それは凄まじい戦いだった。
夜リクオ君は先程よりも力が増した玉章に押されて行く。
唇の端から血が流れ出る。そして、黒い着物から出た腕からもポタポタと血が滴り落ちる。
きっと着物に覆われた身体にも痣が出来てると思う。
やめて! と叫びたかった。
でも、きっと夜リクオ君は戦いをやめない。
玉章も攻撃をやめないだろう。
目的を達成するまで。

私は下唇をきつく噛んだ。

この戦いの結末は、原作通りなら、必ず夜リクオ君が勝つ。
でも、ここは二次元じゃない。三次元だ。
紙に描かれた世界じゃない。現実。
本当に勝利するのか判らない。
もしかしたら、夜リクオ君がこのまま深い傷を負ってしまうかもしれない。
私の”力”はダメだった。
どうやったら、玉章を倒せる?

私は打開策を見つけるべく、周りをきょろきょろ見回した。

誰か、確実に玉章を倒せる人……、いや妖怪でもいい!!

しかし、周りには2人の戦いを固唾を飲んで見守っている奴良組の妖怪と、唖然と傍観している人間しか居なかった。

誰か、奴良リクオ君を助けて欲しい! 誰か強い人は居ないの!?

と、後ろからポンッと肩を叩かれた。
ビクッと心臓が飛び跳ねる。目を見開いたまま、後ろを振り向くと、そこには好々爺姿のぬらりひょんさんとステッキを手にしたスーツ姿のおじさんが立っていた。
スーツ姿のおじさんは恰幅が良いが、表情が柔和で紳士的な雰囲気を持っていた。
ぬらりひょんさんは、不敵な笑みを口元に乗せながら、口を開く。

「舞香さんじゃったか? その姿になると母親によう似とるのう」
「え?」
「どうじゃ、今度、茶でもしばきに行かんか? ワシの行きつけのかふぇはいい所じゃぞ」

パチンとウィンクしてくるぬらりひょんさん。
突然の言葉に「は?」と頭を真っ白にしていると、後ろのスーツ姿のおじさんがぬらりひょんさんの袖を引っ張った。

「今はなんぱなんぞしとる暇はないぞ。あやつを止めねば……」
「ふむ……?」

ぬらりひょんさんは、2人の戦いの場面の方に目をやると、手を顎に当て目を細めた。

「お前さんの倅(せがれ)が持っとる獲物。ありゃ確かに魔王の小槌じゃのう」
「おぉ……、馬鹿息子めが……」

スーツ姿のおじさんは顔に手を当てる。そして、何か決意したように顔を上げると、ぐっと拳を握り、2人が戦っている方向へと足を踏み出した。
その肩をぬらりひょんさんはガッと掴む。それにスーツ姿のおじさんは振り返った。

「待つんじゃ」
「止めてくれるな。奴良組の。ワシが止めぬとあやつの野望はどこまでも続いてしまう……」
「ワシの孫に任せい。あやつならきっとやってくれるじゃろ」
「し、しかし……」
「リクオはこのぬらりひょん様の孫じゃぞ? ワシの孫を信じろ」

私はその言葉に、どれだけぬらりひょんさんが奴良リクオ君へ期待しているのかが判った。
このくらいの修羅場はくぐりぬけられると、信じているのだ。
だから、私も不安な気持ちを切り捨て、夜リクオ君の勝利を信じ、剣戟を繰り広げる2人の姿に視線を移した。


そして、戦いは原作の通りとなった。
東の空が白む頃、夜リクオ君の身体から白い煙が立ち上る。
昼と夜の姿が混ざり合った。
それを脆弱と蔑む玉章に、夜リクオ君は奴良組の皆が見た事の無い技を発動させ引導を渡した。
倒れ伏した玉章の身体から、異様な”力”が抜けて行く。
それを見た奴良組の妖怪達は、歓喜の声を上げ、ふらつく奴良リクオ君の元へ駆け寄った。
そう。いつの間にか奴良リクオ君の姿は人間のものとなっていた。
朝が来たので、妖怪の姿が保てなくなったのだろう。
と、後ろでぬらりひょんさんの得意げな声が聞こえて来た。

「四国の。見たじゃろ。あれがワシの孫じゃ。まだ未熟じゃがの。カッカッカッ」

うん。強い。強いよ。奴良リクオ君。
でも、勝てて、本当に良かった……

安堵と歓喜が交ったような気持ちが沸き上がる。
と、倒れ伏していた玉章が、突然叫び声を上げた。

「夜雀! 裏切るのか!? 返せ! 魔王の小槌を返せー!!」

その声と共に、顔に包帯を巻いた少女が黒い翼をはためかせながら、上空へと飛び立って行く。

そう言えば、夜雀……。雷を受けて倒れたのに、いつの間にか復活してた?

多分、私の”力”が弱かった所為で復活したのかもしれない。
白む空の彼方へと姿を小さくしていく夜雀に、また原作を思い出した。

確か夜雀の正体は、確か安倍家歴代当主の式神。
その当主の名前は忘れたけど……
今、その当主は、百物語組に夜雀を貸し与えている。
いずれ奴良リクオ君が戦わないといけなくなる相手。
強い”力”を持つ敵。
でも、今の私は弱い。
奴良リクオ君の手助けなんて出来ない。助けようとしても、殺されるのがオチだ。

「強く、なりたい……」

もっと、強い”力”を持ちたい。
今日みたいに、何も出来ないなんて、嫌だ!

その呟きをぬらりひょんさんが聞いていた事に、私は全く気付かなかった。


その後も原作通りの出来事が起こった。
フードを被った男の人(きっと狒々の息子)が弱った玉章を殺そうとするが、ぬらりひょんさんとスーツ姿のおじさんが疾風のごとく駆け、それを阻止した。
そして、スーツ姿のおじさんは、姿を巨大な狸へと変え、許しを請うた。
その巨大さに吃驚していると、お父さんとお母さんが、駆け寄って来た。
お母さんは人型に戻っている。
そして、2人に何故か「無茶はするんじゃない」と抱き締められた。

うーん。無茶なんてしてないけどな?

それを素直に口にすると、お母さんから怒られた。

なんでだろ?

その後、お父さんの車で家に帰った。ちなみに、姿はいつの間にか人間に戻っていた。

もしかしたら、半妖だから変身時間は半日なのかな?

そして、一睡する間もなく、朝がやって来た。








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