ミーンミーンと煩く蝉が鳴く中、新学期が始まった。
9月の初めなのだけど、まだまだ暑い。
そして、新学期早々、実力テストというものがある。
夏休み明けに直ぐあるなんて鬼の所業だ。
全く勉強をしていない私は机の上に突っ伏した。

「うーっ、全然勉強してないーっ!」

数学は勉強する気は全くないのでしてないが、国語や英語も、全くしてない。

5教科全滅

その単語が頭に浮かぶと同時に、鬼のように怒るであろうお母さんの顔が浮かんだ。

「いーやーっ! 怒られるーっ!」

でも、勉強してないのは、理由があるから仕方ないよ、お母さんっ!
羽衣狐との戦いで疲弊しきってたんだからっ!
まあ、ベッドの上で漫画はしっかり読んでたけどっ!

心の中でお母さんに言い訳しながら、頭を抱えていると、頭上から昼リクオ君の声が聞こえて来た。

「舞香ちゃん、どうかした?」
「あー……、リクオ君」

のろのろと顔を上げ、机の前に立ちこちらを心配そうな顔で見て来るリクオ君に視線をやる。

「お母さんを怒らせるなぁって、悩んでた」
「怒らせる?」

不思議そうな顔をするリクオ君。
リクオ君は頭良いから、勉強しなくても良い点とるんだろうなぁ……

「同じ人間なのに、理不尽っ!」
「???」

きょとんとするリクオ君に、私は再び溜息を付くと机の上に再び顔を埋めた。

「今度は数学0点かも………」

今まで0点は取った事ないけど、今回は絶対ダメだ。
もう、公式なんて覚えてない。
どうしよう、どうしよう

ぐるぐるしていると、リクオ君が口を開いた。

「今度の実力テストの事? じゃあさ、ボクと一緒に勉強しようよ」

リクオ君と一緒に勉強?

そーっと顔を上げる。

「でも私一学期に習った事、ほとんど忘れたよ?」

理解してなかった、とも言い換えられる。

「大丈夫、ボクが教えてあげるよ。任せて!」

良い笑顔を向けて来るリクオ君。
でも、リクオ君の勉強がはかどらないと思う。
お言葉に甘えたいけど、好きな人……じゃなくて、友達!に迷惑かけるのは、少し心苦しい。

「ありがとー。でも、私の判らないとこほとんどだから、リクオ君の迷惑になるよ。もう、諦めるー……」
「諦めちゃダメだよ! 舞香ちゃん! 迷惑なんかじゃないからっ!」
「えー……、でも……」
「そうだ! 一生懸命勉強したら、ご褒美あげるよ!」

なぬっ!?
ご褒美!?

ガバッと勢いよく身体を起こす。
と、すぐにはっと我に返り、自分の現金な行動に羞恥を覚えた。

ご褒美に釣られるなんて、現金な奴って思われたかな?
うー、でも、正直者だから仕方ないっ!
欲望に忠実とも言うけどね!

「あー、うー、えっと……、その、ご褒美って何?」

私の言葉にリクオ君はニッコリ笑った。

「後からのお楽しみだよ」

楽しみに出来るご褒美。
って言うと、やっぱり肉っ!?
もしかしたら、幹部の妖怪に上質な肉でも貰った!?
何にせよ、ご褒美が肉ならリクオ君と一緒に勉強するしかない。
と言うか、する、の一択だ!

「やるっ!」

肉の為にっ!
私は肉の為に生きている!

