私は前を歩いている奴良リクオ君と氷麗ちゃんに視線を向けた。
氷麗ちゃんが凄見のある顔で奴良リクオ君に何かを言いながら迫っている。

うわ…、もっと胸が痛くなった……
やっぱり、これって奴良リクオ君の事、好き、って事なのかな?

でも、『ぬらりひょんの孫』の世界だからか、これまで原作通りの事柄が起きている。
言葉まで、デジャブを感じるものばかりだ。
と言う事は、きっとこの先奴良リクオ君は、必ず氷麗ちゃんを好きになる。

好きになっても……、絶対に、叶わない。
好きになって貰える可能性なんて皆無。
忘れる。
忘れた方がいい。

私は自分の胸元をぎゅっと掴むと、下唇を噛んだ。
と、前方から聞き慣れない青年の声が聞こえて来た。

「君が奴良リクオ君?」
「え?」

全員が奴良リクオ君に声を掛けて来た青年に注目する。
その青年は黒髪をきちんと撫ぜ付け白い夏の制服にネクタイを付けていた。
雰囲気からして高校生みたいだ。

「ねえ、舞香ちゃん。あの人、リクオ君の友達かしら?」
「んー? 友達だったら名前確認しないと思うよ?」
「そっか。うん、そうよね。だったら、誰…?」
「さあ…?」

カナちゃんと2人で青年を見ながら、小声で言葉を交わしているとその青年は突然奴良リクオ君の顎をクイッと持ちあげ、挑むように言葉を発した。

「僕たちは似ている。若さも、才能も、血も――」
「?」

そして唖然としている奴良リクオ君の顎をパッと離し、その青年は艶然と笑った。

「でもボクは君の上を行く。最初から全てを掴んでいる君よりもね」
「あの…?」
「判らないフリをするのかい? まあ、ボクはそれでもいいけど」

そう言いながらクルリと背を向け、手を振った。

「ボクもこの町でシノギをするから」

って、これ!
四国妖怪のボス、玉章が言う宣戦布告のセリフー!!
って、ことは、あの高校生が敵の玉章!
これから、あの玉章との戦いが始まるんだ…!

そう思うと同時に、何故か奴良リクオ君の為に何かしたいという思いが沸いて来る。
巻き込まれたくないと思っていたのに、好き、という想いを自覚すると、反対の考えが沸いて来る。

不思議……
でも私は何も出来ない。
力なんて無いから。
……ん? でもちょっと待って? 確かお母さんが雷獣っていう妖怪って事は、私にもその血が流れてるワケで……
お母さんに聞けば、もしかしたら妖怪として力が振るえる?

でも、そう考えると人間以外のモノになるという怖さが沸いて来る。

力になりたい。でも……

うーん、と考え込んでいると、隣に居たカナちゃんが悲鳴を上げながら、しがみついて来た。

「どしたの!? カナちゃん!?」
「あ、あ、何か湿ったものがペロッって……っ」
「湿ったもの?」

ふい、と顔を上げるとカナちゃんが居た場所に、青年と同じ制服を着た少年が立っていた。
髪型を整えていない所為かボスの玉章よりも幾分若く見える。
そして犬のように舌を長く伸ばしていた。

この人、犬神!?

背中がゾクッとする。

人間の姿をしていても、妖怪。しかも、人間に敵意を抱く妖怪!

私はカナちゃんに抱きつかれたまま、思わず後じさった。
すると、犬神は私をじっと見つめると目を少し細めニヤリと笑った。

「今のは挨拶じゃ。おんしも獣じゃろ。なら玉章につくぜよ」

その言葉にドキッとする。

なんで私が獣って!?
もしかして、嗅覚が発達してるから、私の身体から妖怪の匂いでもする!?

手に汗をかきながら見返していると、犬神もクルリと背を向け、手を上げた。

「ははは。まだ人間に騙されちょるのう。まあ、人間と仲良しごっこが終わったら来るぜよ。じゃあな」

人間に騙されてるってどういう事?
意味が判らない。

「舞香、ちゃん……どういう事?」
「わ、かんない……」

震えながら尋ねて来るカナちゃんの身体を支えながら、私は小さく首を振る。
そして去っていく2人の背中を見ていたら、いつの間にか深く傘を被った人達が玉章の後ろに加わっていた。
多分、幹部の妖怪達だろう。
私は、前方に居る奴良リクオ君を見た。
奴良リクオ君は厳しい表情で去っていく玉章達を見つめている。
また胸が苦しくなった。
でも、これは捨てないといけない気持ちだ。
スーハー、と息を整えていると、ププッとクラクションを鳴らした車が、歩道の脇に停まった。
お父さんの車だ。
窓がスーッと開くと、お父さんが柔和な顔を覗かせた。

「舞香。帰りが遅かったんでね。迎えに来たんだよ。そっちはお友達かい?」
「あ、奴良リクオです。この前はどうも……」
「お、及川氷麗です!」
「おじさま、家長です。お久しぶりです!」

カナちゃんは、旧校舎の探検の時に知り合いになったから、判るのだけど、何故か氷麗ちゃんまで名乗っている。
普通、他人の父親に会ったら会釈する事だけが多いのに、何故だろう?
もしかして、お父さんの柔和なニコニコパワーの所為?

はて? と首を傾げていると、いつの間にかお父さんが皆を送って行くような話しになっていた。

お父さんって優しくて結構世話好きだからなぁ……

身体の大きい青田坊さんは、バイクで帰るらしく、他の3人はぞろぞろとお父さんの車の中に乗り込む。
そして、先程の嫌な感じを払拭するような楽しい会話を皆で交わしつつ、帰途についた。








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