土日を挟んだ次の月曜日。
奴良リクオは朝からクルクルと動き回っていた。
5限目と6限目の間の休み時間の今もそうだ。
奴良リクオは、せっせと黒板を消している。
今日の日直の人は、仕事を奴良リクオに任せ、友達と楽しげに会話をしていた。
奴良リクオは、お母さんの敵の孫。
絶対に何か裏があって、あんな事をしてるんだ。
私は奴良リクオの背中を睨みつける。
でも、背中を見ているうちに胸の奥がキュッと締め付けられる感覚に陥った。
その痛みはまるで、私の思考を否定するような…
「この痛みって……何? っ! まさか!」
私は再び奴良リクオの背中を見る。
まさか、敵の思考を狂わす電波でも発信してる!?
眉を顰めそう考えていると、右肩をチョンチョンとつつかれた。
顔を上げると今日も可愛いカナちゃんが居た。
「舞香ちゃん。どうしたの? 眉間に皺がすっごい寄ってるよ?」
「え?」
私は慌てて自分の眉間に手を当てた。
「次の授業の事考えてたんでしょ? 舞香ちゃんの苦手な数学だものね」
「あ、うん。今日も難しいんだろなーって」
奴良リクオを睨んでた、なんて言えない。
苦笑いする私にカナちゃんは可愛らしく首を傾げ言葉を続けた。
「あ、難しいと言えば、宿題やって来た? 問4難しかったわよね」
「宿題?」
「………え? 舞香ちゃん。もしかして…」
「え、えーっと……、宿題なんてあったっけ?」
記憶に無い!
カナちゃんは、私の言葉を聞き不思議そうな顔をする。
「昨日宿題出されたじゃない。日誌にも宿題の範囲書いたでしょ?」
「か、書いたような、書いてないような……」
日誌を書いていた事は覚えているけど、どこをどう書いたか覚えてない。
「もう。あと5分しか無いわよ?」
「えぇ!?」
うわー! もしノート提出って言われたら、完璧に怒られる!
冷や汗が、ダラダラと頬を滑り落ちた。と横から奴良リクオの声が割り込んで来た。
「有永さん。宿題忘れたの?」
ムカムカして来ると同時に、胸の奥が相反するように小さくトクンと脈打つ。
それを無視して、私は眉を顰め奴良リクオを見た。
そんな顔の私に気にした様子も無く、笑顔で大学ノートを差し出して来る。
「はい。ノート提出は多分授業の終わりごろだから、その間に写しなよ」
敵の情けは受けたくない。
私は無言で首を横に振った。
すると奴良リクオは、キョトンとし首を少し傾げた。
「どうしたの? 具合悪いのかなあ?」
額にペタッと奴良リクオの手が置かれる。
「っ!」
手を振り払いたいのに、身体がピキンッと音を立てて硬直した。
何故か心臓の音が大きくなる。
「熱は無いみたいだね。ノート置いとくから、提出する時、一緒に出しといてよ」
「あ、リクオ君、舞香ちゃんに貸す前に、問4見せてくれる?」
「うん。いいよ!」
笑顔でカナちゃんと会話を交わした奴良リクオは、大学ノートを私の机の上に置くと自分の席に戻って行った。
身体の硬直が取れた私は、脱力しながらその机の上に置かれたノートを見た。
もしかして……罠?
いや、罠でなくても、敵である奴良リクオのノートなんて見たくない。
私は、ノートを手に取るとカナちゃんに渡した。
「ありがと! すぐに返すね」
「ううん。そのままカナちゃん持っててくれるかな?」
「え? どうして?」
不思議そうな顔をするカナちゃんに私は言葉を続ける。
「宿題忘れたの自分の所為だし。潔く怒られる」
「え……、でも……」
「大丈夫! こう見えても怒られ慣れてるから!」
カナちゃんを安心させる為に、笑顔で嘘をついた。
しかし、私の言葉に顔を曇らせる。
「舞香ちゃん……。それもちょっとどうかと思う……」
「あー……」
と、そこで始業ベルが鳴り響く。同時に教室の入り口の扉が横に開き数学の先生が入って来た。
数学の先生は、扉の前で始業ベルを待っていたのかと思うくらい、時間に正確だ。
何か言おうとするカナちゃんに手を振り席に着くのを見届けると、私は先生から怒られる覚悟を決め、前を向いた。