「そういえばおなか空いたね」

時刻は正午を過ぎた頃だった。いくつかのアトラクションを周り一段落ついた時、わたしのおなかが空腹を告げた。
それを察した真斗くんが手に持っていたバスケットをわたしに掲げる。

「そうくると思って、弁当を作って来たのだが」
「わ! 真斗くんすごい! 嬉しい!」
「そこまで喜んでもらえると、作った甲斐があるな」

わたしたちは早速人気の少ない広場へ移動し、緑の芝生が広がるその上にレジャーシートを広げた。

「これは一ノ瀬のぶんで、これはさくらのぶんだ」
「ありがとうございます」
「ありがとう、真斗くん」

真斗くんからお弁当を受け取り、早速それを開ける。

「わ……」

わたしは一瞬目が点になった。それもそのはず。真斗くんがわたしに寄越したお弁当は、いくつものハートが詰まったカラフルなお弁当だった。キャラ弁とはまた違うのだろうが、ごはんもおかずも何もかもが綺麗なハート型をしている。一言で言えば、とても可愛いお弁当だった。真斗くんがこのお弁当を作っている姿を想像すると、ちょっと可笑しい。
お弁当を持ったまま真斗くんに視線を移すと、彼は驚くわたしをとても嬉しそうに眺めていた。

「真斗くん、いただきます」
「ああ」

自然と笑顔になり、真斗くんにいただきますと言ってからお弁当に箸を付ける。隣ではトキヤもいただきますと言ってお弁当を口にしていた。


「……おいしい! この卵焼きもハンバーグも可愛いしおいしい! 真斗くんのごはんはやっぱり最高!」

真斗くんのお弁当は、見た目も味も完璧としか言いようがなく、わたしはそれを一口食べただけで感嘆のため息が出てしまった。

「そ、そんなに褒めるような事でもなかろう。だが」

わたしの絶賛に真斗くんの頬が赤くなる。

「まぁ、将来は俺が家事を全て引き受けてもいい」
「え?」
「だからさくらは、安心して育児に専念してくれていいぞ」
「……真斗くん? 一体何の……」
「さくら、聖川さんの言葉に耳を貸してはいけません」

真斗くんのよく分からないぶっ飛んだ考えの真意を問い質そうとすると、不意に隣でお弁当を食べていたはずのトキヤがわたしの手を握った。

「な、なに? トキヤ……」
「私は家事を引き受けてあげることはできませんが、それ以外の事で……まぁ、特に夜のアレですが……。とにかく! それ以外の事で君を満足させると約束します!」
「一ノ瀬! 不埒な事を約束するな!」
「……」
「……」
「……」

二人の間に不穏な空気が流れる。箸は進むものの、無言がつらい。




ふと空を見上げると、あんなに晴れていた空がいつの間にか雲に覆われていた。

「いけませんね。一雨来そうです」
「さくら、片付けて屋根のある場所へ行くぞ」
「うん!」
「やばいな、もう降ってきたぞ」
「早く、こちらへ!」

急いで食べ終えたお弁当を片付けると、その後すぐにポツポツと雨が降ってきてしまった。トキヤが先導し、わたしたちがその後を追う。



「すみません、お願いします」

トキヤに手を引かれて乗ったそれは、この遊園地のシンボルでもある観覧車だった。わたしの後に真斗くんが乗り込み、係員がドアを閉めると、観覧車がゆっくりと動き出した。


「さ、さくら、私の隣に」
「いや、俺の隣だ」
「……あのね」

急いで走ってきたせいか、二人に説教をする気力もない。わたしは小さくため息を吐き、無言で真斗くんの隣に座った。

「なっ……! さくら! どういう事ですか、私の隣ではなく聖川さんの隣に座るとは!」
「えっ? ちょっ、なに……!」
「失礼します」

真斗くんの隣でのんびりと雨の打ち付ける窓を眺めていると、トキヤが突然わたしの隣に割り込んで来た。二人掛けのその場所に、三人が並んで座ったものだから、窮屈で仕方ない。

「通り雨ですよ。すぐに止みます」
「そうだな。もう空が明るくなってきている」

彼らとの距離が近い。緊張のせいか会話すら耳に入らないような状況だ。恥ずかしくて仕方ないこの状況で観覧車が一周する数十分もの間、ずっと我慢しなければならないとは、もはや拷問に近い。


窓を打ち付ける雨音が次第に小さくなって行く。雨のにおいがゴンドラの中に染み込んでくると、ようやく雲間から太陽が顔を覗かせた。


「そういえば、音也から聞いたのですが」

トキヤが不敵な笑みでわたしに顔を近付ける。相変わらず至近距離で見る彼の顔は、恐ろしいほど整っていて、一瞬息をするのも忘れる程だ。

「観覧車に乗ったカップルは、キスをするのが定番だそうです」
「え?」
「ああ、確かに俺も聞いた事がある」
「いや、わたしは無いよ!?」

トキヤがまた変な事を言い出したかと思えば、それに続いて真斗くんまでもが同意した。その瞬間、嫌な予感ばかりが頭をよぎる。

「では俺からいかせてもらう」
「え!? 真斗くんちょっ……ん」

二人の飛躍しすぎた思考回路を停止させようととりあえず真斗くんの方を向くと、彼は途端にその美しい顔をわたしに近付け、そしてそのまま唇を重ねた。目を瞑る真斗くんの睫毛がとても長く、その美しさに思わず今されている事を忘れそうになった。


「さ、次は私です」
「だ、だからトキヤもちょっと待ってってば……っ」

トキヤが有無を言わさずに強引に唇を押しつける。真斗くんよりも若干強引で、容赦なく舌を入れようとして来たので、わたしはトキヤの胸を叩いて離れるよう促した。
が、トキヤがそれで止めるはずもなく、とうとう真斗くんがわたしをトキヤから離してくれたのだった。

「一ノ瀬、長すぎだ!」
「ま、まったく! 真斗くんもトキヤもいい加減に……あ」

あまりにも言いたい事がありすぎて、二人に文句の一つや二つや三つでも言ってやりたいところだったが、目の前の光景があまりにも綺麗で、わたしは思わず言葉を失った。
雲間から零れる光がまるで神秘的で、ついそこから目が離せなくなる。

「天使の梯子、ですね」
「綺麗だね……」
「ああ」


「という訳で、いかがでした? 私と聖川さんが計画した、さくらの、曲完成お疲れさま会は」
「え……! 今日って、本当にわたしのため、だったの?」
「当然だ。さくらは今回、ずいぶん頑張っていたからな。これはせめてもの気分転換になればと思い、計画したのだ」
「真斗くん……」
「どうです? 来て良かったでしょう?」
「トキヤ……。うん、ありがとう」

今回の曲作りで、わたしは本当に長い間頭を悩ませた。共同生活を送る彼らにもずいぶん気を遣わせてしまったし迷惑もかけたと思う。
それなのに、彼らは自分たちの貴重な休日を使ってまでわたしを励ましてくれた。
それを知ったわたしは、それだけで思わず泣きそうになってしまった。


「泣いてるのですか? さくら」
「……さくら」

わたしを両側から強く抱きしめてくれる二人の温もりが心地よい。

「な、泣いてない……」


わたしの強がりを察してか、二人は何も言わずにその後もずっとわたしを抱きしめてくれていた。

わたしが早乙女学園に入学する時、これから先どんなことがあろうと、人前で泣いたりするものかと心に決めたていた事が、今日、僅かに揺らごうとしていた。




つづく

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