台所では、奴良組の女の人達や小妖怪さん達が、忙しそうに動き回っていた。
と、暖簾を上げ入って来た私に気付いた小妖怪さん達は嬉しそうに口を開いた。

「お嬢! おはようございます!」
「今日は遅かったですね。お嬢。夜遅くまで勉強でもしてらしたんですか?」
「お嬢は2代目と違って真面目だからなぁ」
「やはり、リクオ様とご兄妹なだけあって真面目な所は似てるんですねー」

……、え? きょう、だい?
兄妹ってどういう事?

一瞬、息が止まった気がした。頭が真っ白になる。

う、そ。嘘! 兄妹なんかじゃない! だって、だって、こんなにリクオ君の事が好きなのに……っ

私は頭を横に振る。
と、氷麗ちゃんが驚いた顔で近づいて来た。
そして、私の肩をガシリと掴む。

「響華様! どうされたんですか!? 顔色が真っ青です! どこかお痛ですか!?  誰か早く鯉伴様を呼んで来て!」
「へいっ!」
「2代目ーっ! 大変ですーっ!」

小妖怪さん達がわたわたと慌てながら、台所を出て行く。
兄妹という言葉がぐるぐる頭の中を回っていて、周りの妖怪さん達の喋ってる意味が判らない。

兄妹なら、好きになっちゃ、だめなんだよね?
想っちゃだめなんだよね?
リクオ君。リクオ君。胸が痛くて苦しい。
好き。すごく好き。
ずっと傍に居たいのに……っ
頬に涙が滑り落ちる感覚がする。
泣いちゃ、だめ。
でも、でも……っ
苦しい……っ

唇を噛み締め苦しさに耐えていると、温かく大きな手が頭の上に乗せられた。

「どうしたんだい? 響華ちゃん?」

夜のリクオ君とは違う種類の低い声。でも、すごく懐かしい声。
遠い昔にいつも聞いていた覚えのある声。

だ、れ?

ゆっくりと振り向き上を向く。
そこには、幼稚園に入る前に亡くなった鯉伴さんが居た。
心配そうに眉を寄せている。

「り、はん、さんっ!?」

目を見開くと、鯉伴さんは優しい眼差しを私に向け、空いている手を私の頬に当てた。

「確かに顔色が悪(わり)いな。風邪でもひいちまったかい?」

どうして死んでしまった鯉伴さんがここに居るの!?

でも頭に置かれた手も頬に添えられた指も温かい。
目を見開き続ける私を鯉伴さんは、ひょいとその力強い腕で抱き上げた。
そして顔を私に近付けると頬に軽く唇を当てられた。

は? り、り、鯉伴さん?

唖然としている私に向かって、唇の端をニッと持ち上げると、鯉伴さんは私を横抱きにしたまま歩き出した。







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