目を覚ますと見慣れた白い天井が目に入って来た。

「あれ? ここ…、私の部屋……?」
「舞香!!」
「わっ!?」

横から大声で呼びかけられたと思ったら、突然上半身を華奢な腕が包み込んだ。
そして、ぎゅっと強く抱き締められる。

「母に心配かけるでない!」

その声はお母さんのものだった。微かに震えている。

もしかして、心配かけた?

すごく申し訳ない気持ちになり、私は眉を下げて「ごめんなさい……」と謝った。

でも、あれ? なんか、デジャビュ?

お母さんは秀麗な顔(かんばせ)を上げ、私を優しく見つめると嬉しそうに目を細めた。
そして、私の前髪をそっと掻きあげる。

「まあ、良い。病気ではないようじゃったので、良かったぞえ」
「え?」

私は経緯を思い出す。

えーっと、奴良リクオに手を引っ張られて校舎に戻ってたら、急に目の前が真っ白になって…
あれって貧血っぽかったんだけど……
病気じゃないとしたら、なんなのだろ?

と、すぐにお母さんが軽やかに笑いながら答えを口にした。

「ホホホ。知恵熱じゃと医者は言っておったぞえ? 今になって知恵熱とは、舞香もまだまだ子供じゃのう」
「はい!?」

知恵熱!?
子供が難しい事を考えた時に発熱する、アレ!?

「えぇえ!? 私、難しい事なんて考えて無かったよ!? ただ奴良リクオをどうやって誘惑しようかと考えて……」
「奴良リクオを誘惑じゃと?」

地を這うような低い声がお母さんの口から洩れる。

「あ、えっと、その……」

なんて言おうか迷っていると、お母さんはガッと私の両肩を掴み、凄い勢いで口を開いた。

「何故、そのような事をするのじゃ! 舞香は妾の自慢の娘じゃ! 誘惑などせずとも、微笑みかけるだけで、奴良リクオなどいちころじゃ!」

えーっと、それって漫画や小説の中だけでの話しじゃないかな?
現実に、そんな事なんて、無いよ、お母さん。

苦笑しつつも、心の中でお母さんの言葉に反論していると、お母さんは私の頭を一撫ぜする。

「舞香の微笑みは、パドマーヴァティー様ほど美しいぞえ?」

バドマーなんとかって……、誰!?
そんな人知らない。
知らない人と比較されてもなぁ……

と、お母さんは突然疑問を口にした。

「じゃが、どうして奴良リクオを誘惑したいのじゃ? 惚れておるなら話しは別じゃが、舞香は嫌っているようだったが……?」

えーっと、お母さんに四国の事、言ってもいいかな?
良いよね? お母さんとすごく関係のある事だから!

そう決意すると、私は口を開いた。

「あのね。お母さんの敵(かたき)を取る為なんだ」
「敵(かたき)じゃと?」

訝しげな反応が返って来たが、私は気にする事なく、勢い良く言葉を続けた。

「うん! この町からお母さんを卑怯な手を使って追い出したのは、ぬらりひょんでしょ! だから…!」
「……少し待つのじゃ。舞香。妾は追い出されてなど居ないぞえ?」
「え?」
「妾は自分の意志で、この町を後にしたのじゃ」

え? え?
お母さんの意志で…?

「でも、その原因はぬらりひょんでしょ!?」

そうだ。お母さんはぬらりひょんに卑怯な目にあわされたのだ。
お母さんを卑怯な手口で追いつめるなんて、許せない!

と、お母さんは私の頭を再び撫ぜた。

「舞香……。少し、昔語りでもしようかのう……」

そして、遠い目をしながらゆっくりと語り出した。


約400年ほど前に、外つ国からこの国に辿り着いたお母さん。
”力”を求めていたお母さんは、魑魅魍魎の主であるぬらりひょんに戦いを挑んだ。
しかし僅差で負けた。
お母さんは自分の”力”を向上させる為、江戸を去った。
各地を周っていると、修行の旅に出ていた僧侶のお父さんと運命の出会いをする。
そして今に至り、今は”力”などどうでも良く、ただお父さんと私が居ればそれだけで、とても幸せ、と言う事だった。

って、ん?

「ちょっと待って!? お父さんが旅の僧侶!? 今の時代、滅多に有り得ないと思うよ!?」
「誰が今と言うたのじゃ。400年程前に決まっておろう」

はい!? 400年前!?

「お父さん、妖……かい!?」

嘘だ!
あのいつもニコニコ笑顔が絶えないお父さんが妖怪なんて、嘘!

パニックに陥っていると、お母さんは小さく溜息を零すと呆れたような声音で口を開いた。

「れっきとした人間じゃぞ?」
「じゃあ、不老不死!?」
「人間じゃと言っておるぞよ? 400年前は色々有り離れ離れになってしまったが、妾と結ばれる為に転生してくれたのじゃ」

お母さんは頬を赤く染め、それに手を添えた。
表情が『大好き。世界一大好きじゃ』とハッキリと語っていた。

えーっと……ノロケ話し。御馳走様です。

私は大きく溜息をつく。

でも。
玉章の話しとお母さんの話し。すごく違い過ぎる。
お母さんの話しの中では、ぬらりひょんから卑怯な事をされたなんて、一言も出て来なかった。
それに、お母さんは、追い出されてなんかいなかった。
どういう事?

それに……
今まで気が付かなかったけど、玉章に会う前から、ぬらりひょんの孫の奴良リクオを嫌っていた。
お母さんの敵の孫、という理由で。
……。
誰にその事を聞いたんだろう?
誰に?

眉間に皺を寄せながら考え込んでいると、お母さんは私の肩を優しく押し、ベッドに横たわせる。
そして布団を掛け直すと私の眉間を指で軽く押さえた。

「そんなに考え込むと、また知恵熱を出すぞよ?」
「うん。でも……」
「気楽に考えれば良いぞよ? しかし、奴良リクオを誘惑する、という考えは禁止じゃ」

そう言うとお母さんはしかめっ面を作った。
もしかしたら、可愛い娘を嫁になんて行かせぬ、って考えてるのかもしれない。

奴良リクオを好きになるはず無いのに。

私は苦笑しつつ、お母さんに向かって頷いた。







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