病院内に足を踏み入れるとまず受付の人に鳥居さんの病室を聞いた。
そして、エスカレータを使いに鳥居さんが居る病室へ向かった。
と、先頭を歩いている清継君の手には、小さな千羽鶴の束が握られていた。
通常の長さよりも短いので、鶴は千羽無い事が判る。
と言うか、なんで中途半端な千羽鶴持ってんだろ?
疑問に思っていると、ふいに清継君が振り向いた。
「そう言えば、有永さん。金曜日に会ったおじいさんは大丈夫だったのかい?」
「え?」
私は目を瞬かせる。
何の事だか全然判らない。
「おじいさん?」
私の問いかけに、清継君は、何故か目を煌めかせ両手を大きく開いた。
「いやだなぁ、あの妖怪みたいな縦長頭のおじいさんだよ! 帰宅途中のボクが駅の構内で声掛けたら、具合が悪いから病院へ連れて行くって言ってたじゃないか」
金曜の帰りに清継君に会った記憶なんて、全く無い。
しかも、縦長頭の妖怪みたいなおじいさんなんて、全然知らない。
「?」
「次はきちんと紹介してくれたまえよ! 有永さん!」
「へ?」
首を傾げる私に構わず言葉を続ける清継君。
紹介してくれ、と言われても……そんなおじいさん知らない……
「……」
本当に不可解な事ばかりだ。
金曜と言えば、確か空白の時間があった時。
おじいさんを病院に連れて行ったのなら、覚えているはずだけど…
なんで?
なんで記憶に残って無い?
うーん、と頭が痛くなるほど考えても、その原因が判らない。
思い切り眉を顰めていると、いつの間にか鳥居さんの居る病室の扉の前に辿り着いていた。
清継君はその病室の扉を勢い良く開ける。
「やあ、マイファミリートリー! 元気かな!?」
いや、元気だったら、入院してないって。
私は心の中で突っ込みを入れる。
まあ、でもそれも清継君の持ち味と言うか、個性なんだろう。
そう考えつつも、私は皆に続いて病室へ足を踏み入れた。
その病室は4つのベッドが置かれてあり、それぞれ白くぶ厚いカーテンで仕切られていた。
鳥居さんは、入って右の窓辺のベッドで、上半身を起こしている。
何故かベッドの上に巻さんが、口を大きく開けイビキをかきながら眠っていた。
鳥居さんは目を丸くしながらも、嬉しそうに笑顔で迎えてくれた。
「あ、みんな。来てくれたんだ!」
緊急入院をしたらしいが、見た限り元気そう。
その元気な姿に重い病気じゃなくて良かった、とホッとしていると、カナちゃんが首を傾げながら疑問をぶつけた。
「突然入院だなんて、ビックリしちゃった。どうしたの?」
「あ、えっと……私ね、昨日「ぱっぱらぱっぱっぱーん! 見たまえ、鳥居さん!」
と、清継君は鳥居さんの言葉を遮り、ジャジャーンと効果音を付けながら、千羽鶴を鳥居さんに差し出した。
「ボクの熱い想いがこもった千羽鶴だよ! 時間が無くて178羽しか折れなかったけどね! さあ、遠慮なく受け取りたまえ!」
「……! あ、ありがとう」
鳥居さんは吃驚したような顔をするが、笑顔でそれを受け取った。
そして、受け取った千羽鶴をじっと見つめた。
「私ね、昨日意識不明で病院に運ばれたんだけど、ずっと危篤状態だったらしいんだ。でも、朝方、不思議な現象が起こったって……。この千羽鶴を見てると千羽様に救われた気がする」
「危篤!? 大丈夫!? 起きてるのも辛いんじゃ……」
「あはは。大丈夫。元気だよ! ね、巻。見て! 清継君に千羽鶴貰ったよ!」
危篤と聞き心配になり声を掛けるが、鳥居さんは明るい表情で返事を返してくれると、寝ている巻さんに声を掛けた。
と、突然巻さんが奇声を上げながら、飛び起きる。
「千羽ー!?」
「ど、どうしたんだい!? 巻君!?」
驚いたように目を丸くする清継君に構わず、巻さんはキョロキョロと周りを見回した。
そして、鳥居さんの手の中にある千羽鶴を見ると、胡乱げな視線を鳥居さんに送る。
「ちょっと鳥居。もしかしてまた私を千羽様のとこ行かすんじゃないわよね?」
「「「千羽様?」」」
私とカナちゃん。そして清継君が疑問の声を上げる。
それに鳥居さんが頷いた。
「うん。この病院の近くに千羽様っていう神様を祀ってる祠があるんだ。おばあちゃんが良くお参りに行ってる神様」
と、清継君が目をきらめかせその話しに食い付いた。
「もしかして、伝説の千羽様の祠かい!? こんな所にあったなんて、知らなかったよ! さあ、みんな、さっそく行こうじゃないか! 巻さん、案内をしてくれたまえ!」
「嫌よー! あそこ、怖い妖怪出るんだからー!」
「それこそ聞き捨てならない!!さあ、巻さん。行くよ!」
「嫌ったら、嫌ー!」
「ちょ、ちょっと、2人共! 落ち着いて! ここ病室だから!」
行く行かないの攻防を続ける清継君と巻さんを奴良リクオがそれを止める。
私はこっそり、はあ、と溜息をつくと、窓の外を見た。
思い出すのは、さっき階段で清継君から言われたこと。
私がおじいさんを病院へ連れて行くって言っていた?
本当にそんな記憶全く無い。
なんで思い出せないんだろう?
縦長頭のおじいさん。
と、何か不気味な笑い声が頭の中に蘇って来た。
なに?
なんだか、言葉に表せない程の恐怖が沸く。
私は背筋をゾクッとさせながら、自分の腕をきつく握りしめた。
そんな私を奴良リクオが仲裁する手を止め、心配げに見ていたなんて、全く気が付かなかった。