別荘の温泉はこれまた豪華としか言いようが無かった。
庭園露天風呂を縮小したような感じで、広さは約10畳くらいだろうか。
たっぷりと縁までたゆたったお湯が、早く入っておいでと誘っているようだ。
掛け湯をし、足からお湯に入っていく。

ふはーっ! 生き返る――っ!
熱さが疲れた身体に染み渡っていくー!

ジーン、と温泉を堪能していると、隣に座っていたカナちゃんがキョロキョロと周りを見回し始めた。

「どしたの? カナちゃん?」
「ん……。その、あの子……」
「あの子?」
「…、及川さん。居ないけどどうしたのかしら?」

そう言えば、スパーンッと忘れてた。
確かつららちゃんは雪女だから、入れなかったっけ?
原作では、リクオ君と一緒に清継君の妖怪スポット巡りについて行ってたけど、現実ではどうだろう?

「部屋に行ってるとか」
「……。そうかな?」
「そうそう。だって、他に行くとこないと思うよ? もう周りはすごく暗いし」

うーん、と考え込むカナちゃん。

おお、考え込むカナちゃんも可愛い! 眼福だなぁ〜

そうホッコリしていると、突然ザパッと音を立てて立ち上がった。

「そうよ。夜のデートしてるかもっ!」
「ん?」
「舞香ちゃん! 私、先出るね!」
「え? え?」

呆気に取られる私を残し、カナちゃんはお湯から上がると、脱衣所に駆け込んで行った。

って、もしかして原作通り、真っ暗闇の中、山の中に一人で飛び出す!?
ちょ、それ危ない!
漫画の中では危険な目に遭うような事は全く描かれて無かったけど、現実での山の中は、かなり危ないと思う。
熊とか出るかもしれない!!

「待って! カナちゃん!」

「2人共もう出るのー?」「もうちょっとゆっくりしてけばいいのに〜」という巻さんと鳥居さんの声を背にしながら、私は湯から上がると急いでカナちゃんを追いかけた。
ガラッと勢い良く脱衣所の扉を横に開ける。
と、急いで服を着ているカナちゃんが居た。
カナちゃんは私を見ると吃驚したように目を見開く。

「舞香ちゃん? え? なんで?」
「あはは。私、カラスの行水なんだ」
「そうなんだ」

カナちゃんは私の言葉を素直に信じた。
そして、急ぐように着替え終わったカナちゃんは脱衣所を飛び出す。
私も慌ててそれに続いた。
カナちゃんは二階の各部屋を覗く。しかし、誰も居ない。
佇むカナちゃんの身体から、怒りのオーラみたいなものが漂って来る。

「やっぱり、あの子……!」
「カナちゃん、落ちちゅ……」

ああっ、落ち着いて!って言いたいのに、噛んでどうすんの、私!

ガクッ、と項垂れる私に、カナちゃんは据わった目をしつつ口を開いた。

「私、ちょっと出て来るわ……」
「ちょ、待って! 外はもう真っ暗だし、危ない!」
「大丈夫よ! そこまでだから!」
「カナちゃん!」

必死の呼びかけも届かず、カナちゃんは凄いスピードへ別荘の外へと駆け出して行った。
私も靴を履くと慌てて後を追うが、周りを見回してもどこにも姿が無い。
辺りには、暗闇が広がっていた。

どこ行ったの! カナちゃん!!

私の胸には瞬く間に不安が広がった。

どうしよ。カナちゃん、懐中電灯も持たずに飛び出して行ったけど…大丈夫かな?

私はテレビで見た特集番組をふいに思い出す。
キャンプをしていた人達が、正体不明の化け物に襲われ、必死に逃げ出すのだ。
通りがかったトラックに乗せて貰い九死に一生を得るのだけど…
山には、熊も居るけど、正体不明の化け物も居る。
って、言うか、この山、妖怪もばっちり居るー!!

「カナちゃん、探さないと!」

私は一旦別荘に戻り自分のリュックを置いている場所に行くとその中から懐中電灯を取り出す。
そして中には薬とかも入っているので、万が一の為にそれを背負った。

カナちゃん、無事でいて!

私はカナちゃんを追う為に、別荘を後にした。
数分後、麓から続く石段に辿り着く。
懐中電灯で周りを照らしつつ、考える。

上か下。どっち行ったんだろう?
判らない……
じゃあ、私がカナちゃんだったら、どっちに行く?
原作のカナちゃんは、つららちゃんとリクオ君を捜しに出たのだ。
現実のカナちゃんもそう思っているならば、もしかしたら、頂上に縁結びの神社があってそこでいちゃいちゃしてるかもしれない、とか考えるかも。
うん。取り敢えず、上!

私は懐中電灯を固く握りしめつつ、ゆっくりと石段を登って行った。
襲ってくるかもしれない”何か”に注意しながら。








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