どこかに出かけたとか?
こんな朝早くから…、どこに?
でも、誰も出ないって事は、お父さんも居ないって事で……

眉を顰めながらも漠然とした不安を胸に沸かせていると、ふいに庭に面した廊下の向こうからドタドタドタッという足音が近付いて来た。

うわっ、なに!?

吃驚しながら障子の方を見ていると、「カラスー!」という奴良リクオ君の叫び声と共に、この部屋の前でズダンッと派手に転ぶ音がした。
慌てて立ち上がり、そっと庭に面した障子を開けると、部屋の前の廊下に、うつ伏せになった状態でカラス天狗を両手で握りしめ、手の中の鴉天狗をジトーッと半眼で見ている奴良リクオ君が居た。
そして私が見ている事に気付かない様子で、奴良リクオ君は鴉天狗に口を開いた。

「どこに行こうとしてるんだよ!」
「わ、若!? 拙者はただ客人に手桶を持って行こうとしただけですよ」
「客人って、有永さんの事?」
「いえ、名前は伺っていませんが、大層可愛らしいお嬢ですな。さすが若が見い出した女性。しかし、最初は清い交際からですぞ?」

キリッとした顔で奴良リクオ君に妙な事をのたまう鴉天狗。

と、私は『大層可愛らしい』と言う言葉に吃驚した。

おーい、私の顔は平凡だよー。可愛らしいってのは、カナちゃんにこそふさわしいんだよー。
それになにか、勘違いしてない?
夜リクオ君には、ただ助けられただけなのに?

「あの、ちょっ…「まだ交際なんてしてないよ!」」

勘違いを正そうと声をかけようとしたが、奴良リクオ君の慌てたような声に阻まれた。

「しかし、若自らが拙者にあの女性の世話を頼まれたのです。と、言う事は、若の特別な女性でしょう!」
「ボクがカラスに?」
「そう。昨日の夜。鴆様の前で若は妖怪となられ、いや――、美しゅうござった。りりしゅうございました」

うんうん。と頷く鴉天狗。それにリクオ君は訝しげに鴉天狗を見た。

「何の話しだよ。ボクそんなの知らないよ?」
「ハッハッハッ。しらばっくれなくても宜しいですぞ! この鴉天狗。時代が変わる…そんな戦慄さえ覚えましたぞ!」
「だからホントに覚えてないんだってば!」

うーむ。この2人の会話、終わりそうにない。
聞いてて、興味は尽きないんだけど、このまま聞いてたら、奴良リクオ君にとって拙いんじゃないかな?
と思い、私はお腹に力を入れ、心持ち力強い声音で声をかけた。


「あのっ!」

私の呼びかけに、奴良リクオ君はビクッと大きく肩を揺らし、こちらを見上げる。

「!? 有永さん!?」

暫らく目をまん丸にして、固まっていたが、正気に戻ると瞬時にその場に正座をし、自分の後ろに鴉天狗を隠した。
気の所為か顔に汗がツツーッと流れている。

「い、今のは九官鳥だからっ! えっと、それより有永さん。何してたの?」

と、奴良リクオ君の後ろで「若ー!? 誰が九官鳥ですか! モガモガ…」と抗議の声が聞こえて来る。

そっか。九官鳥。うん。九官鳥にしといた方がいいよね。

私は、鴉天狗の言葉を聞かないフリをして、家に電話をしていた事を告げた。
そして、なぜか誰も電話に出なかった事も。
奴良リクオ君は、私の言葉に考えるように首を小さく捻った。

「もしかして、警察に行ったのかな…」
「………」

あの心配症のお母さんの事だ。有り得る。

うわーっ、奴良リクオ君に迷惑かけてしまう!?
どーしよー!?

内心パニックに陥っていると、パタパタパタという足音が近付いて来た。
廊下の向こうから現れたのは、ショートヘアに着物姿の女性だった。

「母さん?」

奴良リクオ君はその女性を見て呟く。
ニコニコ笑顔で現れた奴良リクオ君のお母さんは、吃驚するような事を口にした。

「リクオ、有永さんのご両親がいらしたわよ―」








- ナノ -