次の日の放課後、教室の中で私は日誌を書いていた。
転校して来てから初めての日直の仕事だ。
一生懸命、書きたい。
授業の記録欄やHRの記録欄。書くことはたくさんある。
しかし、今日あった事を書き記せば良いから簡単だった。
でも、最後の『1日の反省』の欄で鉛筆が止まる。
今日の反省……
私は朝からあった事を思い起こした。
花の水やり。花瓶の水の取り換え。チョークの準備。その他もろもろ。
でも、ほとんど奴良リクオ君が、全てやってくれた。
「あれ? 私、日直の仕事してない?」
反省する事が無い!
いや、日直の仕事をしてない事自体が反省する事だけど!
正直に書いたら、絶対に先生から怒られる!
私は両手で頭を抱え考え込んだ。
「うーん。反省…。うーん……」
と、突然教室の入り口の戸が開いた。
「舞香ちゃん。まだ残ってたの?」
ん? この声は……
「カナちゃん?」
教室の入り口に立っていたのは、先に帰って貰ったはずのカナちゃんだった。
私は顔を上げると入り口に佇むカナちゃんに首を傾げた。
「どしたの? カナちゃん。忘れ物?」
「……そんなものかな?」
カナちゃんは人差し指を頬に当てそう答えを返すと、にっこり笑い、後ろで手を組みながら私の傍に歩み寄って来た。
そして隣の席に座ると、身体を前に傾け手元の日誌を覗き込む。
と、一瞬、違和感を覚えた。
あれ? 鞄は?
でもカナちゃんからすぐに声をかけられ、考える前に疑問は霧散した。
「日誌書いてるの?」
「うん。”1日の反省”の欄以外全部埋めたんだけど……」
「うーん。1日の反省なんて適当に書けばいいと思うわよ?」
「適当……。適当……。むーん。適当な文章が思い浮かばない……」
「そうねぇ、例えば……」
「うん」
次の言葉を待つ私に、カナちゃんは人差し指を口元に当てながら言葉を続けた。
「例えば、舞香ちゃんのお母さんへのお詫びの言葉とかどう?『奴良リクオ君と仲良くしてごめんなさい』とか。ね!」
「は?」
突然何を言いだすんだろう?
目を丸くしていると、カナちゃんは可愛らしくペロッと舌を出した。
「あ。ごめんなさい。舞香ちゃん知らなかったんだよね」
「カナ、ちゃん?」
「あのね。舞香ちゃんのお母さんってリクオ君のお祖父さん。ぬらりひょんと敵同士なんだ」
「なん、で?」
そんな事知ってるんだろう?
背筋がゾワリと震える。
カナちゃんが、お母さんの事とかぬらりひょんさんの事知ってるはずない。
2人の事を知っているのは、妖怪だけだ。
カナちゃんじゃない!
椅子から慌てて立ち上がりながら、後ずさり窓を背にする。
カナちゃんの姿をした妖怪は、そんな私の行動を不思議そうに見つめた。
「あら? どうかしたの?」
足が微かに震え、心臓がバクバクと鳴り、背中に嫌な汗が伝う。
「あなた、誰!? な、なんでカナちゃんの姿!?」
「舞香ちゃん? 私、カナだよ?」
不思議そうに首を傾げるカナちゃんは、人間そのものだ。
いつものように、すごく可愛い。
でも、口にする言葉が本人じゃない事を物語っている。
私は首を振った。
「お母さんとぬらりひょんさんの事。カナちゃんが知ってるはず、ない!」
「え? でも、有名だよ?」
「本物のカナちゃんだったら、奴良君のおじいさんの名前知らないはず!」
「知ってるわよ? それに」
と、カナちゃんがスッと私の後ろを指差す。
「そこのお爺さんも」
「フェフェフェ、三ツ目八面が言うておった娘はお前かのう?」
突然耳元で老人の声が聞こえて来た。
バッと横を向くとそこには、ガラス窓から長い頭を突き抜けさせた妖怪がいた。
縦に長い頭の真中に大きな目があった。
この顔、覚えがある!
羽衣狐編で出て来る、鏖地蔵!?
「ひっ、!」
踵を返し逃げようとした私の腕をカナちゃんが素早く掴んだ。
その握る力は強い。
まるで、男の人の力だ。
「離、っ!」
「娘。手間取らせるでないぞ。羽衣狐様の夕飯の時間までには、帰らねばいかんからのう」
「舞香ちゃん、どうして逃げるの? 友達でしょ?」
「は、離して! 妖怪!」
「あら? バレちゃった?」
「面の皮。バレバレじゃ」
「仕方ないじゃない。急に呼び出すから、まともに舞台も準備出来なかったし」
カナちゃんに化けた妖怪は、カナちゃんの顔でぷうっと可愛らしく頬を膨らます。
「文句は三ツ目八面に言うんじゃな。ワシも同じじゃて」
三ツ目八面……!?
確か、いつの間にか山ン本から生まれた妖怪にすり替わっていた妖怪!
何の為に私を捕まえるの!?
と、鏖地蔵から顎をガシッと掴まれた。
「ほれ、ワシの目を見るんじゃ」
縦長の頭にある大きな目が紅く光る。
見たくなくて暴れても、カナちゃんに化けた妖怪に羽交い締めにされる。
そして再び顎を掴まれ、無理矢理顔を上げられた。
煌々と紅く光る大きな目がギョロリと私を見る。
そのとたん、意識がスウッと真っ白になっていった。
もしかして、敵の捕虜になってしまう!?
そして、何故か現れた鏖地蔵の姿に、その先の自分の姿を想像してしまった。
最悪、捕虜では無く羽衣狐のエサ。
嫌っ! 食べられたくないっ! 死にたくない!
どうにかして意識を保とうとしても、真っ白に塗り潰される速度は緩まない。
真っ白に塗り潰される最後の瞬間、何故か奴良リクオ君の顔が頭に浮かんだ。
助けて……! 奴良、く……