セパレイトブルー




部屋の中からトキヤと真斗くんの声が聞こえる。

バッグの中から部屋の鍵を出し、そのまま腕時計を確認すると、時刻は既に二十三時を回っていた。どうやらわたしが作曲作業の合間にコンビニへ足を運んでいた数分の間に、トキヤと真斗くんが帰宅していたのだと思われる。
しかし何を言っているのかは知らないが、めずらしくあの二人が言い合いをしている。時間も時間だし、早急に何とかしなければと思ったわたしは、急いで扉の鍵を開け、二人の元へと急いだ。



「ただいま。どうしたの二人とも、けんか?」
「さくら!」
「どこへ行っていたのだ。心配したぞ」
「え? あ、ちょっとコンビニに……」

わたしがリビングに足を踏み入れると、途端にトキヤと真斗くんがこちらへ射竦めるような視線を向けた。一体何がどうなっているのか分からず、わたしは二人を交互に見つめる。

「こんな時間なのに、部屋にお前が居ないから、誘拐でもされたと思ったではないか!」
「本当です。もう少し遅かったら、警察へ捜索願いを出すところでしたよ」
「……」

心配の度合いはどうかと思うが、とりあえず二人はわたしを心配してくれていたようだった。
だが言い訳をすれば、わたしが外出したのは高々ほんの数分間で、特にそこまで心配されるような事はないように思う。確かに心配してくれるのは嬉しいが、それにしてもさすがにこれは過保護過ぎると思う。


「とにかく寒かったでしょう。こちらへ」
「あ、うん、ありがとう……」

トキヤに促され、わたしはソファの真ん中へ腰を降ろした。それを確認した彼らが二人揃ってキッチンへ向かい、そしてすぐにマグカップを手に戻って来る。

「どうぞ。さくらの好きなココアです」
「ほら、温まるから飲むといい。熱い緑茶だ」

二人が両側に座り、そして自分の持ってきた飲み物をわたしに勧める。二人とも今日は妙に笑顔がまぶしい。ただ、笑えば笑うほど、トキヤの笑顔は怖くなっていくのだった。まぁ、そんな事は口が裂けても言えないが。


「……」
「どうした、飲まないのか?」
「せっかくの温かい飲み物が冷めてしまいますよ?」

数分後、わたしはまだ二人の間でどちらの飲み物を飲めば良いのか分からずに頭を悩ませていた。あちら立てればこちらが立たずといった状況で、二人の手前おいそれとどちらかに手を付ける事ができなかったのだ。

「ええと、ありがとう。でも今は喉乾いてないから……」

なんとか理由を付けて飲み物を断ると、二人は少し肩を落として残念がった。ちょっと悪いことをしてしまっただろうか。後でしっかりどちらもいただこうと思う。





「ところでさくら、君にお願いがあります」
「奇遇だな。俺もさくらに頼みたい事があったのだ」

二人の間でどうしたものかと思っていると、不意に彼らがそう切り出した。とりあえず飲み物の件は有耶無耶になってくれそうなので、わたしは黙って二人のお願いというものを聞く事にする。
二人はお互いに目を合わせ、そしてぴくりと眉を動かした。

「さくら、次の俺の新曲を、お前に作ってもらいたい」
「聖川さん、それは今私がお願いしようとしていた事です」
「残念だったな一ノ瀬。俺の方が早かった」
「順番は関係ありません」
「なにっ……!」
「ちょ、ちょっと待って!」

急に何を言い出すのかと思えば、新曲の依頼なんて真斗くんもトキヤも一人で決められる訳などなかろうに。さらにそんな些細な事で言い合いに発展しそうな二人を、気付けばわたしは必死で止めに入っていた。

「なんですか、さくら。聖川さんに遠慮する事はありませんよ。さあ、私の曲を作るといいなさい」
「強制はするな一ノ瀬。あくまでもさくらの意思で決める事だろう」
「別に私は強制させてなどいません」
「いいや、させている」
「だ、だからちょっと待って! 二人の気持ちは嬉しいけど……」

再び両側から言い合いを始めようとする二人をわたしは急いで手で制す。

「あのね、実はわたし、今手掛けてる曲の構想が上手くまとまらなくて手間取ってるの……。いつ終わるかさえ分からない状況だから、そんな事言われても、簡単に約束はできないよ」

実際、わたしの作曲活動は、現在ずいぶん行き詰まっていた。歌ってくれる予定の相手がまだデビューしたてのアイドルというせいもあり、彼らしい曲調というものがなかなか掴めず、わたしはもう何日も頭を悩ませていたのだ。だからわたしの曲を歌いたいと言ってくれるトキヤと真斗くんには悪いが、今は目の前の事に手一杯で先の事など考えてはいられない。


