なんで一番大事な場面に滑舌が悪くなるの! 私!
もう一度。もう一度時間を巻き戻して下さい!
そして、反論させてー!

心の中でおいおい嘆いていると、清継君が部屋の奥から、こちらの方に向かって声を張り上げた。

「君達! なにをしてるんだい! こっちだよ!」

ふと顔を上げて見ると、部屋の中央で色々なものを眺めているリクオ君やつららちゃん。そしてカナちゃんが居た。
至近距離で、あのセリフを聞かれた事に恥ずかしさで顔が赤くなる。
私は俯きながらトコトコと清継君の傍に歩み寄った。
すると清継君はテンション高い声で、言葉を続けた。

「これが例の呪いの人形さ!」

わたしはチラッと視線を上げる。
清継君の斜め後ろにある棚の上に、白い陶器の顔を薄汚れさせた日本人形が置かれていた。
黒く四角い台の上に赤い着物を着た市松人形。
高さは20センチくらい。
ふっくらした顔立ちをしているが、バサバサの黒髪が腰まで伸びている。

えーっと、日本人形ってこんなに長い髪してるんだっけ?

記憶を探ってみたが、あまり見たことないので、標準の長さが判らない。
私が見たことがある人形はおかっぱ頭だ。
でも、もし、髪が伸びていたとしたら、すごく不気味だ。

それに、いかにも呪いの人形っていうような風貌だし……っ!
やっぱり、原作のように動きだすのかな?

用心しながら、じっと見ていると、花開院ゆらちゃんが一歩足を前に踏み出し、人形に顔を近付けるとまじまじと観察した。

「本当に……呪いの人形なん?」
「信ぴょう性は高いと思うよ。一緒に持ち主の日記が残ってるんだ」

花開院ゆらちゃんの言葉に清継君は人形の隣に置いていたノートを手に取った。
そして、それを読み上げ始めた。

「2月22日……。引っ越しまであと7日……」

ほうほう。引っ越しに乗じて祖母から貰った怖い雰囲気の日本人形を思い切って捨てる事にしたのか…。
勇気あるなぁ。日記書いた人。
私なら……実家があるなら実家の母親とかに預けるかな?
怖くても、捨てるのってもったいないしね。

そう思いつつ日記を読み続ける清継君を見ていると、突然奴良リクオ君が「ああっ!?」と驚いたような声を上げ、人形に覆いかぶさった。

何、何!? どしたの!?

驚いて奴良リクオ君に視線を移すと、奴良リクオ君は手元をゴソゴソさせていた。

うわあ……もしかして、何か起こってた!?

心臓がドキドキと早鐘を打ち出す。
そんなリクオ君に清継君が怒りを顕わにした。

「奴良君! 貴重な資料にタックルかまさないでくれたまえ!」
「いやあ、なんだかこの人形が可哀そうだったから……」

そう言いつつも、奴良リクオ君は『ぬ』の字を散りばめたハンカチをズボンのポケットにしまう。

ハンカチを取り出してた、って事は、何か拭いてた?
……
もしかして、あの人形……血の涙とか流してた!?

ゾクッと背筋に冷たいものが走る。

怖いっ!

私は、霊符と数珠が入った学生カバンを胸元でぎゅっと抱き締めた。
心臓の鼓動は早いままだ。

こわ、怖い! これからどうなるんだっけ?
えっと、えっと

恐怖の為か、原作がなかなか思い出せない。
そんな私に構わず、清継君は奴良リクオ君に「まったく……、名誉会員から外してしまうよ?」と言い放ち、また日記の続きを読み始めた。

「2月24日。彼氏に言って遠くの山に捨てて来て貰った。その日の夜……」

怖い。怖いけど、呪いの人形から視線が外せない。
日記の朗読は続く。
その中、目の前の呪いの人形は変容を始めた。








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