夜リクオ君の背中を見送った私は息を深く吸い深呼吸すると、頭の中をカナちゃんの事に切り替えた。

夜リクオ君と会うまでカナちゃんと全く会わなかった、と言う事は、もっと上に登ったのか、それとも別荘より下に居るか、だ。
原作では夜リクオ君に氷麗ちゃんを託されていたカナちゃん。
先程いつも傍に居る氷麗ちゃんの姿が見えなかったという事は、原作通りカナちゃんに預けた後だったからかもしれない。
原作とは違い、一人で上へ登って行ったかもという不安はあるが、今まで全く原作と同じ事が起こって来た。
下に居る可能性が高い。

私はそう推測すると、登って来た階段を懐中電灯で照らしながら、降りて行った。
別荘を過ぎ、もっと下に降りた時、懐中電灯が石段に座っているカナちゃんの顔を照らしだした。
誰かを膝に抱えている。

「カナちゃん、居た!」
「舞香ちゃん?」

驚いたような顔をするカナちゃん。
多分、ここまで追って来た事に驚いたんだろう。
私はカナちゃんの傍まで石段を降り、安心させる為に笑顔を向けた。

「うん。夜は女の子一人じゃ危ないから、追って来た」
「もう! 舞香ちゃんこそ危ないじゃない! 大丈夫だった?」

反対に心配してくれるカナちゃんの優しさに、照れくささと嬉しい気持ちでいっぱいになった。
と、膝の上で氷麗ちゃんがカナちゃんの首筋に腕を回し抱きついた。

「う〜ん、若ぁ〜、立派なお姿ですよ〜」

膝の上に居たのは、氷麗ちゃんだった。
やはり、原作と同じだ。
抱きつく氷麗ちゃんを見ながら、カナちゃんは困惑するように眉を八の字にする。

「及川さん、どうしたの?」
「うん。良く判らないけど、あの方が預けて来て……。きっと、妖怪から襲われていた及川さんをあの方が助けたんだと思うんだけど……」
「そうなんだ」

私はカナちゃんの隣に座り頷く。するとカナちゃんは可愛らしく小首を傾げた。

「聞かないの?」
「え?」
「あの方って誰ー!って…」

思わず目を瞬かせてしまう。
いや、だって頭の中には原作の知識が詰まりに詰まっている。
『ぬらりひょんの孫』が大好き過ぎて、12年経っても内容を覚えている程に。
だから、頭の中であの方イコール夜リクオ君という図式がすぐに出来上がってしまい、疑問を一つも抱かなかったのだ。
今更、「え?あの方って誰?」と聞いても遅すぎる。
どう答えようかと心の中で知恵を振り絞っていると、右手をガシッと掴まれた。

「判ったわ! 舞香ちゃんもあの方に助けて貰ったのね!」
「は、え?」
「私も小学生の頃助けて貰ったの! あの方に!」
「う、うん……」
「やっぱり、あの方ってすごいわよね!」

その勢いに思わず腰を引いてしまう。

「でも、なんでこんな山の中に居たのかしら?」

だが、私の様子を気にする様子もなく、私の右手を握ったまま、よく判らないわ、と眉を顰め首を傾げた。
と、カナちゃんが身体を動かしたからか、氷麗ちゃんが目を擦りながら目を覚ました。

「うーん……、若ぁ〜……?」
「あ、及川さんが起きたみたい」
「……及川さん?」

私とカナちゃんは、寝ぼけ眼の氷麗ちゃんを覗き込んだ。
と、パチッと大きな目を開けるとガバっと起き上がった。そして大きな声を上げキョロキョロと周りを見回し出す。

「こ、ここどこですか!? 若、若は!?」

その慌てぶりにどう答えようかと言葉を捜していると、カナちゃんが先に口を開いた。

「及川さん。あの方が助けてくれたからもう大丈夫よ」
「ハッ!? い、家長、さんっ!? お、おほほ。私ったら、みっともないとこ見せちゃってごめんなさい」

なんだか自分の言動を思い出し、誤魔化しているみたいだ。目が泳いでいる。
きっと、奴良リクオ君の事を『若』って言ったのを誤魔化したいのだと思う。
カナちゃんは気付いてない。
と、言うか、氷麗ちゃんを抱きかかえていたので、移動が出来なかったカナちゃん。
氷麗ちゃんが起きたからには、これ以上ここに居ても仕方がない、と思い立った私は別荘に帰る事を提案した。
それに頷くカナちゃんと氷麗ちゃん。
しかし、氷麗ちゃんは帰る途中、何度も山頂の方角を見上げては、「若……」と呟いていた。

こんな可愛い子を心配させるなんて、罪な奴良リクオ君だ。

そう思いつつも、何故か胸がチクチクとした。

なんだろ? これ?







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