頭の中は奴良リクオを殺す事でいっぱいだった。
他の事は何も考えられない。
熱く昂ぶる身体。目に入るものが皆敵に見える。
私は群がる妖怪達に向かって、咆哮と共に漲る”力”を思い切り放出した。
そして、本能のまま敵に噛み切る。
口の中に甘い味が広がった。
と、突然、お母さんの切羽詰まった声が耳に飛び込んで来た。

「舞香!」

そして、同時に頭の中にお父さんの優しい声が響き渡った。

――ボクの愛しい子。殺してはダメだよ。魂が欠けてしまう――

「……、お、とうさん……?」

意識がだんだんとハッキリして来る。そして見えて無かった周りの景色が徐々に鮮明に見えて来た。
自分が居るのは、夜の繁華街の中だった。
そしてうつ伏せ状態になっていた。身体が長い数珠でグルグルと巻きつかれている。
背中は誰かに押さえ付けられていた。

え? なに? なにかあった?

首を動かしキョロキョロ周りを見渡すと、周りに異形の妖怪達が白い煙を上げながら、たくさん倒れ伏していた。
立っているのは、数えるくらいしかいない。
そして立っている妖怪達は、私を遠巻きに見ていた。
ビルの入り口や歩道の端で、こちらを怖々とした目で見ている人間。

「ここ、どこ?」

自分がどういう状態になっているのか、さっぱり判らない。

確か、自分の部屋に居たハズなんだけど…

と、自分の身体の違和感に気付いた。
爪が異常に長い。

「なんで?」

と、背中からお母さんの声が聞こえて来た。

「正気に戻ったかえ?」
「お母さん?」

上半身を捻り後ろを向くと、雷獣に変身したお母さんが前足で私の背中を押さえ付けていた。

なんで押さえ付けられてんの!?
もしかして、私、怪獣みたいに暴れたとか?

覚えの無い行動に不安になっていると、背中の圧迫感が止んだ。
お母さんが前足を背中から降ろしたのだ。
雷獣姿のお母さんは眉を顰めている私の横に前足を揃えて腰を降ろすと、私の頬をザラリとした舌でひと舐めした。

「舞香。お主は、暴走しておったのじゃ」
「暴、走?」

ぼ、ぼ、ぼ、暴走って、なにー!?
街中を刃物振り回して暴れ回った!?
うわーっ! 犯罪者になっちゃったー!?

思わずムンクのような顔をし、叫び声を上げそうになる。
そんな私の横で、お母さんは言葉を続けた。

「そうじゃ。誰彼構わず、雷(いかずち)を打ち下ろしておった。人間は妾が守ったが、弱い妖怪どもは皆気絶しておる」
「な、な、い、いかずち? いかずちって、あの、かみなりの事?」
「そうじゃ。覚醒早々、妾譲りの力を振るったのじゃ。妾は舞香が覚醒してくれて嬉しいぞよ?」

お母さんは猫のような目を嬉しそうに細める。

って……
「か、覚醒ー!?」

私は慌てて自分の身体を見た。
しかし、お母さんのような獣にはなっていない。
きちんと、指も5本ある。爪は長いけど。
顔も触ってみたが、別段変わった所はなさそうだ。
額に突起のようなものがあるだけだ。

「あまり変わってないように思えるけど…」
「人型よりも一段と美しくなっておるぞよ?」
美しく?
でも、お母さんはお父さん似の私の事をいつも可愛い可愛い、って言ってるから、言葉通り本当に美しいのか判らない。

うーん、と考え込んでいると、前方からジャリと地面を踏み締める音が聞こえて来た。
顔を上げるとそこには、肩から多量の血を流している夜リクオ君がいた。
白い着物にマフラー姿の氷麗ちゃんが支えている。

「血−っ!? ど、どうしたの!?」

思わず叫ぶと、氷麗ちゃんが私をキッと睨んだ。

「しらばっくれないで! 貴女がリクオ様に傷を負わせたんじゃない!」

私が!?

