何かが頬に触れる感触にすぅっと意識が浮上する。

あ、れ……? 私、どうしたっけ?
確か、清継君達と花開院の家で……

ぼんやりする頭で記憶を辿っていると、ふいに何かを開く音と男の人の声が聞こえて来た。

「何の用だぁ?カス虫」
「ご挨拶ですね。部下からあなたがマリアのような女性を連れて帰って来たという報告を受けたので、この目で確かめに来たのですよ」

んー? 誰だろ?

興味を引かれそっと薄目を開けてみると私は布団に寝かされていて、左脇に顔半分に板を張り付けた茨木童子が居た。その向こうの障子側には神父の服を着た長髪のお兄さん。

のぉぇええええっ!?
なんで茨木童子が傍に居るの!?
それに障子の間に立っている神父の格好をした長髪のお兄さん、誰っ!?
ど、ど、どっかで見た気がするけどっ!

身体を強張らせながらも私は即座に目をぎゅっと瞑った。

気が付いた事がバレたら拙い気がするっ!

ハラハラしたが、私の変化に気付かなかったのか、2人の会話は続いた。

「はっ、そりゃあご苦労な事だな。だがこの女はマリアじゃねぇ」
「どうやらそのようですね。私の徒労でした」

大きな溜息と共に茨木童子の言葉に返答する長髪お兄さんの声。
と、それに対して茨木童子は「だったら、さっさと去ね」とそっけなく言い放つ。

「その女性は我が女神への供物でしょうか?」

………、ん? くもつ?
くもつ、くもつ……くもつって何だったっけ?
穀物じゃないし……

むう? と、目を瞑ったまま考え込んでいると茨木童子が鬱陶しそうな声で返答を返した。

「どうでもいーだろうが」
「供物ならば私が預かりましょう」
「あん?なんでお前に渡さねーといけねぇんだあ?」
「私ならば貴方よりも迅速に我女神へ供物を運ぶ事が出来るからです」

女神へのくもつ。
あぁ、なーんだ、お供え物かー!
うん、スッキリ!
……って、全然スッキリじゃなーい!
つまるところ、生贄ってヤツー!?
い、い、い、生贄は嫌ー! 死にたくないっ!!
に、に、逃げないと! でも、どうやって逃げればっ!?
このまま起き上がっても、茨木童子には敵わないし、どうすれば!?
うううっ、お母さん、お父さんー! リクオ、君ーーっ!

心の中でこれから起こる事への恐怖に叫んでいると、茨木童子が苛ついた口調で言葉を吐き出した。

「クソ虫がっ、オレの事なめてんのか? あぁあん?」
「私が口にするのは、真実のみ」
「それがなめてんだよ。表出ろや、クソ虫」
「野蛮ですね。しかしそれしかないというならば敢えて享受しましょう」

と、空気が動く気配と共に荒々しい足音が傍から遠ざかって行った。
辺りが静寂に包まれる。

……、2人共どっか行った……?

そーっと薄目を開けて、2人の姿が無い事を確認すると、私は勢い良く布団を跳ね除け起き上がった。
寝かされていたのは、見た事も無い和室だった。
障子の向こうを見るとリクオ君の家とは趣が違うけど綺麗に整えられた庭園があった。
ここがどこか判らない。
でも

「に、に、逃げなきゃっ!」

私は障子の間から顔を出すと左右を見る。
右も左も長い廊下が延々と続いてる。
どこから外に出れるのか判らない。
広い庭の向こうは白い塀が立ちはだかっている。
私にはよじ登れそうもない。
こうなったら、取り敢えず、

「右に行こうっ!」

勘任せー!

私は冷たい廊下の上に足を進めた。







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