呻く不気味なお婆さんの後ろに佇んで居たのは、長い銀の髪を靡かせた青年だった。
藍色の着物に深い青の羽織を羽織って居る。
そして右肩に抜身の刃を置いていた。
しかし、何故か眼が紅く光っていた。人間じゃない事が一目で判る。

って、この宙に浮いた髪。妖怪に変身した『ぬらりひょんの孫』の主人公?
どうして、こんな所にいるんだろう…?

目を丸くしていると、不気味なお婆さんがギョロッとした目を上げ、後ろを振り向く。
そして後ろで纏めた髪が解けて行った。
ウネウネと細い白髪が空中を踊る。
と、「ぐがーっ」という奇声を上げ、妖怪の夜リクオ君に襲いかかって行った。

「あぁああしいぃいいいっ!」

夜リクオ君は、不気味なお婆さんの方に向かって行くと、すれ違いざまに長刀を斜め方向へ一振りする。
すると、そのお婆さんの身体に斜めの線が入ると共に、ブシュッと黒い霧のようなものが斬られた場所から噴き出した。
そしてそのまま身体の形が崩れ、消え去る。
私は力が抜けて、その場にヘタり込んでしまった。
こんなに足に力が入らない事って初めてだ。
まだ心臓がバクバクしている。
夜リクオ君は、私を見下ろすと静かに口を開いた。

「大丈夫かい?」

その切れ長な紅い眼は怖さを覚える。
だが、夜リクオ君はこちらの心情に構わず、何故か面白そうに薄い唇を持ち上げ、言葉を続けた。

「有永サン。いつまでも地面に座ってると尻冷やすぜ?」

自分の名字を呼ばれ、心臓がドクンッと跳ねる。

さっき吃驚した時のとは違う。なんて言うんだろう。恥ずかしさみたいな感情が混ざった感じ?
これ、なんだろう?

自分の不可解な感情の動きに首を傾げていると、頭上からけたたましい声が降って来た。

「若ぁーっ! 御無事で――っ!」

頭上を見上げると、平安時代の貴族が乗るような牛車が浮いていた。その前面には巨大な夜叉のような顔。
そして、横の御簾から小さな黒い鳥のようなものが飛び出すと、こちらに向かって急降下して来た。
それは、夜リクオ君の顔の前に止まると、ホッとし、次にクワッとお説教を始めた。

「まったく突然朧車から飛び降りないで下さい! さっきも鴆様の屋敷に無茶して突っ込んで……! 大体、3代目を継ぐ意志があるならば、総大将のようにドーンと構えて、……ブホッ!」

夜リクオ君は無言でそのお小言をしばらく聞いていたが、突然喋る黒い鳥の口を片手で塞ぐと、無言で牛車の方に放り投げた。

「なっ、若ーーっ!?」
「朧車、先に帰っときな……」

朧車と呼ばれた牛車は、大きな顔をコクリと縦に振り、ポスンッと牛車の中に放り込まれた黒い鳥を乗せて上昇した。
そして、どこかへと向けて発って行った。

さっきのって、もしかして……鴉天狗?

あまりの展開の目まぐるしさにポカンとしていると、身体がフワリと浮いた。

ほぅえっ!?








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