腰まで伸びていた黒髪が、うぞぞぞ、と更に伸びて行く。
まるで髪の毛が生きているかのように。

「っ!」

恐怖に悲鳴が喉元までせり上がって来る。
心臓がバクバクと早鐘のように打ち、身体に細かな震えも走った。
ただの絵だったらそんなに恐怖は感じないけど、実際直面してみると、すごく怖い!

と、私の右斜め前に居た奴良リクオ君が、バッとこちらへと振り返った。
私の顔を見ると、きゅっと唇を引き締めた。
そして、清継君の方を向くとそちらに突進して行った。

「清継君! それ以上日記を読んじゃダメ――!」
「奴良君?」

しかし、清継君が読むのを止めても人形の動きは止まらなかった。
般若のような顔になると、右手には抜身の刀を持ち、こちらに向かって飛んで来た。

「ひっ!」

心臓が止まりそうになる。
もうだめっ!と、目をぎゅっと閉じると、バシッと何かが弾ける音と共に、「滅っ!」という掛け声とドゴンッと何かが爆発し砕け散る音がした。

え? ……、え?

そーっと目を開けると襲って来た人形は、鎮座されていた棚から少し離れた所にシュウシュウと焼け焦げた臭いを漂わせながら、落ちていた。

あれ? やっつけられてる?
って、あ! そう言えば……!

今頃になって呪いの人形事件の詳細を思い出す。
動き出した人形を花開院ゆらちゃんが、人形(ひとがた)のお札を飛ばし滅するのだ。

流石、花開院ゆらちゃん! 札を飛ばす所、見れなかったけど、呪いの人形やっつけるなんて、半端じゃない!
カッコいい!
心の中で、じーんっとしていると、「ちょっと……」と肩をぽむっと叩かれた。
私の肩を叩いたのは、花開院ゆらちゃんだった。

何? 何? どうかした?

花開院ゆらちゃんは、私の顔をじっと見ると小さく眉を顰めた。

「あんた、何持っ…「花開院さん! 今のは一体なんなんだい!?」

が、なにか言いかけた花開院ゆらちゃんの両肩を清継君がガシッと掴む。
花開院ゆらちゃんは、一瞬ほけっとしたような顔をするが、その後しっかりと頷き返した。

「……はい。陰陽師の術です」
「陰陽師!? と、言う事は、この人形は……!?」
「ええ……本物です。ほんまにあぶないとこでした」

と、清継君は「やった! やったぞ!」と歓喜の声を上げる。
その中、私は花開院ゆらちゃんを見た。
さっき何を言いかけたんだろ?
「なにも」……???

その単語の意味を考えていると、絹を引き裂くようなカナちゃんの悲鳴が上がった。

どしたの!? カナちゃん!!

バッとカナちゃんの声がした方向を見ると、頭や胴体にお札を付けたままの日本人形が、カナちゃんに襲いかかっていた。
と、「滅っ」と言う気合いの入った声と共に数枚のお札が、日本人形に向かって飛んで行く。
そのお札が人形に当ったとたん、日本人形は粉々に爆砕した。
それは、あっと言う間の出来事だった。
「もういやー」とその場にへたり込むカナちゃん。
もう安全だと思って、人形の近くに居たらしい。

判る。その気持ち、判るよ。カナちゃん。

そう思いつつ、カナちゃんに手を貸し、立ち上がらせる。
そんな私達の後ろで、清継君は花開院ゆらちゃんを巻きこんで、「清十字怪奇探偵団、ここから本格的に始動だーっ」と叫んでいた。
て、言うか、何時の間に私、団員に組み入れられたんだろ?
本当に謎だ。


騒ぎが収まったあと、清継君にお茶を飲んで行きたまえ、と勧められたが、あまり帰りが遅くなると、門限がもっと短くなる事請け合いなので、丁寧に辞退させて貰った。
因みに、先日のお泊り事件の後、門限が18時までと決まってしまったのだ。
まあ、原因は日が暮れるまでお喋りしてて、妖怪に襲われたのだから、仕方が無いと言えば仕方がない。
奴良リクオ君やカナちゃんも私に続くように帰宅の旨を告げ、浮世絵町駅まで一緒に帰った。

そして、私は自分の部屋に着くと、制服のままベッドに腰かけ、肩掛けカバンから数珠と霊符を取り出した。
驚いた事に、1枚の霊符が焼け焦げていた。
なんで? と思いつつも、電車の中での会話を思い出す。
そう。電車の中ではじめて氷麗ちゃんに声を掛けられたのだ。

「あの」
「わっ、は、はい?」

私は、はじめて氷麗ちゃんが声を掛けてくれたので、なんだか感動していた。
そして、なにかな!? と次の言葉を待っていたら、不思議な事を聞かれた。

「あなたもそうなの?」
「そうって?」
「お、お、陰陽師よ」

その声はすごく震えていた。顔色も良くみたら青くなっている。

「いやいや、そんなもんじゃないよ。私が陰陽師だったら、花開院さんより先にババッとやっつけてるよ?」
「そうなの?」
「うん!」

自信を持って答えると、氷麗ちゃんはあらかさまにほうっと息をついた。
その後、氷麗ちゃんは何かを報告するように奴良リクオ君と話し出した。

て言うか氷麗ちゃん?
なんでそんな勘違いをしたのかな?

その時は答えが出なかったのだけど、霊符を見ると、なんだか答えが出た気がした。
きっと、どこかで霊符が発動した。
それをたまたま氷麗ちゃんが見てしまったのだ。
それで、きっと誤解したに違いない。

て、言うか、通販の霊符……すっご、効くんだね!
………
追加注文しよっと。

私はパソコンを立ち上げ、いそいそと霊符の注文をした。







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