リクオ君!

私は勢い良く人間の姿をしたリクオ君にしがみ付いた。

怖かった。怖かった……っ
狸の息子に襲われた時と同じくらい怖かった!

「あの、君、誰?」

え?

「リクオ、君?」
「ボクの名前を知ってるって事は、奴良組の傘下の妖怪だよね。慌ててどうしたの? もしかして父さんに何かされた?」

軽蔑の眼差しを鯉伴さんに向けるリクオ君。
鯉伴さんは片足を投げ出して座ったまま、後ろ頭をボリボリと掻く。

「その嬢ちゃんには、何もしてやしねーよ」
「嘘つくと仏壇の前で母さんに報告するからね?」
「信用ないねぇ……。オレぁ」
「それより響華ちゃんはどうしたんだよ!」

鯉伴さんはリクオ君の言葉に難しい顔をして、腕を組んだ。

「オレの下に居たってぇのに、どこ行ったんだ?」
「下? 下ってどういう事?」
「リクオも大人になりゃあ判るこった」

鯉伴さんは、片目を閉じてニッと笑う。
しかし、リクオ君はそんな鯉伴さんに食い下がり、親子喧嘩らしきものが始まった。
私はそんな2人を茫然と見る。

おかしい。
リクオ君がこの姿を知らないなんて、あり得ない。
確実におかしい。

と、庭にドンッという大きな轟音が響き渡った。

「なんだ!?」
「どうした!?」
「敵襲か!?」

奴良組妖怪達が慌てて庭に集まる。
私も音がした方角に顔を向けると、その場からトンッと飛んだ。

植えられていた木々がなぎ倒されている。
その中心に3人の人影があった。
それは長い銀髪を肩口で軽く結ったお母さんと、金狐の姿となった天也お兄さん。
そして、人間の姿をした私だった。
月華お姉さんと容姿はうり二つだが、前髪の形と目の色が違う。
この人間は確かに私だ。
どういうことだろう?
首を傾げていると、お母さんは私に視線を寄越す。
そして、ほっとしたように息を吐きだした。

「天也の感覚を頼って良かったよ。本当に。心配させるんじゃないよ。響華」
「どういう事?」
「まだ状況が飲み込めて無いのかい? かっはははは。響華らしいねぇ。ここはね、この子の世界なのさ」

お母さんは人間の私と同じ顔をした少女の頭にぽんっと手を乗せた。
その少女は困ったような表情で私とお母さんを見比べる。

「朝、この子がこっちの世界に居て、あんたがいなくなってたのさ。入れ替わったのは、多分この子の状況の所為さ」
「あ、あの、ご迷惑をおかけしました!」

私と同じ顔をした少女は、勢い良く頭を下げる。

「えっと、あの、どうしていいか判らなくなって、一回どこかで頭の中を整理したい、って思ったら、あなたの世界に来ちゃってて…」

どういう状況か、いまいち良く判らない。
眉を顰めていると、後ろから鯉伴さんとリクオ君が私の名前を呼びながら、走って来た。

「響華!」「響華ちゃん!」

私と同じ顔をした少女は鯉伴さんの顔を見ると、真っ赤になって俯く。

ん?

「いつの間に庭に出たんだい? 急に居なくなって肝が冷えたぜ」
「響華ちゃん、具合は大丈夫?」

その少女の頭の上に手を乗せる鯉伴さんと、心配そうに顔を覗き込むリクオ君。
ああ、この子の世界って言うのは、目の前の私と同じ顔をした少女の生きる世界っていう意味だったんだ。
同じ容姿に同じ名前。でも、鯉伴さんが生きてる世界。
でも、なんでリクオ君は私のこの姿を知らないんだろう?

首を傾げていると、傍に寄って来た天也兄さんが口を開いた。

「時空間のずれだよ」
「時空間?」
「追々教えてあげる」

そんなものが関係してるんだ、と思っていたら、突然ゴンッと鈍い音が響き渡った。
音がした方を振り向くと、頭を押さえ蹲っている鯉伴さんにそれを心配げにしている同じ顔の少女。そしてその傍で目を丸くして吃驚しているリクオ君が居た。
その3人の傍には大きな金ダライが落ちていた。

「いてぇじゃねぇか。天華!」
「こっちの私に代わって天誅さ。あんたこっちの響華に色々したそうじゃないかい?」
「こっちの?」
「あんたは、知らなくていい話しだよ。で、朝からこっちに来てる私の娘には何もしてないだろうねぇ?」

お母さん。顔は笑っているけど、背中になんだか般若が見える。
しかし、鯉伴さんはお母さんを煽るように、にやっと笑った。

「良くわからねぇが、気になるかい?」

お母さんは、眉を顰め顎に手を当てしばらく考える。と、私の方を見た。

「何されたんだい?」
「キス。リクオ君じゃないと嫌だった」
「「え?」」

「ボ、ボク!?」と狼狽えるリクオ君に方眉を上げ、首を捻る鯉伴さん。

「嬢ちゃんには、口吸いしたこたぁねぇが……しっかし、良く見りゃあすげぇ天華に似てやがんな。血縁かい?」
「血縁者だよ」

お母さんはそう答えると、ふっ、と息を吐きだした。

「やり過ぎてたら、仕置きしようかと思ってたんだが、キスくらいなら勘弁しといてやろうかね。かっはっはっは。じゃあ、響華。帰るよ。天也に捕まっときな」
「うん」

私は隣に佇んでいる天也兄さんの腕を掴む。
そして、お母さんの後に続いて歩きだそうとすると、後ろから声をかけられた。

「待って!」







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