鯉伴さんは足で器用に障子を開けると、敷かれていた布団の上に私を下した。
そして布団を被せ、私の頭をゆっくりと撫ぜる。

「悪ぃな。昨日、疲れさせちまったかい?」

昨日? なんの事だろう?
昨日は恐山から帰って来ただけなのに。
確かに疲れていたけど、お風呂に入って寝たからか疲労なんて感じてない。

「私、疲れてない、です」
「そうかい? じゃあ、他に気に病んでる事とかねぇのか?」

気に病んでる事。

先ほどの妖怪達の声が脳裏に蘇り、私は下唇を噛む。
リクオ君の事を考えると苦しい。

と、ゆっくりと頭を撫ぜられた。
その感触に、安堵感が胸に広がる。
小さい頃感じていた大きな掌の温もりだ。
この人は、確かに鯉伴さんだ。鯉伴さん以外何者でもない。
きっと何か理由があって今まで死んだって事にされてたかもしれない。
でも、今まで姿を見せなかった。と言うことはもしかしたらリクオ君の成長を見れてないかもしれない。
私は、リクオ君の成長を鯉伴さんに知って欲しい欲求に駆られる。

「鯉伴さん」
「ん?」
「生きててくれてありがとう、ございます。リクオ君もきっと喜びます。リクオ君遠野ですごく強くなって」
「? 生きて? ……遠野?」
「うん。淡島さんやイタクさんとか、遠野妖怪さんの友達もできました」
「へぇ。リクオに聞かねーとな」
「それでね、えっと……、リクオ君と両想いに、なれま…っ!?」

いつの間にか鯉伴さんの顔が至近距離にあった。
今まで優しく微笑んでいた顔が無表情になっている。金の目が私を貫くように見ていた。
なんだか怒っているようにも見えて吃驚する。

「響華。オレの嫁になるっていう言葉は、嘘だったのかい?」
「はい?」
よめ?
「昨日もオレの腕の中で、可愛く溶けてたじゃねぇか」
「??? あの、鯉伴、さん?私、昨日は恐山行ってました」
「嘘ついてまで、オレの気を引きてぇのかい?」
「いや、嘘じゃないで、ひっ、むっ」

いきなり唇を重ねられ、驚愕に目を見開く。

いや、嫌、嫌っ!!
リクオ君じゃなきゃ、嫌!

涙が滲み出る。
しかし、嫌がる私に構わず鯉伴さんの濡れた舌が唇の合わせ目をなぞった。
ぬるりとした感触に背筋が凍る。

嫌っ! わたしに触れないで! リクオ君、リクオ君、リクオ君!
リクオ、君!

と、突然ぶわっと金の粒子が身体から噴き出したと思うと、それは身体の周りに集まる。
そしてそれは、私の身体を妖怪の身体へと変化させて行った。
それと共に力が漲る。

私に
「触れるなっ!」

肘で顔を遠ざけ、膝を曲げて腹へと一撃を叩き込む。

「ぐっ、は……、今のは効いたぜ。って、てめぇ、誰だ?」

と、突然障子がスパーンと開いた。

「父さん、響華ちゃんが具合悪いってホント!?」








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