「クッ、ハハハハ! 女に庇われてみっともないな!奴良リクオ」

玉章は辺りに響き渡るような哄笑を上げた。
そして、その長い指を氷麗ちゃんに向けた。

「夜雀! その女にもお前の闇を味あわせてやれ!」

とたん、上空で羽ばたく音がする。
黒い羽根が辺り一面を覆うように舞い降りて来た。

これ、目に触れたらまずい!

慌てて手の平で目をガードする。

あ、氷麗ちゃん!
「氷麗ちゃん! 目に羽根を触れさせたらダメ!」
「え!?」

しかし、言うのが少し遅かった。
指の隙間から見える氷麗ちゃんの身体が、フラリと傾いたかと思うと、ドサリ、と音を立てて地面に倒れた。

「氷麗ちゃん!」
「う……、敵は、どこですか? 若は……」

氷麗ちゃんは上半身を起こすと手を彷徨わせる。
と、また玉章が笑い声を上げた。

「有永舞香。君一人で奴良リクオを庇えるかい?」

2人が見えなくなってしまった今、戦えるのは私しかいない。

私は下唇を噛むと、手を下に降ろし、キッと玉章を睨んだ。

夜リクオ君は、殺させない!
でも、まずは夜雀!
夜雀を倒さないと、玉章へ攻撃している最中にまた空から羽根を降らされる。
夜雀を倒す!

私は視線を空に向けると自分の”力”に意識を向けた。

判る。
”力”が身体全体に漲っているのが判る。
どんな風に使えばいいのか、判る。
何故か判る。

額の部分から熱が集まる。そしてそれを私は手の平に集めた。
そして目標を定め、手を振り上げると放出した。

「雷撃!」
「………っっ!!!」

私の指先から放たれた”力”は雷を呼び、天から降って来た光は大音響と共に夜雀の身体を貫いた。
夜雀の身体は空中から落下する。
地面に落ちた夜雀の身体はピクリとも動かない。
はじめて使った自分の”力”に心臓がドキドキする。
そして、動かなくなった夜雀の姿に自分の”力”が怖くなった。

でも、自分の動揺に構っていては、玉章と戦えない!

ぎゅっと拳を握ると視線を前に戻し、玉章を見た。
と、後ろから肩に手を置かれた。

「サンキュ。舞香。お陰で見えるようになったぜ」

振り返るとそこには、口の端を持ちあげながら、しっかり前を見据える夜リクオ君が居た。

え?

「あ、見える。若! 私も見えます!」

前には嬉しそうに目を輝かせながら、ふりむく氷麗ちゃん。
もしかして、夜雀を倒したから、見えだした?

「あ……」
よ、良かった……

ほう、と息を吐き出す。
と、前に進み出た夜リクオ君は、挑発するように玉章へ口を開いた。

「残念だったな。豆狸」

玉章はゆっくりと周りを見回した。
もしかしたら、強力な技を持つ味方を捜しているのかもしれない。
しかし、周りには奴良組の妖怪達に押される四国妖怪達の姿しか無かった。
と、玉章の纏っている空気が変わる。

何?

「どいつもこいつも、役に立たない奴らだね……。せめてその身をボクに捧げろ!」

その言葉と共に両サイドの髪を掴むと、連獅子の毛振りのように頭を回し始めた。
髪の先には、ボロボロの刀が巻きついている。
その刀は、刃零れもしていない新品の刀のような切れ味で、四国妖怪達の身体を切り刻んで行った。
髪を回すスピードが有り得ない程速い。
そして悲鳴を上げながら斬られた四国妖怪達の身体は、黒い霧となり、玉章の身体の中に吸収されていく。

「リクオ様、危険です! お下がり下さい!!」

氷麗ちゃんが夜リクオ君に駆け寄り、腕を引く。
そして私も襟首を後ろからグイッと引っ張られた。

「舞香。下がるのじゃ」
「お母さん。…、うん」

私はそのままお母さんに連れられ、玉章から50メートルくらい離れた場所に移動した。
そこは歩道の傍だった。
野次馬で集まって来た一般人達が少し先に居る。
と、主にお母さんを畏怖の目で見ていた人達の間から、何故か制服姿のゆらちゃんが現れた。
お母さんと私を見ると、さっと式神を構える。

「そこの妖怪! 人を害する事はこの私が許さへんで!」

って、なんでゆらちゃんが居るのー!?
普通は寝てるよね!?
それとも、まだ夜の10時頃!?

「陰陽師かえ。お主らは、いつも妾を悪者にするのう」

隣に居たお母さんが溜息交りに言う。
しかし、その後の言葉に転倒しそうになった。

「じゃが、そのお陰で背の君との愛が深まったぞよ。甘酸っぱい想いをした日々を思い出すのう」

うっとりと過去にトリップしているお母さん。
体から大きなハートが何個も発生している感じだ。
もちろん、背景はピンク色だ。

お母さん。今はウットリしてる時じゃないよ!

そう心の中で突っ込むと、ゆらちゃんに向き直った。
しかし式神を構えたゆらちゃんは、呆れたような顔をしてお母さんを見ていた。

「なんや、この妖怪……」

私のお母さんです。

「ごめん……」

と、柔らかな男の人の声が割って入って来た。

「やあ、取り込み中かな?」
ん?

ゆらちゃんとは反対方向の歩道を見る。
そこには柔らかな笑みを浮かべたお父さんが片手を上げながら、ゆっくりとこちらに向かって歩いていた。

「芙蓉。間に合ったみたいだね」

その言葉にお母さんは喉を鳴らしながら、お父さんに駆け寄る。
と、ゆらちゃんが鋭く叫んだ。

「動くんやない! 妖怪! 人間は食わせへん! 貪狼! あの人を助けるんや!」

そしてお母さんに向かって式神を飛ばした。

お母さん!!!








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