬にしてわたしの両隣へ移動して来る。相変わらず似た者同士の二人のようで、彼らがわたしの両隣へ座るタイミングまでもがぴったりだった。

「な、何なの、トキヤも真斗くんも怖いんだけど……」

僅かに怯えるわたしの手を両側からしっかりと握り、彼らは完全にわたしの逃げ道を塞いだ。おそらくわたしは今日も彼らの気が済むまで逃げられないのだろう。心の中でそう諦め、わたしはそっとため息を吐くのだった。



「さくら、今君はニャンニャンの日とおっしゃいましたね?」
「え? いや、正確にはニャンニャンニャンで猫の日だねって言っただけだけど」
「ということは、今日こそさくらは私とニャンニャンしてくれるのですね?」
「は、はい!? っていうかニャンニャンってなに!? 何の隠語なの!? ちょっ、トキヤ顔が気持ち悪い!」

笑っているのか怒っているのかよく分からない表情で隣に座っていたトキヤがどんどんこちらへ顔を近付けてくるものだから、わたしはつい彼に向かってそう言ってしまった。反射的に言ってしまったとはいっても、トップアイドルへ向かって気持ち悪いだなど、トキヤに相当なダメージを与えてしまったのではないかと少し後悔したが、幸いな事に彼の耳にはわたしの文句など全く届いてはいないようだった。それどころかまた妙な事を頻りにブツブツと呟いている。怖い。

「そうですね……私とさくらがニャンニャンするには道具が必要ですね。先日買ったリードと首輪も役に立ちそうですし……あとは手頃な木の板などがあればなんとか楽しめそうです……」
「ん? 手頃な木の板? ……トキヤ、木の板なんて一体何に使うの?」
「聞いていたのですか、さくら。そんなの、決まっているじゃありませんか。木の板の使い道といえば」
「いい加減にしないか一ノ瀬! 女子に対してそんな破廉恥な事を強制するな!」

トキヤによる木の板の使い道についての説明を強引に遮断し、真斗くんがそう一喝する。その真斗くんの一言で、トキヤはようやく大人しくなったようだった。

「そもそもニャンニャンニャンとは猫の日であって、男女が破廉恥な事をする日ではない! だからさくら、今日は俺がお前の猫になる!」
「……ん?」

真斗くんの言い分の前半はおおいに賛同できるのだが、最後の一言がどうもおかしい。
わたしが思わず聞き返すと、真斗くんはとても恥ずかしそうに目を逸らした。おそらく恥ずかしいのは間違いなくわたしの方だと思うのだが、それを問い質す勇気はわたしにはなかった。

「さくら、これを」
「……なに、これ」

真斗くんに無理矢理押し付けられたそれは、大きなねこじゃらしのようなものだった。

「……もしかして、これで真斗くんをじゃれさせろって言うんじゃ……」

おそるおそる真斗くんに訊ねると、彼はわたしの不安を払拭するように、一言違うと呟いた。
しかしホッとしたのも束の間、真斗くんがねこじゃらしを持ったわたしの手を包み込むように握り、それで思い切り自身の足をひっぱたく。

「え、ええっ!? なになに、なんでわたし、真斗くんを叩いてるの!?」

いや、正確に言えば真斗くんに無理矢理真斗くん自身を叩かされただけなのだが、わたしとしてはとても不本意だ。しかし目の前の真斗くんに目をやると、なぜか彼はとても恍惚とした表情をしていて、わたしはさらに釈然としない気持ちに陥るのだった。

「さくら、どんどん俺を叩いてくれ。さくらの気の済むまでな」
「え……、いや、叩かないよ、わたし……」
「な……なぜだ!?」
「いや、なぜだ、は、こっちのセリフなんだけど……」
「そうですよ。いい加減その被虐趣味をなんとかしたらどうなのです。アイドルたるものの趣味とは思えません」

わたしが拒否の意を示した事で落ち込む真斗くんへ、さらにトキヤが追い討ちをかける。トキヤには鏡でも見せてやりたい所だったが、ややこしくなりそうなのでやめておいた。


「とにかくトキヤも真斗くんもいい加減にして」
「けど! 今日は堂々とさくらとニャンニャンできる日ですよ!?」
「だからそれ違うから」
「そうだ! 今日は俺がさくらに猫として虐めてもらう日だ!」
「もう真斗くんは黙っててお願い」

わたしたちの混沌とした言い合いも終盤に差し掛かった頃、ふと窓の外から、にゃあという鳴き声が聞こえた。
三人揃ってそちらへ視線を移すと、そこには黒い艶のある毛並みの猫がじっとこちらを見つめて鳴き声をあげていた。猫の視線を辿るに、どうやらテーブルの上のおつまみを狙っているようだった。

「ほらほら二人とも、今日はれっきとした猫の日なんだから、あの猫ちゃんに、この小魚でもあげてきたら?」

わたしは妙な理屈で猫の日をねじ曲げようとする二人に、無理矢理小魚を持たせ、窓の方へ押しやった。
わたしに促された二人は渋々ながらもその猫へ小魚をあげていたが、次第にその猫が可愛くなったのだろう、さらにはミルクまでもを持って来て、窓枠へ置いてあげていた。

とりあえず、今日はれっきとした猫の日だ。その日が妙な日に乗っ取られずに済んで、本当に良かったと思った。





おわり


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