驚きで声が出ない。
心臓がバクバクする。
多分、抜き取られたネギを掴みたくて私の袖口を掴んだのだろう。
そう考えると早鐘のように打ち続ける心臓の音が、収まって来る。
うー、心臓が止まるかと思った。
私はそっと奴良リクオ君の手を解くと、そのまま布団の中に手を直す。
そして、ホッと一息ついた。
と、庭に面した障子の向こうで「あら、みんな。リクオの部屋の前でどうしたのかしら?」という女性の声が聞こえて来たのと同時に、「若菜様、しーっ、しーっ!」と複数の声が上がった。
ん? 何?
私は奴良リクオ君の布団の傍から立ち上がると、そのまま障子を開けた。
と、障子の向こうには様々な妖怪達が鈴なりとなっていた。
一つ目小僧のような妖怪。納豆の形の顔をした妖怪。頭に2つの角を生やした小柄な鬼達。
そしてその後ろには首をプカプカと浮かせた美男子の首無さんや、頭に傘を被り僧侶の着物を着ているのに黒髪を伸ばした男性。
ガイコツを首にかけた大男もいた。
私は目を丸くする。
なんで妖怪がこんなに集まってんの!?
「あ、……、あの?」
私を見て目を丸くし固まっている妖怪の集団に、怖々と声を掛けると色々な言葉が返って来た。
「ハハハ、覗いてなんていやせんよ?」
「拙僧は通りがかっただけだ…」
「ハハハ、ボクは水の取り換えに」
「オ、オイラは洗濯物を〜…」
「ガハハー、ワシは毛倡妓から若に春が来たと教えて貰ったから、覗きになっ!」
「バ、バカ! 青!!」
「しーっ、しーっ」
うーむ。話しを総合すると皆して覗いてたんだ。
て、言うか、なんで入って来なかったんだろ?
別に何も悪い事してないのに……
「あの、入って来て貰って良かったんですけど…」
その言葉に皆揃って首を横に振った。
「良い雰囲気のとこ邪魔しちゃ悪いーし!」
「そーだそーだ!」
「やはりリクオ様の春は、我々がきちんと見守ってやらないとね」
最後に首無さんが爽やかな笑顔で、ワケの判らない事を付け加える。
皆何言ってんだろ? 妖怪達の思考回路が良く判らない。
顎に手を当て、首を傾げていると奴良リクオ君のお母さんがにこやかな笑顔で近寄って来た。
「舞香ちゃん。ごめんなさいねー。怪我人に看病させちゃって」
「あ、いえ、気にされないで下さい」
私は慌てて首を振ると、奴良リクオ君のお母さんは更に明るい笑みになる。
「良かったわー! リクオも舞香ちゃんがこんなに良くしてくれてるんですもの。すぐに良くなるわー!」
「はぁ……」
そんな能力ないから、絶対に無いよ。と心の中で突っ込みつつも曖昧に頷く。
と、奴良リクオ君の背後から男の人の声が上がった。
「舞香」
その声は、頼れるお父さんの声だった。
「お父さん!」
柔和な顔をしたお父さんが奴良リクオ君のお母さんの後ろから顔を出した。
嬉しさでいっぱいになる。
そんな私にお父さんは、きょろりと周りを見回し首を傾げた。
「迎えに来たんだけどね。お母さんはどこだい…?」
「あ、それなら隣の部屋に…」
いるよ、と言いかけていると突然隣の部屋の障子がスパンッと開いた。
障子を開いたのは、お母さんだった。
お母さんはお父さんを見ると、タッと駆け寄りお父さんにギュッと抱きついた。
「遅いぞえ!」
「遅くなってごめんよ、芙蓉」
お父さんは抱きついて来たお母さんの髪を優しく撫ぜる。
皆が呆気に取られながら注目している中、お母さんは、お父さんから離れる気配は無い。
まるで映画の中のシーンのように、2人だけの世界を作っていた。
ううっ、人様の家でラブラブっぷりを披露してどーするの!
私は恥ずかしくて恥ずかしくて、穴があったら入りたくなった。
そんな私に奴良リクオ君のお母さんは口を開いた。