kisses




先日ソングステーションで音也くんが言った通り、トキヤと真斗くんは明日から一週間の休暇が貰えるらしい。
こんなに長い大型連休など、おそらく彼らにとっても初めての事なのだろうと思う。連休前日の今日、仕事から帰ってきた二人は、ソファで終始機嫌良くコーヒーを飲んでいる。時折聞こえる彼らの話し声は、どこかとても楽しそうだった。

あれからわたしは何とか依頼されていた曲が完成し、ようやく一段落つく事ができたのだが、休む間もなく次の曲に取りかからなければならなかった。前回の依頼に大分時間がかかってしまったため、消化スペースの遅いわたしにはのんびりしている暇がないのだ。



しかし。


しかし、なぜわたしは今、こんな所にいるのだろう。
見上げれば広がる青空、賑わう家族連れ、そしてわたしの両側にはトキヤと真斗くん。

「なぜ!」

ここは海の近くに建てられた大きな観覧車が目を引く遊園地。わたしたちは今まさにその入り口にいた。

「何をそんなに大声で驚いているのですか」

トキヤの呆れ声が右側から響く。これが驚かずにいられるかと突っ込みたかったが、横目で盗み見た彼の表情がめずらしく楽しげだったので、それはやめておく事にした。

「あ、あのさ、つかぬことをお伺いしますが」
「なんださくら、どうした、改まって」
「……トキヤも真斗くんも、休日はゆっくり部屋で休む予定のはずじゃなかった?」

楽しそうに入り口ゲートへ歩いて行く二人に、わたしは遠回しにここへ来た理由を訊いてみる。するとトキヤはすぐにこちらを振り向き、眼鏡の奥の目を鋭く光らせて意地悪く笑った。先日テレビで見たアイドルスマイルがまるで嘘のような笑顔だった。

「もちろん、予定変更です。昨夜聖川さんと話し合った結果、せっかくなので連休初日はさくらの好きそうな場所へ出かける事にしました」
「えっ……わたしの? なんで」
「すべてはさくらのため、だ」

真斗くんがそう言って穏やかに笑う。彼の笑顔はトキヤとほぼ正反対で、その笑顔を見るたびにわたしは、顔中が熱くなる。


「……さくら、まさか聖川さんに見とれているのですか?」
「えっ!? や、違うよ! そ、そうそう、っていうか、二人とも大人気アイドルなのに、周囲にバレたら大変じゃないの?」

トキヤに図星を指され、さらに顔が熱くなったわたしは、無理矢理話題を変えてそれを凌いだ。しかしそんな目論見もトキヤにはバレバレだったようで、目が合うと小さくくすりと笑われてしまったのだった。

「心配ない。そのために俺も一ノ瀬も、しっかり変装して来た」
「ええ。それにそれほど心配しなくても、普段着のアイドルなんて案外目立たないものです」
「そ、そうかな……」

今日はトキヤも真斗くんも伊達眼鏡に帽子を被り、しっかりと変装している。あまり大袈裟過ぎず、適度に周囲に溶け込んでいるその姿は、確かに目立ちはしないだろう。
しかし彼らは元が良すぎる。彼らがアイドルだとバレずとも、それとはまた別に目立ってしまいそうな気もするのだが。

「さ、もういい加減覚悟を決めて入りましょう。私も聖川さんも、ただ君の喜ぶ顔が見たくて、ここまで来たのですから」
「……」

未だ入り口付近で愚図るわたしにトキヤがそう甘く囁く。
おかしい。
今日のトキヤはどこかおかしい。
わたしはトキヤをじっと見つめると、無言のまま彼の額に手を当てた。

「……」
「……なんです? この手は」
「いや、トキヤがあまりにも優しいから、熱でもあるんじゃないかと……」

その瞬間、トキヤの眉がピクリと動いた。
ああ、不味い事をしてしまった、と思った時にはもう遅かった。

「ごっ、ごめんトキヤ! これはそういうつもりじゃないの」
「それではどういうつもりなのです? ……まぁ、それほど言うならばさくらのご要望通り、今日もたっぷり虐めて差し上げましょうか」
「ちょ……笑顔怖っ! じゃなくて! トキヤごめんってば!」
「さくら、一ノ瀬、とにかく入るぞ。こんなところで騒いでいたら目立つ」
「え? あ、そ、そっか……そうだね」

わたしとトキヤのやり取りをしばらく傍観していた真斗くんが、とうとう痺れを切らしたようで、わたしの腕を強引に引っ張った。真斗くんのその横顔が僅かに拗ねたように口を尖らせている。その表情があまりにも可愛くて、わたしは声を殺して笑うのだった。



案内板の前で目的のアトラクションを探す。
幾組もの家族連れやカップルたちがわたしたちの横を颯爽と通り過ぎて行く。確かにトキヤが先ほど言った通り、二人に気付く者はいないようだ。彼らが大人気アイドルだからと、わたしが気を回し過ぎていたのかもしれない。
ようやく安堵のため息を吐いたわたしは、今日は二人とできる限り楽しもうと心に決めた。


「さくら、まずは手始めにコーヒーカップにでも乗りますか?」
「いや、ここはやはりメリーゴーランドだろう」
「何言ってるの二人とも。やっぱり遊園地に来たらジェットコースターでしょ!」


「さくら、コーヒーカップなんかどうです?」
「いや、メリーゴーランドだ」
「え、ジェットコー」
「コーヒーカップなんかどうです!?」
「メッ、メリーゴーランドだ!」
「……なんで二人ともそんなにそのアトラクションを勧めるの? っていうかもしかして、二人ともジェットコースターを避けてる?」

