すると、お母さんが唸り声を上げる。

「ぬらりひょんのわっぱが。風情が舞香に近付くでない」

と、夜リクオ君の後ろに控えていた白い着物を着た少女が抗議の声を上げた。

「ちょっと! 若がせっかく介抱してやろうとしてやってんのに、その言い方は何よ!」

と、首に髑髏を連ねたものを掛けた大男が白い着物を着た少女を止めた。

「雪女。ありゃ雷獣だ。お前はしらねぇかもしれないが、総大将と互角にやりあった事もある大妖怪だぜ」
「え? えぇえ!? あの獣妖怪が!? うそぉ!」

雪女はくるくる目を大きく見開き、驚きの表情を見せる。
夜リクオ君はその中、じっと紅い眼でお母さんを見ていた。

「この傷は舐めて治せるようなもんじゃねぇ……」
「おぬしには関係ないじゃろ」

その言葉を無視して、夜リクオ君は私の両肩に手を伸ばすと、そのまま抱え起こした。

「っ痛!」

今更だが、動かされると激痛が走った。
逃げる最中、痛みが無かったのは、痛みどころでは無かったからかもしれない。

「舞香! ぬらりひょんのわっぱ! 舞香を離さぬか!」

夜リクオ君はお母さんの言葉を無視し、そのまま私を横抱きにした。

「雷獣。ついてきな……」

そう言いつつ、朝靄の中どこかへと歩き出す。

「舞香!」

お母さんは私の名前を呼びつつ、慌ててついて来た。
そんな中、ゆらちゃんが大声で夜リクオ君を呼びとめた。

「待ちい! 有永さんをどうするつもりや!」

夜リクオ君は一端足を止めチラリとゆらちゃんを見るが、何も言わず、また歩き出した。

「なんで、なんで雷獣と妖怪の主が手を組んでるんや! 今度は絶対倒してやる!」

悔しそうな声が後ろで上がる。
そう言えば、窮鼠が言っていた。ゆらちゃんは式神が無いと戦えないと。
私は、お母さんが祓われると慌てていたので、その言葉を忘れていた。
でも、ゆらちゃん、式神が無い今、どうやって攻撃しようとしていたのだろう?
もしかして、体当たり?

今となっては、確かめる術は無い。
濃い朝靄が身体全体に纏わりつく。

でも、夜リクオ君。私をどこへ連れて行くつもりなんだろう?

私は肩の痛みに耐えつつ、朝靄が立ち込める前方をそっと見た。


連れて行かれたのは、奴良邸だった。
先日と同じ奴良リクオ君の隣部屋に寝かされた。
違う事と言えば、お母さんが枕元に付き添ってくれている事だ。
姿はいつの間にか、いつもの妖艶な美女の姿に戻っている。
手当は、鴆というお医者さんが傷口を消毒し、包帯を巻いてくれた。
原作に出てくるあの毒の羽根を持った妖怪の鴆さんだ。
黒鞄の代わりに竹筒の中から消毒薬とか出して来たので、思いっきり驚いた。
そして、お母さんは、治療が終わると、ずっと頭を撫ぜ続けてくれていた。
心配症過ぎるけど、私にとっては、すごく優しい大好きなお母さん。
撫ぜられるのが気持ち良くて、うつらうつらしながらも、私はお母さんに伝えた。

「お母さん、ありがとう。大好き……」

お母さんはすごく嬉しそうに微笑んだ。


そしてどのくらい眠っていただろうか。
私はドタバタと慌ただしい足音に目をゆっくりと開ける。

「んー……、なに?」

そして様々な声が飛び交っていた。

「大変だー! リクオ様が熱出したー!!」
「なにー! 熱だとー!? 鴆様だ! 鴆様を部屋から呼べー!」

……え? 奴良リクオ君が、熱!?

私はパチリと目を覚ました。








- ナノ -