なんで私の名前を!?

驚くが、すぐに納得する。

犬神が私の事を話してくれたんだろう。
でも、玉章は何故この中学校に?

訝しげに見ていると、玉章は腕を組んだ姿勢のまま眉を顰め、見返して来た。

「このボクに会えたんだ。もっと嬉しそうな顔をしたらどうなんだい?」

嬉しそうな顔?
なんで嬉しいと思わないといけないんだろう?

不思議に思っていると「馬鹿顔は止めてくれる?」と言われた。

「ちょ、馬鹿顔って何!?」
「言葉通りだよ」

不敵に言い放つ玉章に私は物凄く腹が立った。

「別に貴方に会えても嬉しくない!」

思わず口走る。
そして、すぐに我に返り、後悔した。
良く考えてみたら、目の前の妖怪は四国妖怪。
反感を買うような事を言ったから、もしかして仲間にして貰えないかもしれない。

でも、馬鹿にされたから、言い返したかったし…!

口を押さえながらぐるぐる考え込んでいると、面白そうな声音が耳に聞こえて来た。

「面白いね。ボクにたてつく女は久しぶりだ」

顔を上げると何故か玉章は面白そうにニヤリと笑っていた。

たてつく、女? どういう事だろう?
そういう女性は周りに居ないって意味かな?

と、私は、玉章の上に立つ者だけが持つ独特の雰囲気に気付く。

その事から、導かれる答えは、一つ。
目の前の王様のような青年に反論する女性はいない、という事。

「もしかして、四国妖怪の……幹部?」

思いついたことを口にしてみると、冷たい視線を浴びせられた。
玉章は皮肉げに唇の端を持ち上げる。

「幹部? このボクが? クッ……愚かだね。犬神から聞いてないのかい?」

徐々に玉章から凄まじい威圧感が発せられて来た。
その重圧に呼吸がしづらくなる。
背筋に冷や汗が流れる。

何、これ?

「……っ」

言葉を返しきれない私に玉章は顔に薄ら笑みを浮かべ、近付いて来た。
髪をグッと掴まれ、顔を上向きにさせられる。
そして、顔を近付けて来た。

「まあ、いい。ボクは寛大だから今の発言は許すよ…。でも、覚えておくといい。次は無い」

その圧力に押しつぶされそうになり、私は喘ぐように呼吸をしながら、首を縦に振った。
と、乱暴に髪を離す。私は離された拍子によろける。
そんな私に冷ややかな視線を向けながら静かに口を開いた。

「ボクは四国八十八鬼夜行の主だ。お前の主にもなるんだ。覚えておけ」

主?

「な、かまじゃ、ないの?」

そう問うと、フッと重圧が止んだ。
力が抜け、思わずその場に座りこむと、玉章から顎をクイッと持ちあげられる。

「そうだ。仲間だ。しかし、実績が無ければ他の幹部は納得しない。そこで、だ」

玉章の眦が吊り上がった目が、妖しい光を宿す。

「奴良リクオを嵌めるんだ」
「え?」

嵌める?
嵌めるって事は相手を騙して陥れる、って意味で……
嘘を付いた事はあるけど、相手を陥れたことなんて無い。
私に出来る?

眉を寄せて考えていると、玉章は私の顎を掴んだまま更に言葉を続けた。

「間者からの報告によると、奴良リクオはお前に好意を寄せているらしい」
「はえ!?」

妙な音質の声が口から飛び出た。
素っ頓狂な声とは、まさにこの事かもしれない。

って、
「ないない、ないないっ!」

私は思い切り否定した。

奴良リクオが私の事好きだなんて有り得ない!
確かに奴良リクオは具合の悪いフリをした私を保健室に連れて行ってくれたけど、他意はないと思う。
奴良リクオは誰にでも優しいフリをしているのだ。

と、玉章は一瞬片眉を上げるが、元の表情に戻ると私の意見を無視し、話しを続けた。

「その気があるように振る舞い、最後にこっぴどく振る。親の敵に対する制裁としては、なかなか良い案だと思わないかい?」

親の敵。
お母さんをこの町から追い出したぬらりひょん。
その孫が私に騙されて、泣きそうな顔をするのを見ると胸がスカッとするに違いない。
と、奴良リクオの悲しそうな表情が脳裏に浮かぶ。
すると、何故か胸の奥が一瞬ズクッと痛んだ。

今の痛み、なんだろ?
気の所為?

首を少し傾げる。そんな私を悩んでいるのかと勘違いしたのか、玉章は畳みかけるように口を開いた。

「親の敵に対する正義の制裁だ。悩む必要は無いだろう」

正義の制裁。
確かに。

私はコクリと頷く。
と、グラウンドの方から私の名前を呼ぶ声が聞こえて来た。

この声は、奴良リクオだ。
多分、保健室から消えた私を捜しているのだろう。

「優しいフリも大概にしとけばいいのに……」

そう呟くと、玉章は私の顎から手を離し小さく笑った。

「クッ……。有永舞香。楽しみにしてるよ…」
「う、まく行かないかもしれないかもだけど、頑張ってみる」

そう答えると、玉章は姿を現した時と同じように木の葉を自分の周りに渦巻かせ、そのまま姿を消した。

奴良リクオを嵌める、と言うか誑かす。

「私に出来るのかな? カナちゃんみたいに可愛ければ出来るんだけど……」

自信の無さから、溜息を一つ付く。
しかし、やらなければ、認めて貰えない。
認めて貰えなければ、敵への制裁は出来ない。
私はお腹に力を込め、腹を決めた。

やってみなければ判らない。

「ダメでもともと! がんばろ!」

私は拳をグッと握り締めた。







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