私は、突っ込まれないうちに話題を変えるべく口を開いた。

「そ、そーだ。あなたは、な、何故うちに?」

まだ、しどろもどろ感が残っているが、気にしないよう、願うしかない。
と、夜リクオ君は片方の口角を持ち上げると不敵に笑った。

「そりゃ、有永サンのおもしれぇ顔を見たかったからに決まってんだろ?」

は?

「それに、ついでだが、アンタが無事に帰れたかどうか確認したかったのもあるな……」

う、え?
えっと、もしかして心配してくれた?
多分、以前帰りに妖怪から襲われたから、気にしてくれたんだろうけど……

ついでだと付け加えられた言葉に胸がジンと熱くなった。

「あ、りがと……ございます。心配して、くれて……」

おずおずとお礼を言うと「気にすんな」と返された。

でも、クラスメイトの優しさに甘えるなんて良心が痛む。

「あの、お礼! 心配してくれたお礼したいので、欲しいもの言って下さい!」

私の言葉を受け、夜リクオ君はキョトンと不思議そうな顔をする。
そして数十秒無言で何かを考えると、私の方へ端正な顔を向けた。

何が欲しいんだろう?
やっぱりお酒かな?
またお母さんにおこずかいの前借りしないといけないな……

そう思いつつ、夜リクオ君の視線を受けとめていると、夜リクオ君は椅子からスクッと立ち上がった。
そして、突然夜リクオ君の姿が揺らめく。

「あ、れ?」

目が霞んでる?

そう思い片手で、ゴシゴシと目を擦る。
と、突然左横の窓から夜リクオ君の低い声が聞こえて来た。

「んじゃ、この絵貰って行くぜ?」

え?

声が聞こえて来た方に顔を向けると、片手に見覚えのあるスケッチブックを持ち、窓枠に足を掛ける夜リクオ君の姿があった。
そのスケッチブックは、私がさっきまで脇に抱えていたものだった。

何時の間に!?

「ちょっ、まっ!! それ、だめ!!」

慌てて取り返そうと窓枠に足を掛けていたリクオ君に詰め寄る。
そしてスケッチブックと取り返そうと、手を伸ばした。

「おっと」

夜リクオ君は、スケッチブックを持っている方の手を高く上げる。
妖怪に変身した奴良リクオ君は、私より頭一つ高いので、腕を高く上げられると届かない。

「本当にだめっ! それ落書きだから、あげられるようなものじゃないってば!」
「有永サン。嘘は良くないぜ? なんでも良いって言ったよな?」  
「いや、てっきりお酒か何かだと思ったの!」
「じゃあ、キスでもしてくれるかい?」
「へ……?」

思わず目を丸くし間近にある夜リクオ君の顔を見上げる。
シャープな顎と薄い唇がすごく近くにあった。
スケッチブックを取り返すことばかりに夢中になり、夜リクオ君の胸板に手を置き、支えにしながら背伸びをしていた。
顔が近い。思い切り近すぎる。
意図せず密着した体勢になっていた。

「ひゃっ!」

恥ずかしくて、慌ててバッと離れる。
顔が熱い。
沸騰しているようだ。

「ご、ごめんなさ……っ!」

夜リクオ君はクッと笑う。
そして「じゃあな」と言い残し、窓枠からひょいっと飛び下りるとそのまま夜の帳の中へ姿を消した。

ううっ、夜リクオ君に思い切り接近してしまった!
す、すごく恥ずかしい!
どうしよう。今夜眠れそうにない。
って、あ。

「私のスケッチブックー!」

返してー!


翌日。寝不足気味の私は欠伸を噛み殺しつつ、通学路を歩いていた。
と、前方に親しい2人の姿を見つけた。
カナちゃんと奴良リクオ君だ。
何か言い合っている。

「だから、あの方と友達なんでしょ? 教えてよ、リクオ君!」
「し、知らないよーっ」

話しの内容は、夜リクオ君についての話題みたいだ。

でも、カナちゃん、元気そう。良かった……

ホッとしていると、右横の電柱の陰から恨めしそうな声が聞こえて来た。

「若……っ! 2人なんて睦まじそうにっ…。家長との間に一体何が……っ!」

それは、浮世絵中の制服を着た氷麗ちゃんだった。
氷麗ちゃんは双眼鏡でカナちゃんと奴良リクオ君を見ながら、ゴゴゴ、と不穏な何かが流出している。
その後ろで人間に化けた厳つい顔の男の子(多分、青田坊さん)が困ったような顔をしながら、頭をボリボリ掻いていた。

えーっと、触らぬ神に祟りなしっ!

私は声をかけない方が無難だと判断し、2人の傍をそーっと通り過ぎると、カナちゃんと奴良リクオ君に声を掛けた。

「おはよー、どうしたの? 何かもめ事?」

及び腰の奴良リクオ君にカナちゃんが詰め寄っているような姿をとっていた。
奴良リクオ君は、乾いた笑いを零しながら。カナちゃんはコホンッと咳払いをしながら私の方に向き直った。

「あはは。有永さん。おはよう」
「おはよう。舞香ちゃん。えっと、何でもないのよ。こっちの話し」
「?」

夜リクオ君の話しだったよね? 私も助けて貰ったって知ってるハズなのに、なんで隠すんだろ?

カナちゃんの気持ちが判らず、はて? と首を傾げていると、カナちゃんの呟きが聞こえて来た。

「あの方とリクオ君が友達なのは、舞香ちゃん知らなくて良い話しよね? うん。決して、隠したいワケじゃないんだから…」

何か盛大な誤解をしているけど、どうしてそんな誤解をするまでに至ったんだろ?
カナちゃんの思考回路も判らない……

私は学校に辿り着くまで、ずっと心の中で首を傾げていた。








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