すごい勢いで靴を脱ぎ捨て駆けあがったお母さんから、身体をぎゅうっと強く抱き締められる。
涼やかな香りが鼻をくすぐる。が。
いたたたたたっ
痛い、痛い!お母さん!
強く抱き締めすぎ!
思わず抗議を口にしようとすると、「舞香!」と名前を強く呼ばれ、私の頭からつま先までジロジロと観察された。
何?
不思議に思っていると、お母さんは眉を顰めながら爆弾発言をした。
「貞操は失ってないじゃろうな!?」
は?
貞操って、アレ、だよね。
エッチで失っちゃうヤツ。
思わず目が点となるが、もしかして泊めてくれた奴良リクオ君から襲われたのかと勘繰るお母さんに、怒りが沸いてきた。
「ちょっとお母さん! せっかく泊めてくれたのに、失礼だよ!」
「何を言うのじゃ。ここのヤツらは信用ならぬ!」
ドキパッと言い放つお母さんに、私は更にムッとする。
せっかく泊めてくれたのに、なんて言い草なんだろう!
ちゃんとお礼を言ってくれたらいいのに!
そりゃ原作の中では、ぬらりひょんさんは遊び人設定だが、奴良リクオ君は違う。
真面目だ。
妖怪になっても、すごく生真面目だ。
初期の夜リクオ君の性格は、判らないが……。
って、ん? ここのヤツら?
お母さん、ここに住んでる奴良家の人達を知っているような口ぶりだ。
疑問が沸いて来る。
「お母さん。もしかして、ここの人達と知り合い…?」
いつ知り合ったんだろう?
不思議に思っているとお母さんは少し目を逸らし、ぶっきらぼうに言い放った。
「知らぬ」
「え、だって、今……」
「舞香。些細な事は気にしなくて良いのじゃ。さあ、帰るぞえ」
いや、些細なことじゃないよ!お母さん!
挨拶もそこそこに、お母さんは私の腕を取ると、引き摺るようにして車の後部座席に乗せた。
「お母さん! ちゃんと挨拶しないと!」
「構わぬ。しかし、あやつも老いたのう……」
ボソッと呟くお母さん。
あやつ?誰の事?
不可解なお母さんの言葉に、疑問を持っていると、遅れて運転席に着いたお父さんがニコニコしながら話しかけて来た。
「舞香。ボクが今度改めてお礼を持って行くから、心配しなくていいよ」
「本当!? 良かったー」
「いらぬと言っておるじゃろう」
「お母さん!」
隣に座っているお母さんを咎めるように呼ぶと、お父さんがまあまあ、と私を宥める。
そして、お母さんに向けて穏やかな笑みを向け、口を開いた。
「ふふ。芙蓉。ボクに全部任せておいで?」
「ふん……。そこまで言うなら、任せるぞよ」
しぶしぶ頷くお母さん。
お父さんは、再び私を見てニコッと笑う。
流石お父さん。頑固なお母さんを丸めこむのはお手の物だ。
私はお父さんに向けて「ナイスお父さん!」と呟き、小さく親指を立てた。