項垂れた私は、心配するように様子を伺って来るカナちゃんと一緒に、今日の活動拠点である会議室へと足を運んだ。
清十字怪奇探偵団は4月に発足したばかりなので、部室が無く、活動は発起人である清継君のクラスや屋上、そして空いている会議室等に集まるようになっている。
ガラリと会議室の扉を横に開けると、清継君、巻さん、鳥居さんが居た。
清継君は窓際の長机にノートパソコンを開き、何か打ち込んでいる。
巻さんは、清継君の後ろで椅子に座り、足をブラブラさせながら何かの雑誌を読んでいた。
そして鳥居さんは、両手を上げ腰を捻った状態で、ゆっくり前進運動をしていた。それはゆらちゃんから教えて貰ったものだった。
その顔は真剣そのものだ。

どうしたんだろ? 妖怪を見たとか?

そう思っていると、隣に居たカナちゃんが巻さんに問い掛けた。

「ねえ、鳥居さん、何やってるの?」
「あー、鳥居? 今朝さぁ、電車の中で痴漢に胸触られてさ。それで防衛意識が高まったみたい」
「「痴漢!?」」

私とカナちゃんの声がハモる。

それは、すごく嫌な思いをしたに違いない!
だって、想像しただけでも、気持ち悪いっ!

「だ、大丈夫だったの!?」

カナちゃんが心配そうな顔で言葉を続けると、巻さんは自慢げに髪を掻きあげた。

「大丈夫。私が速攻、駅員に突き出してやったわ!」
「流石、巻さん!」
「凄いわ! 巻さん!」

私とカナちゃんは、パチパチと拍手をしながら称賛の声を送る。
するとふいに、また後ろで扉が開かれる音がした。
振り返ってみると、氷麗ちゃんを連れた奴良リクオ君が辿り着いたところだった。

「あ、良かった。まだ会議始まってないみたいだ」
「若……、ではなく、リクオ君。今日は何の会議なんですか?」
「さあ?」

安堵の息をつく奴良リクオ君に氷麗ちゃんは興味深げに尋ねる。だが、内容を知らされていないのか奴良リクオ君は首を傾げた。

うん。私も内容知らないよ。
くっ、会議さえなければ限定ドリンク飲めたのにっ!

と、ふいに奴良リクオ君と目が合った。
何故だか気恥ずかしくなり、ちょっと視線をずらす。
すると、奴良リクオ君はツカツカと歩み寄って来た。
そして私の前で足を止めると思いきったように口を開いた。

「あ、あのさ!」

突然話しかけられたので、私は面食らって目が丸くなる。

「は、はい?」
「あの……ボクが、ごめん」
「え?」

どういう事だろう?

首を傾げていると、奴良リクオ君は慌てたように両手を振った。

「いや、判らなかったらいいよ! 忘れて!」
「う、うん?」

取り敢えず返事を返してみたけど、奴良リクオ君の言葉が意味不明で、とても気になる。
心の中で、うーん?と考えていると、窓際の清継君が喜色満面の顔で声を上げた。

「よしっ、出来たぞ! 諸君、これを見てくれたまえ!」

私達は、清継君の周りに集まり、手元を覗き込んだ。
手元のノートパソコンの画面には、日本列島各地に火の玉のようなイラストが描かれていた。
画面の左上には、円グラフが表示されている。

「これって?」

清継君の右側で氷麗ちゃんと一緒に並んで覗き込む奴良リクオ君が、問いを発した。
それに清継君は、得意げな表情で答えた。

「これは『全国妖怪分布図』さ! 化原先生との共作だよ! いいかい、こうすると……。ほら、棒グラフにも出来るんだよ!」

カチャカチャとキーボードの上で指を動かす清継君。
左側で鳥居さんと一緒に並んで覗き込む巻さんは怪訝そうに画面を見る。

「京都、めちゃ多くね?」
「巻、四国も多いよ」

鳥居さんが気付いたように、画面を指差した。
私は清継君の後ろで画面を見つつ、ふーん、よく集計したなぁ、と思っていたのだが、ふいにデジャブを覚えた。

あれ? この場面…。どこかで見たような?
確か、確か……

「あっ!」

思わず声を上げると、目の前に居る清継君がくるっと振り向いた。

「どうしたんだい? 有永さん?」
「あ、いや、なんでもない、です。はい…」

慌てて首を横に振る。
そして私は清継君の後ろから再びノートパソコンの画面を見つつ、確信した。

原作で四国編のはじまりの方に描かれていた、清継君が日本地図をみんなに見せる場面。

これがきっとそう。
これから、四国編が始まるんだ……
確か、四国編の内容は、四国妖怪の玉章が己の野望の為に、奴良組の縄張りである浮世絵町に攻めて来る話しだった。
……。組同士の戦いだし、今回は、巻き込まれないと思うけど、巻き込まれたら、絶対戦えない!
死亡確定だ!
いやだ! まだ、死にたくない!

うーん……。念の為に、奴良リクオ君に近付かない方が安全…?

だがそう考えた途端瞬時に、嫌だ、という想いが沸き出て来た。

え? なんで?

眉を顰めて考えていると、突然奴良リクオ君から名前を呼ばれた。

「有永さん」
「はい?」

顔を上げると、右肩に手を置かれた。

驚きで頭が真っ白になった。
そして心臓がバクバクし出し、触れられた箇所から奴良リクオ君の手の平の体温が、身体中に広がって行った。

何故か触れられてるのが、恥ずかしい。

うわわわ、手、て!

脳内でプチパニックに陥っている私に構わず奴良リクオ君は、心配そうに口を開いた。

「大丈夫? 難しい顔してるけど、何か困ったことでも起きた?」

私は、思いっきりブンブンと首を振る。

ないですっ!

「そっか。それなら良かった…」

奴良リクオ君はホッとしたような顔になる。
その表情に、今度は胸の奥がキュンと締め付けられる感じがした。

な、なんだろ? 胸の奥が甘くてちょっと痛い…

と、奴良リクオ君の隣に居た氷麗ちゃんが声を荒げて割り込んで来た。

「2人とも! 距離が近過ぎですっ!」

へ?








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