最初のアトラクションを決めようと三人で話し合う。だが、わたしが乗りたいものを言うと、二人の挙動が揃っておかしくなった。故意にジェットコースターという単語から避けているような気がしてならない。わたしは交互に二人を一瞥し、意地悪く訊いてみた。

「もしかしてトキヤも真斗くんも、ジェットコースターが怖いの?」
「な、なな、何を言う! 俺は別にそんなもの、怖くなど……!」
「わ、私だって怖くなどありません!」
「……なるほど」

これは確実に絶叫マシンが怖いに違いない。そう確信したわたしは、日頃の鬱憤を晴らすべく二人の腕をしっかりと掴み、強引に引っ張って行くのだった。

今日は平日だったせいか、人気のアトラクションにさえそれほど並ばずともすんなり乗れそうだ。
大人しく順番を待つわたしたちの目の前のレールを物凄い速さでジェットコースターが通り過ぎて行く。それを見た彼らの顔は既に血の気が失せており、顔面蒼白と言っても過言ではなかった。

そうこうしているうちに、とうとうわたしたちの順番がやって来た。トキヤと真斗くんがわたしの腕を掴み、そしてそっと耳打ちをする。

「さくら……せ、せめて私の隣に乗ってください、お願いします」

いつもとは立場が逆転したかのようなトキヤに、ほんのりと罪悪感が湧いてきた。

「お、俺も、さくらの隣でないと嫌だ」

真斗くんもめずらしく我儘を言う。やはり無理矢理連れて来るべきではなかっただろうか。なんだか二人には悪いことをしてしまったような気がする。

「じゃ、じゃあさ、わたしは一人でいいから、トキヤと真斗くんが並んで乗りなよ」
「嫌です!」
「断固拒否する!」

二人はわたしが言い切らないうちに即答し、拒否の意を示した。こんな所で揉めて他人に迷惑をかける訳にもいかないし、早急にどうにかしなければ。とりあえず未だコースターの隣で睨み合いを続ける二人に説得を試みる。

「……仕方ないでしょ、これ、二人掛けなんだから」
「ですからさくらは私と」
「いや、俺とだ」

これは困った事になった。もうほぼ全員が乗り込もうとしているのに、いつまで経っても二人が乗ろうとしない。やはり無理矢理連れて来るのではなかった。今更反省してもどうにもならないのだが。

「さくら」
「え?」

不意にトキヤが私の手を引っ張り、もじもじと目を泳がせる。どうしたのと首を傾げれば、彼は意を決して口を開いた。

「……さくらちゃん、お願いにゃぁ……ボクの隣に、乗って?」
「!!」

わたしの心臓がいつもとは比べ物にならないくらいの速さで脈を打っている。目の前の生HAYATOに思わず目眩がした。

「だ、だめ、そんな可愛く言ってもだめ……」

なんとか絞り出した声は途切れ途切れで、わたしの息は上がるばかりだった。わたしがなんとか繋いだ理性で断ると、トキヤが小さく舌打ちをするのが分かった。

「さくら、俺の、隣に……」
「へ? ま、真斗くん?」

今度は真斗くんがまるで小学生のようにわたしの服の端をそっと掴んでいる。
二人ともわたしよりずっと大きいのに、ジェットコースターを前にするとまるで可愛い子犬のようで、どちらも見捨てる事などできそうもなかった。

いつまでもそこに居る事もできず、結局わたしは一人でジェットコースターを二周するはめになったのだった。




「トキヤ、一緒に乗った時、変なとこ触ったでしょ!」
「そうでしたか? さくらが無理矢理乗せたジェットコースターは予想以上に速くて怖かったので、乗っている最中の事はよく覚えていませんね」
「……っぐ、それについてはほんと反省してます……。ごめんね」
「……さくら、けっこう胸あるんですね」
「なっ! へ、変態っ!」

トキヤと乗った一周目は密着しているのを良い事に、変な所を色々触られたような気がする。ジェットコースターを怖いと言っていたのが嘘みたいに余裕のある触りぶりだった。

「さくら、そ、その、夢中だったとはいえ、何度も何度もさくらの聖域を犯してしまった事……反省している! すまない!」
「ちょ、ちょっと真斗くん、その言い方は誤解を招くから!」
「聖川さん! さくらの聖域を犯したとは……ついにさくらと一線を越えてしまったのですか!?」
「ちょ……ジェットコースターに乗りながらとか普通に考えて無理だから!」
「しかし!」

真斗くんの言う聖域とはどうやら太ももの辺りを言うらしいのだが、彼はジェットコースターに乗っている間中ずっとわたしの太ももに手を置いていた。余程怖いのだろうとそっとしておいたのだから、謝らずとも良いのに、真斗くんは相変わらず律義だ。

しかしまだアトラクションひとつ目だと言うのに、わたしはなんだかどっと疲れてしまったような気がする。


その後わたしたちは真斗くんたっての希望でメリーゴーランドへ向かった。年齢的にあまり乗りたくはないアトラクションだったが、彼らを無理矢理ジェットコースターへ乗せた手前、拒否はできない。それに下手に揉めても無駄に目立ちそうだったので、この際わたしは自分の中の恥を潔く捨てる事にした。
ただし、真斗くんがメリーゴーランドの外から撮っていたわたしの写真は、帰ったら没収する事にする。

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