「カナ、ちゃん?」

恐る恐る声をかけると、「ん? どうしたの? 舞香ちゃん?」と振り向かれる。
その顔は元の可愛らしい表情。

さっきの怖い顔は、何かの見間違い?

「あ、えっと…、なんでもない」
「?」

首を傾げるカナちゃんの後ろで2人の友達が口を開いた。

「早く教室行こ!」
「そうそう。今日は朝から宿題写させて貰わないといけないんだから!」
「あ。今日当たる日だっけ?」
「そうそう。確実に当たる人と同じ列」
「じゃあ、早くカナのを写さなきゃ!」
「へ?」

そう言うと2人は唖然とするカナちゃんの腕を引っ張った。

「早く、早く! あと15分!」
「もう! 自分でやった方がいいのよ」

そう言いつつもカナちゃんは、苦笑しながら引っ張られて行く。

「舞香も早く!」
「あ、うん」

頷き、3人の元に行こうと足を踏み出すと、突然後ろから声をかけられた。

「あの……」
「あ、はい?」

振り向くとそこには髪を肩くらいで切り揃え、少し垂れ目がかった少女が立っていた。

「職員室はどこですか? 勝手がわからなくって」

えーっと、職員室?

私は転校初日、校長室に迎えに来てくれた担任の先生から、教室に行きがてら案内して貰った事を思い出す。

「えーっと、この棟の2階……かな?」

曖昧な言い方にその少女は少し小首を傾げる。

「ごめん。私も最近転校してきたばかりで、場所があやふやなんだ」
「そうなんですか。おおきに」

ペコリと律儀に頭を下げるとその少女は二階に上がる階段へと歩を進めた。

あれ? おおきに、って……もしかして

私はまた原作を思い出す。

確か初期に花開院ゆらが転校してくる場面があったはず。
って、もしかして、あの子が花開院ゆら!?
漫画では、あまり感じなかったけど、実際会ってみると、小柄で可愛い!

私は、その場でじーんと感激に浸る。
と、何時の間に時間が過ぎて行ったのか突然予鈴が大きく鳴り響いた。

「わっ!? 教室に行かないと!」

私は慌てて、自分の教室に駆け込んだ。


お昼休み。私はトイレを済ますとカナちゃん達と合流すべく、2組の教室を目指す。
と、3組の教室から出て来た清継君にバッタリ遭遇してしまった。

「やあ! マイファミリー! 良い所で会ったね!」

大袈裟に両手を広げ、ハイテンションで声を掛けて来る清継君。
私は何故、こんな風に声を掛けられるのか判らず、ポカンと清継君を見上げた。
実は清継君。中学1年生なのに身長が高い。
そんな私に構わず、清継君は言葉を続けた。

「実は今日、ボクが手に入れた呪いの人形を使って、妖怪は必ず存在する事を証明するのさ。もちろん君も参加するよね!」

その言葉を聞いたとたん、私の頭の中に原作の『呪いの人形事件』が駆け廻った。

ここは『ぬらりひょんの孫』の世界。
確実に呪いの人形は存在する!
先日追いかけて来た不気味なお婆さん妖怪のように。
ん? でも、昨日通販で申し込んだ数珠と霊符が来たから、もしかして大丈夫かもしれない。
もし、襲われてもバシーンッと弾いてくれるかも。
よしっ、霊符と数珠の効き目を試す為にも、行こう!

私は、清継君に頷き返した。

「ハッハッハッ。流石は同志だ! 帰りに駅に集合だからね!」

そう言うと清継君は、大きく手を振りながらどこかへ去って行った。
私は教室に戻りながら、原作の事をつらつらと考える。

今、呪いの人形事件とすれば、ゴールデンウィークには捩目山に妖怪修行。
四国妖怪との戦い。邪魅事件。
夏休みには羽衣狐との戦いと目白押しだ。
奴良リクオ君も大変だ。

そう思いつつカナちゃん達の待っている教室に戻ると、奴良リクオ君は教壇の上を雑巾で拭いていた。
花瓶に活けてあった花の花粉が教壇の上に落ちて汚かったみたいだ。
マメだなぁ、と思っていると、私の視線を感じたのか手元から顔を上げ視線をこちらに向けた。
キョトンとする奴良リクオ君。
このまま視線を逸らすと感じが悪い。
私は思い切って話しかける事にした。教壇に近付くと口を開く。

「奴良君。休み時間なのに拭き掃除してるんだ。偉いよ」
「そんな。大した事じゃないよ。これも立派な人間になる為だしね!」
「立派な人間……」
「うん。ボクそれを目指してるんだ。妖怪……じゃなく、悪い奴とは真逆だからさ」

そう言えば、始めの頃の奴良リクオ君は、妖怪イコール悪と考えてて、悪いことしたら妖怪とバレるって思ってたんだっけ?
それから考えると犯罪者も妖怪って考えに至ってしまうんだけど……
なんだか、すごく純粋な考えだ。
だから、あんなに明るい笑顔で笑えるのかな?

そんな奴良リクオ君を見てると、なんだか胸が暖かくなる。

「あっ、いっけね! 次の授業の資料持って来るの忘れてた! 有永さん。じゃあね!」

奴良リクオ君は、ハッとすると雑巾を教壇の脇に掛け、慌ただしく教室を飛び出して行った。
多分、資料を持って来る事も自主的にやっている事なんだろう。
偉いなぁ、と見送っているとチョンチョンと後ろから肩をつつかれた。

「なあに話してたの? 舞香」

肩をつついて来たのは、友達のうちの1人だった。
もう1人はカナちゃんと2人で机をくっつけ楽しそうに会話していた。

「いや、奴良君、1人で拭き掃除して偉いねって話しをしてた」
「えー! そんな話しだったのー? 2人楽しそうだったから、突撃してきたのにさー」

んん?

「そんなに楽しそうだった?」
「うん。お花飛ばしてたよ。それにカナもなんだか気にしてた」
「なにも無い無い。誤解だよ」

苦笑して、手を横に振る。
そして私はもう1人の友達と会話しているカナちゃんを見た。
明るく笑ってるけど、幼馴染と仲良く話している私を見て、心中複雑だったのかもしれない。

カナちゃん。カナちゃん。奴良リクオ君とは、なんでもないよー。
ただのクラスメイトだよー。

通じないと判っていても、私はカナちゃんに心の中で語りかけた。

私はモブだよー







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