胸が締め付けられるほど、痛くなる。
泣きたくなった。

「ごめ、」

唇を噛み締め眉を八の字にしながら、口を開こうとすると、夜リクオ君は怒る氷麗ちゃんを片手で制し、「こんくらいの傷、どうってこたぁねぇ」と不敵な笑みを浮かべながら言い放った。
そして私の目の前まで歩み寄ってくると、片膝を折り視線を合わせ、私の顎に手を添えた。

「もう大丈夫みてぇだな……」
「え? 大丈夫、って……」

あ……、もしかして、暴走した事を言ってる?

「ご、めん、なさいっ! 暴走して、ごめんなさい!」

泣きそうな声で謝っていると、突然離れた場所から、尊大な笑い声が上がった。

「クッハハハハハ、素晴らしい! 素晴らしい力だよ。有永舞香! これなら誰もが納得する。さあ、ボクの元に来たまえ!」

私は笑い声が上がった方向へ視線を動かした。
そこには、歌舞伎獅子のような衣装を纏い、白く長い髪に仮面を被った妖怪が錆びた刀を右手に持ちながら、佇んでいた。
その姿を目にしたとたん、その正体が頭の中に思い浮かんだ。

玉章。四国八十八鬼を率いて攻めて来た、狸妖怪。
漫画『ぬらりひょんの孫』の四国編で出て来る敵だ。
味方も自分の駒としか思っていない妖怪。
って、なんで私、四国妖怪の仲間になろうとしてたんだろ?
お母さんの為とは言え、原作の知識があったら、あんな奴の仲間なんて、絶対ならないのに。

ここ数日の出来事を思い起こして、何故仲間になろうとしていたのか、その理由を思い出そうと努力していると、妖怪姿の玉章は私に向かって左手を差し出した。

「有永舞香。君は”力”をボクらに示したんだ。さあ、この手を取り、共に正義の鉄槌を下そうではないか!」

その言葉に玉章との会話が蘇る。
お母さんがこの町を出たのは、ぬらりひょんさんにも一因があるかもしれない。
でも。
お母さんはぬらりひょんさんを憎んでない。
私はキッと玉章を睨むと首を横に振り、拒絶の意を伝えた。
その答えに玉章は無言で左手をゆっくりと降ろす。

「それが君の正義か……」

四国編の玉章を見る限り、正義がうんぬん言う立場じゃないと思う。
夜リクオ君もそう思ったのだろう。
玉章に蔑んだような視線を送りながら、口を開いた。

「はっ、豆狸が正義うんぬんぬかすのかい?」

と、玉章は、仮面に手を当て、ククク、と忍び笑いを洩らした。

「ボクは四国妖怪達にとって最善の正義の道を選び取ってるよ」
「おお!流石は玉章様!」
「我らが大将!!」

倒れていない四国妖怪達が、喝采を送る。
玉章は四国妖怪達の声援に鷹揚に頷くと、錆びた刀を構えた。

「それじゃあ、奴良リクオ。仕切り直しと行こうか」
「おもしれぇ……」

夜リクオ君も刀を右手に構える。
と、氷麗ちゃんが夜リクオ君の腕をガシッと掴んだ。

「若! 無理しないでお下がりください! 私がお守りしますから!」
「のけ。下がってろ」
「だって、こんなにいっぱい血が出てるんですよ!? いくらリクオ様でも、これ以上戦ったら死んじゃいます!」
「そう言えば、君は雷獣の娘に肩を食い千切られたのだったね」

玉章が仮面の下で、ククク、と笑う。

食いちぎった……?
わたし、が?

どんな暴走か知らなかった私は驚きで目を見開く。
と、隣に腰を降ろしているお母さんが苦々しく呟いた。

「童(わっぱ)のくせに無理しおって……」
「無理……?」
「舞香。お主の暴走を止める為に、自分の肩肉をくれてやったのじゃ」
肩肉!?
どういう状況だったの!?

あまりの衝撃に言葉を失っていると、お母さんは優しく長い尾で私の肩を叩いた。

「童(わっぱ)が止めてくれたおかげで、数珠を掛ける事ができたのじゃ」

ちょっと待って!
今、四国との戦いが大詰めの場面っぽいのに、私、夜リクオ君に怪我をさせたの!?
しかも、思い切り血が出てて、重症っぽい!!

どうしよう、どうしよう!








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