「さくらが今手掛けている曲は確か……今年早乙女学園を卒業したばかりのアイドルのためのデビュー曲でしたね」
「うん……。その子のデビュー曲なんて、責任重大かも」
「そうか。それでは仕方ない。次こそはさくらの曲を歌いたいと思っていたが、あまりお前に負担をかけるのも良くないしな」
「そうですね。……しかしさくら、私の気持ちはしっかり覚えておいてくださいね」
「俺の気持ちも、な」
「うん……ありがとう」

今まであまり吐露した事のないわたしの事情を聞いた二人がめずらしく大人しく引き下がった。それどころか自分の気持ちを抑えてまでわたしを慰めてくれる二人に、わたしはついこのまま甘えてしまいそうになる。
だがそれは許されない。これでも一応プロの作曲家の端くれなのだから、泣き言など言わずに早く納得のいく曲を完成させなければ。
二人にはできるだけ気を遣わせたくはなかったが、今日に限っては、彼らに事情を話せて良かったような気がした。





気付けば時刻は真夜中を過ぎていた。トキヤと真斗くんはすでにパジャマと浴衣を着ており、もう寝るばかりの格好だ。

「日付けも変わっちゃったし、そろそろ寝ようか」
「寝るってさくら……」

「私と聖川さん、どっちとです!?」
「は、はい!?」

空耳かと思い、一応もう一度聞き返す。だが、わたしが聞き返したところで、返って来る言葉に変わりはなかった。

「さくらは私と聖川さん、どちらと寝るつもりですか」

もう突っ込む気力さえない。そもそもトキヤも真斗くんも頭脳明晰なはずなのに、なぜこんなに馬鹿なのか。それは未だに謎である。

「俺だろう、さくら。もし俺を選んでくれるなら、俺はお前が寝付くまで、耳元でずっと愛を囁いてやる」
「い、いや、真斗くんの声でそんな事されたら、逆に眠れなくなりそうだし……」
「それでは私と一緒ということでよろしいですね?」
「いやいや、よろしくないよ!」

なぜかどちらかを選ばなければベッドへ入る事もままならなそうな雰囲気で、わたしはそれを払拭しようと二人の誘い文句を必死に断った。
しかし、わたしが拒否したくらいで、この二人が大人しくなる確率は無に等しい。


「そもそも一ノ瀬、貴様は先日さくらの貞操を奪おうとしたばかりだというのに、少し図々しいぞ! さくらから離れろ!」
「失礼な。あれは合意の上での強姦プレイというものです。勘違いしないでください」
「ちょ、誤解されるような事言わないで! あれは確かに強姦未遂だったよ!? わたし訴えたら確実に勝つよ? なにせ証拠の映像と証人も居るんだから」
「えっ……! ちちち違います! さくらがあんな格好で私の前に現れたのが悪いのです……」

トキヤの顔色が少し変わったような気がした。おそらくわたしの反撃に焦りの色を見せているのだろう。トキヤのあの完璧なポーカーフェイスが僅かに崩れていたのが分かった。ちょっと面白い。




「そんな訳だから早く二人とも出て行って。わたしももう寝るから」

これでもう反撃もないだろうと思ったわたしは、二人をソファから追い出し、ベッドを広げた。

「待ってください、私の話を聞いてください。さくら、私とベッドを供にすれば、君は痛みが快感へ変わるという事がどういう事か良く分かるようになると……」
「はいはいはい」

とりあえずサディスティックな発言を最後まで繰り返すトキヤを洋間に押し込む。

「さくら、俺はお前のベッドになりたいんだ! いや、シーツになりたい! 踏んでく……」

そしてどうやらマゾヒストらしき真斗くんをも和室へ押し込んだ。



「はぁ……」

こんなに疲れたのは初めてだ。学生時代、彼らと同室だった音也くんと神宮寺くんを改めて尊敬する。あの二人と一年間も同じ部屋で過ごしていたなんて、音也くんも神宮寺くんもずいぶんと心が寛容なのだろうか。今度何か困った事があったら、思い切ってどちらかに相談してみる事にしようと強く思った。


「ふぁ……ねむ……」

もうすぐ一時になる。既にパジャマに着替える余力も無くなってしまったわたしは、その後そのまま倒れ込むようにベッドに潜り、朝までぐっすりと眠ったのだった。




つづく
 

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