「じゃあ、決まり。放課後一緒に帰ろうね」

爽やかな笑顔のリクオ君に私は強く頷いた。


リクオ君と氷麗ちゃん、それに青田坊と連れ立って奴良家に向かう。
何故か氷麗ちゃんの視線が痛い。

「有永……、あんたの家、反対方向じゃない。なんで一緒に帰ってんのよ」
「え? 肉を貰う為……じゃなかった、一緒に勉強する為だよ」
「フーン。リクオ様の邪魔しないでよ?」

ツンとした態度で釘を刺され、あははー、と笑って誤魔化しておく。

きっとリクオ君にとって全部判らない私は、邪魔になるんだろうなぁ……
でも、ごめん。リクオ君。
肉の誘惑には勝てない。


リクオ君の部屋に通されると私は促されるまま、四角の黒いテーブルの傍に座った。
黒いテーブルはそんなに大きくない。
私とリクオ君が教科書を広げたら、いっぱいいっぱいになりそうな広さだ。

「じゃあ、勉強しよっか」

リクオ君は段差のある床の上に設置してある勉強机の上に通学カバンを置くと、私を見て良い笑顔を向ける。

そう言えば……、今思い出したが、一学期の期末テスト勉強の時、教わったけどすごく判り易かった。
しかも、私が理解するまで根気良く教えてくれた。
残念ながら、記憶力が乏しいのか教えて貰った事全部忘れたけどね!
でも、きっと今回も判り易く教えてくれるのだろう。

私は「うん」と返事をすると、カバンから問題集等の勉強道具を出した。
リクオ君も道具を用意すると、私の向かいに腰を下ろしそれをテーブルの上に置く。
それを確認すると私は問題集を開いた。
のっけからシャープペンの動きが止まる。

ふふふ。問題の意味が判らない。
どう解けばいいのーーっ!?

心の中で焦っていると、そんな私に気付いたリクオ君が、声を掛けて来た。

「ここはね、カッコを外すと……」

ふむふむ。
ありがとー! リクオ君!
でも

「ごめん、次もわかんないや」
「これはこっちの式の応用で……」

そんなこんなで、実力テストの範囲を全て教えて貰いながら、問題集を終わらせた。

「よっし、終わったー! リクオ君、ご褒美、ご褒美ー!」

目を期待に煌めかせながら、リクオ君の方に身を乗り出す。

「うん、舞香ちゃんお疲れ様」

と突然、柔らかいものに唇が塞がれた。

は? え?

目の前には目を閉じたリクオ君の顔。

「なっ………、んぅっ」

なんで!? と言葉を紡ごうとすると重なった唇は角度を変え強く押し付けられた。

な、な、なーーーっ!?

頭の中がパニックになる。

なんで、突然キスするのーーっ!?
うぉあえうー!?

目を白黒させていると、リクオ君は私の唇をペロリと舐め上げ、唇を離した。

「なっ、なっ、なっ」

言葉が上手く出て来ない。
顔に熱が籠って来る。
リクオ君は顔を背け片手で口元を覆うと「あっぶね。暴走するとこだった」と呟いていた。

「うー……、リークーオーくーんー?」

恨めしい声を上げる。

ご褒美をくれると思ったのに、なんでキス!?
いや、大好きなリクオ君からのキスは、ご褒美に値するけど!

と、先ほどの柔らかい感触を思い出す。

は、恥ずかしーーっ!

恥ずかしくて顔を両手で覆っていると、リクオ君の言葉が耳に届く。

「うん、ボクが教えたんだから。先にご褒美貰えるのはボクだよね」

ん?
え、っと?
キスがリクオ君へのご褒美?
どういう事?

思わず両手を顔から外し、頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしながら、リクオ君に視線を向ける。
リクオ君は頬を掻きながら口を開いた。

「その、ボク、舞香ちゃんの事が……「若、おやつ持って来ましたよ」

と、ガラッと障子が開き、大きなお盆に何故か唐揚げを乗せた首無さんが現れた。

「あぁ、もう……首無ー……」

リクオ君は恨めし気な目で首無さんを見る。
首無さんは、はて? と首を傾げた。


はい。おやつに唐揚げを指定してくれたリクオ君。
どうやら唐揚げが来るのが遅かったので、自分への褒美を優先させたらしい。
でも、何故キスをされたのか、判らない。

キスは好きな子としよう。リクオ君。

そう思いつつ、私はジューシーな唐揚げに舌鼓を打った。







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