そんな私達に、ゆらちゃんは片手に式神を握りつつ眉を吊り上げ口を開いた。

「あの2人のように全裸で妖怪に襲われとうないやろ!? 特に有永さんは1度妖怪に遭遇しとるんや。あの時は助けが来たけど次はどうなるか判らん! 絶対、覚えなあかん!」

いや、何度も遭遇してるけどね。

私は奴良家で出会った妖怪達を思い出す。
と、隣に居たカナちゃんは自分の手首からゆらちゃんの手を外すと、片手を横に振った。

「ちょっと私やることあるから、またの機会にね?」
「仕方ないなー、じゃあ、有永さんはこっちや!」

ゆらちゃんは、掴んだままの私の手首を引っ張ると、巻さんと鳥居さんの横に連れて行った。

「ハイ、じゃあもう一回最初から通すで!」
「疲れたよぉ〜」
「もうちょっと休ませて〜」
「休んでて妖怪に襲われたらどうするんや! 有永さんは、私の真似をするんやで! ハイ!」
「学校で襲う妖怪いないって〜」
「ゆらちゃん。厳しすぎる〜」

そう言いつつも、巻さんと鳥居さんはゆらちゃんと同じ動きを繰り返した。
私もゆらちゃんの動きを真似してみる。
両手を上げ腰を捻り、片足を前に出す。

「よっ」

これは一見地味な動きだが、なかなか体力を使う。
巻さんと鳥居さんが悲鳴を上げるのも判る気がした。
するとゆらちゃんの鋭い声が飛んできた。

「有永さん、違う!! ここはこうするんや!」
「こう?」
「手の角度が甘いっ! 恥ずかしがらんできちっとこういう構えをとるんや!」
「んっ」

腕が引き攣るーっ
腕を上げたまま、足腰を動かすのはきついっ

と、屋上の出入り口から清継君のハイテンションな声が上がった。

「やってるね! 諸君! 陰陽師の花開院さんに教わる清十字怪奇探偵団諸君の姿! 素晴らしい! 花開院さんに頼んだ甲斐があったというものだよ!」
「清継ー! あんたが頼んだのね!」

巻さんは、余計な事をっ! と言いたげに眉を吊り上げ清継君に詰め寄り、胸元を掴んだ。
そんな巻さんに、清継君は不可思議そうな顔をして首を傾げる。 

「どうして怒ってるんだい? マイファミリー。陰陽師の技が習えるなんて滅多に体験できない事だよ? ははーん。さては、修行よりも早く妖怪に会いたいんだね。ふふふ。そんな巻さんにピッタリの情報を仕入れて来たんだよ。知りたいかい?」

胸倉を掴まれたまま顎に手を当て、キランと目を光らせる清継君に、巻さんは怒りを更に増したのか、そのままガクガクとゆさぶりはじめた。

「なんか、ムカつくーっ!」
「ハハハ。団員同士のスキンシップも重要だね」
「清継君。それ、なんか違うと思うっす」

何か勘違いをしている清継君に後ろに居た島君が控えめに突っ込んだ。


清継君と島君が来た事で、レッスンは一時休憩となり、清継君を中心をした場所に私達は集まった。

ん? そう言えば、奴良リクオ君と氷麗ちゃんが居ない。
いつものようにグラウンドの草むしりでもしてるのかな?

そんな疑問を持つ私を置いて、清継君は口を開いた。

「さて今日は、ある都市伝説を調べて来たんだ。妖怪大好きな君達は、早く聞きたいだろうが、その前に……」

清継君は持っていた鞄をゴソゴソ探ると、私の隣に座ったカナちゃんの目の前にピンクのリボンを掛けた箱を差し出した。

「家長さん。今日は君の生まれた日だ! 遠慮なくガンガン受け取りたまえ! マイファミリー!」
「あ、ありがと……」

面食らった様子でプレゼントを受け取るカナちゃんの後ろで、巻さんと鳥居さんが目を輝かせる。

「すっご! 高級そうな入れ物じゃん!」
「清継君、イケメン〜!」

そして2人はカナちゃんの手元を覗き込んだ。

「家長、何入ってんの? 開けて、開けて!」

私も興味深々でカナちゃんを見る。
私達の視線に囲まれながら、カナちゃんはピンクのリボンをほどき、箱を開けた。

「「「「………」」」」

出て来たのは、不気味な人形だった。
何と表現したらいいだろう?
マーブル模様の肌に、大きく縫われた口。片目は大きなボタンが取り付けられている。
ブードー教に出て来る口を縫われた人間をぬいぐるみにした感じだ。
これがプレゼント?
って、あ。

私はまた原作を思い出した。
何も変化のない日々の中、忘れかけていたが、ここは『ぬらりひょんの孫』の世界なのだ。
カナちゃんの誕生日と言ったら、雲外鏡事件の始まりだ。
横目でカナちゃんの顔を見ると、寝不足なのか少し隈が出来ているようにも見える。
原作と同じように悪夢を見ているのかもしれない。
眠れないのは、辛いことだ。
それなのに、今日一日我慢して授業を受けていたのだ。
私は心配に眉を寄せた。

「カナちゃん。大丈夫?」
「え?」
「いや、なんだか顔色悪いよ?」
「……、やっぱりそう見える?」
「うん」

カナちゃんは、肩掛け鞄に人形を直すと深い溜息をついた。

「ちょっと夢見が悪くて……」

やっぱり!

と、カナちゃんはスッと立ち上がると眉を下げ申し訳なさそうな顔をした。

「ごめん。やっぱり体調が悪いから、先帰るね」
「あ、私、送ってく」
「ううん。舞香ちゃんは、ゆらちゃんからのレッスン続けて?」
「え、でも!」
「大丈夫! 一人で帰れるよ」

そう言うと、カナちゃんは手を振り、私の傍を離れて行った。

待って? 確か、雲外鏡事件って、カナちゃんが一人で帰ってると雲外鏡に出会って、追いかけられる話しだったような?

待って! と再び口を開こうとすると、清継君が話しを再開した。

「おや? 家長さんは帰ってしまったようだね。まあ、いい。それじゃあ、ボクが仕入れて来た都市伝説の話しをしよう!」

清継君の話しを無視して、カナちゃんが1人で帰るのを止めた方がいい?
それとも、このまま傍観を決め込んだ方がいい?

私は制服のポケットを握った。
ポケットの中にはいつ悪い妖怪に出会っても良いよう、数珠が入っている。
もちろん、ゴールデンウィーク後、再び購入したものだ。

これがあれば、妖怪なんて、怖く、ないっ!
でも、異形の妖怪に遭うのは、正直怖い。
どうしよう。

私は頭を抱えて葛藤をした。
でも、答えは出ない。
どうしよう、どうしようとぐるぐる考えていると、都市伝説の話しはいつの間にか終わり、カナちゃんに渡した人形の話しになっていた。

「ふふふ。実はただのブランド品じゃないんだよ」

清継君は得意げに、もう一体同じ容貌をした人形を鞄から取り出した。

「ここをこう押してだね……」

すると、人形から呼出音みたいな音がぷるるると響く。
まるで、携帯のようだ。
と、思ったら、そうだった。

「この人形は、通信機にもなっているんだよ。はっはっはっ。家長君は驚くぞー! きっとボクのような友達が居る事に、感謝する事間違い無しだね!」

うーん。そうかな……?

と、人形からカナちゃんの悲痛な声が、響いた。

『た、助けて――っ!』

カナちゃん!
私が悩んでいた所為で、妖怪に襲われてしまった!?

後悔が胸を突いた。







- ナノ -