澄んだ空気と共に5月のさわやかな風が頬を擽る。
そう、今は5月。
私が奴良家に厄介になって1年が経つ。
私は桜の花も散り、新緑の葉を湛えた枝垂れ桜の太い枝に寄りかかり目を閉じていた。
と、下の方から鯉伴様の声が聞こえて来た。
「ナナ、何してんだい?」
鯉伴様の声に閉じていた目を開けた私は、木の下を見た。
松葉杖に体重を預けつつ両腕を組んだ鯉伴様が廊下に佇み、こちらを見上げている。
私はひとつ目を擦ると律儀に答え返した。
「昼寝です」
「へぇ、そうかい。オレもそっち行っていいかい?」
「は? ダメ」
「おいおい。即答されっといくらオレでも傷つくぜ?」
図太そうに見える鯉伴様が傷つくはずがない。
私は心底呆れながら、だるいなぁ、と思いつつ身体を起こすと太い木の枝からイッキに飛び降りた。
飛び降りた衝撃でザザザッと音が鳴る。
「何か用事があるから声かけただけでしょ? どうしたんですか? 家主の言葉はきちんと聞きますよ?」
スタスタと鯉伴様に近付くと、鯉伴様は方眉を上げ深いため息をワザとらしく吐き出した。
「おめぇも女なんだから、もうちっとおしとやかに出来ねぇもんかね?」
「は? 今更?」
「ははは、違いねぇ」
鯉伴様はカラッと笑うと今度は黙りこくりじっと私を見つめて来た。
「???」
なに?
不可思議な行動に眉を潜めながら見返すと、再びはぁっと大きなため息をつき、愚痴をこぼした。
「ったく、親父も無茶言うぜ」
「は? だから何?」
「あー……」
歯切れ悪く唸る鯉伴様。
何か言い辛い事でもあるのだろうか? と黙って次の言葉を待っていると、鯉伴様は自分の髪を片手でガシガシと掻き口を開いた。
「遠野にひとっ走り行って来てくれねぇか?」
「遠野?」
遠野と言えば数か月前、大きな抗争があった時、手を貸して貰った東北の妖怪達が思い起こされた。
「もしかして、以前赴いた妖怪の里ですか?」
「ああ……」
神妙な顔でコクリと頷く鯉伴に、私は頷いた。
「別に用事も無いですし、いいですよ」
「いや、リクオの世話とかあるだろ?」
「え? 別にリクオ様の世話をする者は私だけじゃありませんし」
「そりゃそうだが……」
何か鯉伴様の煮え切らない態度に釈然としない思いが湧いて来る。
「行って欲しくないのですか?」
「あー、いや、それはそれでおもしれぇ……、いや、なんでもねぇ」
は? 私が行かないと面白い事になるとでも言いたい?
何だかそれは嫌だ。
「行きます」
鯉伴様を楽しめさせる生贄になりたくなくて、私はキッパリ言い放った。