お母さんの敵の孫。
憎い相手。
奴良リクオ。

その相手に私は今、保健室へ向かって姫抱きで運ばれている。

憎いのに。拒絶したいのに、何故か触れてる部分が熱く心地良い。

私はその感覚を払うように小さく頭(かぶり)を振った。

いや、これは気の所為!

私は唇を固く結んだままキッとした表情で顔を上げ、降ろしてと口にしようとしたが、ふとある可能性が脳裏を横切り、半ばまで出かかっていた言葉を飲み込んだ。

学校まで会いに来てくれた犬神。
私はその犬神と話しをする為に、仮病を使った。
今、運ぶことを強く拒むと、どうして?と疑問を持たれ、仮病がバレてしまい、何とも無いなら教室に戻ろうと言う流れになるかもしれない。
それじゃあ、せっかく会いに来てくれた犬神に悪い。

私は奴良リクオの腕の中で、再び俯くと仮病のフリをし続けた。


どのくらい時間が経っただろう?
突然奴良リクオの足がピタッと止まった。
それと共に奴良リクオが唖然とした声で呟く。

「え……、閉まってる……」

閉まってるって事は、保健室の先生が不在だと言う事だ。
と、言う事は、担任の先生に具合が悪い事を申告し、そのまま帰る事も出来るハズ。

「あの、奴良君。私、」

担任の先生に自分で申告しに行く、と言おうとすると、後ろから可愛らしい声が上がった。

「若!? 保健室の前で一体どうなさったんですか!?」
「あ、氷麗」

その声に奴良リクオは私を姫抱きにしたまま、後ろを振り向いた。
声の主は、今朝奴良リクオの仕事を手伝っていた黒髪の少女だった。

確か、及川、さん。しかし、正体は雪女。奴良家の下僕。

こちらに駆け寄って来る少女の情報が、脳内を一瞬に駆け巡る。
と、雪女は奴良リクオの腕の中に居る私を見ると、目を大きく見開いた。

「わ、若! なんで有永、…さんを腕に抱っこしてるんですか!」
「具合が悪いんだから仕方ないじゃないか」
「え? どこか悪いんですか?」

マジマジと見つめられ、私は思わず視線を逸らす。

「顔色は普通のようですけど……」
「え? 本当? 有永さん。もう平気?」

まずいっ! 

私は、冷や汗をかきながら、覗き込んで来る奴良リクオに向かって口を開いた。

「……あ、の……、さっきよりマシになったから、もう歩けるよ……?」
「うーん。でもまだ痛いんだ……。雪女。鴆君に連絡取れるかな?」

ちょっと待って! 歩けるくらい回復したって言ってるのに、スルー!?

心の中で奴良リクオに突っ込んでいると、雪女はキョトンとしながら首を傾げた。

「鴆様に?」
「うん。有永さんは妖怪の血が入ってるから、鴆君の薬、効くと思うんだ」

と、雪女は驚愕に目を見開いた。

「ちょ、ちょっと待って下さい! 有永は妖怪だったんですかー!?」
「あ、この事は皆にはナイショにしといてね。有永さんのお母さんとの約束なんだ」

お母さんとの約束?

私は思わず仮病の演技を忘れ、眉を顰めながら奴良リクオを見上げた。

敵なのに、なんでお母さんと約束交わしてるんだろう?
もしかして、お母さん騙されてる?

私は険しい視線を奴良リクオに向けるが、奴良リクオは何をい勘違いしたのか、心配そうな表情で私を見つめた。

「有永さん、大丈夫? やっぱりベッドで休んだ方がいいか……」

最後の方は呟き声になっていたが、抱きあげられていたので、しっかり耳に入って来た。

ベッド=自宅のベッド=帰宅する
うんうん。私一人で担任の先生に具合が悪いって言いに行くから、早く解放して!

そう心の中で奴良リクオに叫んでいると、奴良リクオは保健室の扉に視線を移し、雪女の名前を呼んだ。

「氷麗」
「はい、若?」
「この扉。壊すから手伝ってよ」

は?

私は、自分の耳を疑った。

壊すって聞こえたけど、気の所為?

と、雪女は慌てたような表情で返事を返した。

「わ、若!? いいんですか!? 若の嫌いな悪行になっちゃいますよ!?」
「非常事態だから仕方ないよ」

ひ、非常事態って!?

呆気に取られていると、雪女はしぶしぶ頷き冷気を扉に吹きつけた。
ピキピキピキ、と凍って行く扉。
それを奴良リクオは勢い良く蹴りつける。

うわー!? 何、してるの!?

扉は簡単に前へと倒れて行き、中への道が開いた。

「よしっ! ボクは有永さんを休ませるから、氷麗は鴆君をお願い!」
「はい!」

雪女はパタパタと足音を立てながら、廊下の向こうに姿を消した。
奴良リクオはそれを見送ると、私を保健室のベッドに寝かせた。

奴良リクオ……
いくら病人の為とは言え、滅茶苦茶な行動だ。
なんで、私にここまでしてくれるんだろ?
こんな滅茶苦茶な事は、大事な人とかが病気になった時に取る行動じゃないかな?

その突飛な行動の原動力が自分だとは知らず、私は胸の中で突っ込んだ。








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